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もうひとりの私、見つけられるかな?

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こっちも再開!!

  
 
唐突にブログは再開します(笑)
 
 
いやぁ〜メインのブログを放置して500日。いろいろありました。
 
昨年末に二人目(女)が生まれ、上の娘はお受験を乗り越え春から小学校へ、そして私の仕事も荒波に揉まれ揉まれて・・・とにかく疲れてブログどころじゃなかった(苦笑)
 
 
 
でもやっぱり、そういう理由で生きるサイクルが狂うとダメですね。優先順位をつけているつもりが、後回しにしているものほど精神バランスを上手に取っているものが多いということを身をもって知りました。
 
記事を書く面倒さは正直あるものの、皆さんと繋がることの楽しみやリラックスはやはり良いものです。
 
 
 
が!
 
 
 
 
いたよいた。面倒なヤツが一人(苦笑)
 
 
皆さんのコメントを懐かしく振り返っていると、最後にめんどくさいコメント(笑)
 
 
ニコやかに削除して、友達登録も削除しました。
 
 
 
これからは好きな人とだけ絡んで楽しむ方向でいこうかなと。
 
 
 
 
めんどくさいヤツを笑顔でかわすほどオレに余裕はない・・・。
    
 
 
 
イメージ 1
 
 
 
 
 
ふと、バックトゥザフューチャーが観たくなり、格安DVDセットを購入し夜な夜な鑑賞しています。もう何回観たろうか…(笑)
 
このコラムはまた別の機会に書くとして、シリーズ3作目でのエメット・ブラウン博士の一言が胸に響いております。
 
 
 
「未来は自分で切り拓くのだよ」
 
 
 
今の社会(私の周りだけなのかもしれませんが)には、これが完全に欠如している気がします。
 
いや、正確には、階層社会の上位の人間が、未来まで決めてしまおうとしている風潮があるのではないかと感じています。
天下りなどはそれが構造化した最も腐った例です。
 
「夢を持ちなさい」と言っている大人が、実は子供の進路を決め、生き方を決めているのではないか。
「お前たちが将来を背負う社会の主役になるんだ」と言っている上司が、部下から判断を奪い、規則でがんじがらめにして未来に蓋をしているのではないか。。。
 
そりゃぁ、切り拓く側にも強い意志は必要ですが、きっと中にはそれを持ってしても壊せない過去の壁があるのだろうと感じてもいます。
 
 
 
 
 
未来は自分で切り拓く。
 
未来は自分で切り拓く。
 
 
 
思えば、そんな気持ちで起業したはずなのに、いつの間にか社会に感染してしまい、つい同化しかけていました。
 
そんなモヤモヤした気持ちの中でこの一言は胸に鋭利に刻み込まれ、深夜一人で目頭を熱くするのでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
で、そんなことを感じている矢先に、昨日行った某ミュージシャンのライブでこれまた感動の出来事が…。
 
長くなってしまったので、この話もまた次回に。
 
 
 
 
 
     

支流。

  
 
 
 
イメージ 1
 
 
これは本家フェンダー…ではなく、とあるクラフトマンによる手作りのエレキギターです。
 
さすがに拘りあるだけあって良く鳴ります。まさに実戦機ですね。
 
 
 
 
 
 
こういうものほど、我が家にあってはならないと思う(笑)
 
 
 
 
 
 
売るにもコレクション的価値はゼロですし、弾くにもライブはやらないわ家ではうるさくて家族に止められるわ、オマケに節電で自宅でのプラグインはヒンシュクだわと、もはや詰んでいます(困惑)
 
 
 
そもそも、なんでこんなものが我が家にあるのだろう(?_?)思い出せない…。
 
 
 
 
     

俺の感情は何処。

    
 
間違いない。それは、私の幼児体験から来ている。
 
 
 
 
 
以前にも書きましたが、私は(我々兄弟は)実父から執拗な虐待を受けていました。
 
虐待をする側の気持ちは未だにわかりません。経験者以外に「わかる」と答える人はウソだと思っています。
(話しは逸れますが、人の言う「気持ちわかるよ」も大半は勘違い。思い上がりです。)
 
父から暴力を受ける時というのは、所謂「キレている」時が主でしたが、その「キレる」原因が明らかに私の場合と、
そうでない、よくわからない時がありました。今思うと、病気なのかとも思ってしまいます。
 
 
そして、「病気なのか」と思うぐらい、おぞましい表情と、常識ではあり得ない暴力が始まります。
 
そういう、一種の異常行動というのは、死体を見るよりおぞましく、恐ろしいです。
 
 
私は運悪いことに、飛び降り自殺した死体も腐乱死体も見たことありますが(苦笑)、それよりも父がキレた時と薬物中毒者の禁断症状の方が怖かったです。思い出すだけで吐き気がします。
 
共通点は「生きている」ことと「言葉が通じない」ことでしょう。生きているクセに言葉が通じない、こんな恐怖ありません。その点、死体は無害です。
 
 
 
 
そんな体験あって、私は感情的になっている人間を見るのが苦手です。露骨に失語します。
何故か。通じないからに他なりません。
そんな“きつけ薬”のような言葉があるのならお金を積んででも教えてもらいたいぐらいです。
 
ある人はそんな私を見て「煮え切らないヤツだ」と言います。いえいえ、武田鉄矢とレスポールの話しならいくらでも情熱的になります。家族の話しであればいくらでも泣けます。
 
 
 
 
 
 
あーバカバカしい。何故こんな話しをしなければならないのか。
 
 
 
 
ああ、わかった。
 
先週、親父の誕生日だったからだ。
 
 
 
 
 
 
 
      

小言。

    
 
 
いやーイヤなものを見た!
 
ある人が職場の部下をつかまえてくどくどと小言を言っている場面に居合わせてしまい、非常に不快な思いをしました。
 
小言ほど人を不快にさせるものはありません。言われている人間も当然不快でしょうし、周囲に居合わせる人間もほぼ間違いなく不快でしょう。
一方で小言を言っている当人はというと、言っている自分に酔いしれてしまっていてそんなことに一切気づいていないものだったりします。
 
 
 
「不快だ」と感じさせてしまった時点で、小言は「小言」の域を超えません。
 
「指導」にも「注意」にも、「教育」になんてもっとなり得ません。要は、言い方の問題なんでしょうけどね。
 
 
 
小言を言う側にもきっと言い分があって、小言を言いたくなるような不快な思いをしているのでしょう。
 
ただ、「言わなきゃ治らない(直らない)」親切な気持ちがあって言うのなら、やはり言い方には気を遣うべきだと思うのです。「小言」では相手の心には届かないのですから・・・。
 
 
 
とまぁ、言ってる意味がサッパリかもしれませんが、私の勝手なぼやきということで・・・。
 
 
 
 
 
しかし人間って、本当にダメな生き物だなぁ。
 
 
 
 
   

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