|
赤いかんざし 赤いかんざし何故もの言わぬ。あたいがこんなに想てる事を、せめてお前が言わしゃんせ。赤いかんざし涙に濡れて。何でそんなに悲しそう。天神祭りの篝火をお前はちゃんと忘れたか。初めて逢うたあの人に、優しい声を掛けられて、ふとした想いが恋になり。“忘れよ”とても恋ゆえに、想い詰めたこのあたい。誰がこの恋知るものか。赤いかんざし何故もの言わぬ。あたいがこんなに想てる事を、せめてお前が言わしゃんせ。 貧乏、艱難辛苦(経済、生活において)が、必ずしもいい芸術を成果とするわけでもない。これだから、芸術はわからない。 ま、そんなことはともかく、きょう投稿する気になったのは、きのう投稿した≪間宮芳生『日本民謡集』。近代との対峙。その意気や了。けれど、歌い継ぐ伝承を支える、歌う歓び、快感、エロスのありやなしや。≫で、イヤミ、難癖つけた日本(語)歌曲のことを思ってのことだった。 戦前の1931−33年の間に、留学先のドイツの地にて作曲された(つまりは作曲家21才から23才)歌曲を、ドイツ人ソプラノ歌手・マリア・バスカ Maria Bascaなる声楽家が歌唱しているのに魅了されたからだった。歌詞の明瞭さにはもちろん無理があるとはいえ、音楽性において、ウタゴコロにおいて、かくあるべしと・・・。 よく、日本語の自然なイントネーション、アクセント、リズム等々と西洋音楽とは本来合わないウンヌンなどと云われ、はたして日本語での歌曲は・・・と。 しかし、このドイツ人のマリア・バスカの歌には伸びやかさ、歌う悦び、ウタゴコロを感じるのだけれど。日本語歌詞の厳密さはともかく。 風雅小唄 風雅小唄 彩に美し美の女神、見れば想いも増す鑑。映す姿に焦がれ寄る、風雅男に群れこそは。ほんに嬉しい風雅の集い。京の寺々花の春、奈良や龍田の宮の秋。想う夢殿三輪の山、登る旅路も趣味の友。ほんに楽しい風雅の集い。白酒黒酒の昔より、薫り往かしきみかのはら。湧きて流るる泉かや、風情尽きせぬ酒の友。ほんに嬉しい風雅の集い。 『転生 貴志康一作品集』 13の歌曲 「かもめ」「八重桜」「天の原」 「赤いかんざし」「行脚僧」「かごかき」 「花売り娘」「風雅小唄」「芸者」 「つばくら」「富士山」「さくら」「力車」 「日本スケッチ」より 「市場」「夜曲」「面」「祭り」 原録音:貴志康一 指揮 マリア・バスカ(ソプラノ) ベルリンフィルハーモニー管弦楽団 貴志康一 (KOICHI KISHI) 「竹取物語」 戦直後、日本人初のノーベル物理学賞の湯川秀樹受賞レセプションで演奏されたよし。
|
現代音楽<日>
[ リスト ]




