イメージを揺さぶり脳をマッサージする音楽

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ピエール・アンリ

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Pierre Henry: Fragments pour Artaud (1970)

          

こんなのがYOUTUBE動画サイトにあった。ミュージック・コンクレートの雄、ピエール・アンリのもの。題して『Fragments pour Artaud 』(1970)。
なんと稀代の演劇家、詩人のアントナン・アルトー(Antonin Artaud, 1896 - 1948)?!へのオマージュ?

無底にある人間の狂気と空虚。無根拠をその存在根拠とした現代人の精神病理。その姿をみせる。いや、現実につきつける。

【1936年、アイルランド旅行中に精神病院に収監され、1947年に退院する・・・】数奇・・・。


「根拠は存在〔すなわち形而上学の根底としての無〕から離れ落ちたままにとどまっている。根拠が存在<から>脱落し、離れ落ちたままにとどまっている(ab-bleiben)というこの意味において、存在とは無‐根拠(ab-grund深淵)である」「存在は存在として、無根拠(grund-los)にとどまる」(M.ハイデッガー「根拠の本質について」)


≪人であれ物であれ、なにかが<在ること>そのことに、究極的な根拠や理由などあろうはずがない。目標や起源も欠けている。おまけに有限。いずれ消えさるはかない生起にすぎぬ。青空の向こう、漆黒の宇宙空間に散開する一千億の銀河。そのひとつひとつの銀河に、それぞれまた一千億の恒星が浮かぶ。その広大な宇宙空間を、秒速四キロメートルで驀進するちっぽけな惑星のうえに、それもその長大な歴史のほんのわずかばかりの間隙の中で、たまたまうみおとされた人間の存在に、必然的な存在理由や目的があると考えることのほうが、どだい無理な注文である。事情は、いま野原をのろのろと這いまわる蟻たちと、なんらことなりはしない。存在に、しかるべき起源や根拠や目標があるかのように見立てる「存在のシナリオ化」は、人間のけなげな幻覚が生み出す一種の生活の知恵。このことは今日では、陳腐なくらい自明な常識に属していよう。・・・・けれど、そのさきがあるように想う。・・・存在の虚無性とは、森羅万象が<在ること>に、なにか必然的な存在理由も、しかるべき起源や、目的も、原理的に欠けているということである。それはいいかえれば、<在る>とはつねに、「在る必然性などさらさらないのに在る」ということであり、「無くても論理的にはすこしもふしぎではないのに在る」ということである。・・・≫(古東哲明『<在る>ことの不思議』。)




Antonin Artaud - Pour en finir avec le jugement de dieu (Per farla finita col giudizio di

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