「私の、“蒼いドミナント”にはペシミズムという汚れが付いている。私は疑いを持っているのである。人類がこの地球上で進歩を遂げてきたというのは、勝手な思い込みにすぎないのではないか。大きな例外が少々あるにしても、人類が実はそれほど進歩していないと信じさせるに足るものが、あまりにも多すぎるのではないか。もちろんこれは哲学の問題であり、音楽と哲学が折り合わないのは珍しいことではない。だが、この問題に関する私の基本的な考え、そんなものだ。」(デュティユー・同梱解説より) 先々月、購読新聞の訃報記事で知ったのだけれど、フランスの現代音楽作曲家アンリ・デュティユー(Henri Dutilleux, 1916年1月22日 - 2013年5月22日)が97歳の天寿を全うしてといっていいのだろう、鬼籍に入ったとあった。 コトバをなりわいとするわけでもなく、その界隈に在るものでもない(たんに、そこいらに在る音楽好きのひとりでしかない)ので、思いを入れ込んで語ることももたないのだけれど。 好きな作曲家のひとりということでの投稿。 この作曲家デュティユーに関しては以下、投稿している。 http://blogs.yahoo.co.jp/tdhdf661/46568836.html 緻密堅固、重厚さももつオーケストレーションが魅力アンリ・ディテューユHenri Dutilleux(1916-)の『交響曲第一番』(1951) http://blogs.yahoo.co.jp/tdhdf661/47152252.html ジャケットデザインにふさわしい落ち着きと風格、品格さえもつ現代のチェロ協奏曲。ディティーユとルトスラフスキーの2作品をロストロポーヴィチで聴く。 http://blogs.yahoo.co.jp/tdhdf661/51576366.html アンリ・デュティユーHenri Dutilleux(1916-)の弦楽四重奏曲「夜はかくのごとく」(1971-77)ほか。生成の場に立ち会うともいえる現代音楽を聴くということはスリリングである。 http://blogs.yahoo.co.jp/tdhdf661/57507584.html アンリ・デュティユー『交響曲第2番≪ル・ドゥーブル≫』(1959)ほか。緻密堅固、重厚壮大にオーケストレーションしつつ流麗なさま、まことに見事。豊麗な音色、響きに酔い、惚れる。 http://blogs.yahoo.co.jp/tdhdf661/61366335.html アンリ・デュティユー『ヴァイオリン協奏曲<夢の木>』(1985)『チェロ協奏曲<遥けきなべての国は・・・>』(1967-70)。緻密堅固、重厚壮大、豊麗な音色。声を大にして言い募ろう、これは傑作だ。 斯くのごとしで、それら印象したことばから大よそが察せられよう。 さて、きょう手にしたアルバムは、ネット図書館所蔵の『時の影 The Shadows of Time (1997年)』。 これは、わが国を代表する指揮者・小澤征爾による委嘱作品のよし。 「管弦楽に3人の童声が加わる」といった趣向をもつように、サブタイトルはナチズムの蛮行を物語る<アンネ・フランクと世界のすべての子供たち、その無垢なる魂に>となっている。斯く断片的なことばがその「日記」から採られ歌われているとのこと。 出来ばえのほどは、さほどと思われるけれど・・・まあ佳作といって擱きましょうか。 デュティユー『時間の影』 1. 時間
2. 不吉な大気の精 3. 影たちの記憶「アンネ・フランクと世界中の子供たち,その無垢なる魂に」 4. 光の波 5. 蒼いドミナント? |
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