一時期、空間音楽なる試みがしきりに試みられたことがあった。代表的なのが シュトックハウゼンのそれだった。ただ、今日取り上げるピエール・ブーレーズのアルバムでのそれは、そうした時期よりいくぶん後でのものだ。こうしたことにも軽挙妄動しないブーレーズの堅実さが現れているといってもいいのだろう。ケージの偶然性に対して、アンチテーゼとして管理された偶然性を提示したのもそうしたことと軌をおなじくするものなのだろう。そうだ、慎みというやつなのだろう。極端な逸脱を避ける堅実さ。優等生である。それも頑固なまでのそれである。さて時間芸術としての音楽に、空間要素としての次元を増やせばどうなるか、演奏者の空間配置、それにテクノロジーが可能とした時間のかく乱差延行為を加えての立体的音像の生成。それらを、このアルバム『レポンRépons』(1981 - 1984)ではコンピュータ技術を駆使して新しい音像生成に挑んだというわけなのだ。以下引用する記事がおおいに参考となるだろう。すなわち≪1940年代後半から一貫して反復語法を忌み嫌っていた彼は、前衛の停滞以後の1970年代以降から急速に反復語法へ傾斜する形となり、等拍パルスやトリルなどを多用し固定された和声内での空間的な動きを特徴としてゆく。このまろやかな作風の不備を打開するために4Xと名づけたハードウェアを導入し、空間的及び時間的な様々な位相を伴う別々の周期パルスを過剰に組み合わす様式へ展開した。その様式が最初に結実した作品が、 IRCAMの電子音響技術を応用した6人のソリストと室内オーケストラとライヴ・エレクトロニクスのための「レポン」である。≫(WIKIPEDIA)このように、電子技術操作がつくり出す新しい音の生成とブーレーズの出会いとして注目された作品だったが私は今回が初めてであった。ゆらぐ音像生成の新規な試み。音の万華鏡、音の迷宮の現出といったところだろうか。ただ誰しもが指摘することだけれど、こうした音の世界を、奥行きの次元の欠落する音盤に収めることの限界は確かに否めないことのように思える。それだけではさほどの新鮮さが味わえないのだ。シアターピースのようなトータルな劇場音楽作品を映像のない状態で音だけを抽出して聴くようなわからなさがつきまとう。しかし、たぶん会場でのライヴでは、その臨場感からくる、音の生成揺らぎ、音の空間移動の速度感覚も相俟って、それと光等での会場演出の効果も相乗して相当斬新な感覚を呼び起こすだろう事は想像に難くない。しかし実際にそうしたライヴを目の当たりにする体験を持たない者には、音盤だけでの鑑賞では面白味に欠ける作品としか聴こえないのも事実であるが・・・。中央図書館の予約貸し出しでのCD。
Boulez: Repons, Dialogue De L'Ombre Double / Boulez, Ensemble InterContemporain
Répons (1981 - 1984)
Dialogue de l'ombre double (1985)
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思い出の演奏会?というか海外出張のため「レポン」は行けませんでした。チケットはいまもしっかり持っています。このCDを聴いては「あーあ」とため息ついています。
2008/2/23(土) 午後 10:05 [ salonen2010 ]
それは残念なことでしたね。本当にこの作品はライヴにつきると思われます。ま、この作品だけではなく本<生>は独特の味がありますからね。
2008/2/23(土) 午後 11:39