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ふと、バックトゥザフューチャーが観たくなり、格安DVDセットを購入し夜な夜な鑑賞しています。もう何回観たろうか…(笑)
 
このコラムはまた別の機会に書くとして、シリーズ3作目でのエメット・ブラウン博士の一言が胸に響いております。
 
 
 
「未来は自分で切り拓くのだよ」
 
 
 
今の社会(私の周りだけなのかもしれませんが)には、これが完全に欠如している気がします。
 
いや、正確には、階層社会の上位の人間が、未来まで決めてしまおうとしている風潮があるのではないかと感じています。
天下りなどはそれが構造化した最も腐った例です。
 
「夢を持ちなさい」と言っている大人が、実は子供の進路を決め、生き方を決めているのではないか。
「お前たちが将来を背負う社会の主役になるんだ」と言っている上司が、部下から判断を奪い、規則でがんじがらめにして未来に蓋をしているのではないか。。。
 
そりゃぁ、切り拓く側にも強い意志は必要ですが、きっと中にはそれを持ってしても壊せない過去の壁があるのだろうと感じてもいます。
 
 
 
 
 
未来は自分で切り拓く。
 
未来は自分で切り拓く。
 
 
 
思えば、そんな気持ちで起業したはずなのに、いつの間にか社会に感染してしまい、つい同化しかけていました。
 
そんなモヤモヤした気持ちの中でこの一言は胸に鋭利に刻み込まれ、深夜一人で目頭を熱くするのでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
で、そんなことを感じている矢先に、昨日行った某ミュージシャンのライブでこれまた感動の出来事が…。
 
長くなってしまったので、この話もまた次回に。
 
 
 
 
 
     

俺の感情は何処。

    
 
間違いない。それは、私の幼児体験から来ている。
 
 
 
 
 
以前にも書きましたが、私は(我々兄弟は)実父から執拗な虐待を受けていました。
 
虐待をする側の気持ちは未だにわかりません。経験者以外に「わかる」と答える人はウソだと思っています。
(話しは逸れますが、人の言う「気持ちわかるよ」も大半は勘違い。思い上がりです。)
 
父から暴力を受ける時というのは、所謂「キレている」時が主でしたが、その「キレる」原因が明らかに私の場合と、
そうでない、よくわからない時がありました。今思うと、病気なのかとも思ってしまいます。
 
 
そして、「病気なのか」と思うぐらい、おぞましい表情と、常識ではあり得ない暴力が始まります。
 
そういう、一種の異常行動というのは、死体を見るよりおぞましく、恐ろしいです。
 
 
私は運悪いことに、飛び降り自殺した死体も腐乱死体も見たことありますが(苦笑)、それよりも父がキレた時と薬物中毒者の禁断症状の方が怖かったです。思い出すだけで吐き気がします。
 
共通点は「生きている」ことと「言葉が通じない」ことでしょう。生きているクセに言葉が通じない、こんな恐怖ありません。その点、死体は無害です。
 
 
 
 
そんな体験あって、私は感情的になっている人間を見るのが苦手です。露骨に失語します。
何故か。通じないからに他なりません。
そんな“きつけ薬”のような言葉があるのならお金を積んででも教えてもらいたいぐらいです。
 
ある人はそんな私を見て「煮え切らないヤツだ」と言います。いえいえ、武田鉄矢とレスポールの話しならいくらでも情熱的になります。家族の話しであればいくらでも泣けます。
 
 
 
 
 
 
あーバカバカしい。何故こんな話しをしなければならないのか。
 
 
 
 
ああ、わかった。
 
先週、親父の誕生日だったからだ。
 
 
 
 
 
 
 
      

小言。

    
 
 
いやーイヤなものを見た!
 
ある人が職場の部下をつかまえてくどくどと小言を言っている場面に居合わせてしまい、非常に不快な思いをしました。
 
小言ほど人を不快にさせるものはありません。言われている人間も当然不快でしょうし、周囲に居合わせる人間もほぼ間違いなく不快でしょう。
一方で小言を言っている当人はというと、言っている自分に酔いしれてしまっていてそんなことに一切気づいていないものだったりします。
 
 
 
「不快だ」と感じさせてしまった時点で、小言は「小言」の域を超えません。
 
「指導」にも「注意」にも、「教育」になんてもっとなり得ません。要は、言い方の問題なんでしょうけどね。
 
 
 
小言を言う側にもきっと言い分があって、小言を言いたくなるような不快な思いをしているのでしょう。
 
ただ、「言わなきゃ治らない(直らない)」親切な気持ちがあって言うのなら、やはり言い方には気を遣うべきだと思うのです。「小言」では相手の心には届かないのですから・・・。
 
 
 
とまぁ、言ってる意味がサッパリかもしれませんが、私の勝手なぼやきということで・・・。
 
 
 
 
 
しかし人間って、本当にダメな生き物だなぁ。
 
 
 
 
   

フォーカス。

    
 
 
以前、出張先の友人に、ゴルフの打ちっ放しに連れて行ってもらった時の話しです。
(バーチャルゴルフへ連れてってくれた方と同一です)
 
数年ぶりにクラブを握った私は、それでも野性的勘を頼りに(笑)それなりにまっすぐ打つことが出来ていたのですが、ドライバーだけは打てども打てどもまっすぐ飛ばない。というか、当たらない。
 
懇切丁寧に教わるものの一向にまっすぐ飛ぶ気配は無く、体力的にTKO状態となり練習場を後にしたのですが、
「あ〜、肝心のドライバーが当たらなきゃゴルフになんないな。こりゃコースには到底出られないな」と、何気なく吐露したことに対し、その彼は
 
 
 
「でもですね、ゴルフって18ホールしか無いんですよ。そのうち、大体4ホールはパー3。ドライバーがその他のホールの1打目にしか使わないことを考えると、100で回る人でも最大で14回しか使わないんですよ」
 
 
 
それを聞いて私はハっとしたのを今でも記憶しています。
要は、「他のクラブの精度を上げることで、苦手なドライバーを克服する以上の成果が得られるかもしれませんよ」ということなのですが、言われるまでそんなこと微塵も考えていなかったものですから、かなり痛烈な印象を受けたと同時に、とても気持ちが楽になったものです。
 
ある事象について、フォーカスするポイント如何で前向きにも後ろ向きにもなるのだなぁと・・・。
 
 
 
 
人間生きていると、思わぬところに生きるヒントが転がっているものです人生、日々勉強也。
 
 
 
 
 
 
         

尾崎豊の法則。

    
 
 
 
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私は、尾崎豊が大好きです。
 
ある方との会話で尾崎豊の話題にのぼり、あまりの懐かしさに今DVDを観ながら書いています(笑)
 
実は私が初めて尾崎豊を知ったのは彼が死んだちょうど1年後、私が15歳の時でした。
その日はたまたま夜更かししていて、深夜テレビをつけると何やら見知らぬ男のライヴ映像が。。。
 
歌っているのか怒鳴り散らしているのか、そもそもこの男が誰なのかもよくわからないのに、私は確かに、完全に惹き込まれてしまっていたのでした。
そして、番組のエンドロールで「YUTAKA OZAKI」のスーパーを見てはじめて「この人が尾崎豊なのか」と。
そう。その日はちょうど彼の命日で、私がたまたま観ていたのは彼の追悼番組だったのです。
 
 
 
 
馴れ初め(笑)はこのぐらいにして、私が今日話したいのは、何故尾崎豊はこんなにも多くの人を魅了することができたのか。
 
今DVDを観ていても思うのですが、実は時々彼のMCは何を言っているのか意味がわからないことがあります。
 
反社会、愛、自分、命・・・言っている言葉の単語ひとつひとつはどれもわかりやすく、意味も明快なのですが、それが組み合わさって文章になると、これが面白いことに全く意味不明なメッセージだったりするのです。
(一方で著書などを読んでいるとこういったことは全く無い。当然、意味が通じるよう編集されているからでしょう)
 
でも、そのライヴやMCには確かに惹き込まれるのです。私も完全に魅了されるのです。もっと言えば、そんな言葉の意味などどうでも良い!とまで思ってしまうのです(笑)
 
その、意味不明な言葉を吐いたとしても、人の心を突き動かすことができる彼の最大の魅力というのが
“情熱”“熱意”なんじゃないかと、33歳になった今、感じています。
 
彼が発信したい情熱と、(私を含めた)当時の多くの若者が求めている情熱とが、カチっと綺麗にはまった時、彼のメッセージは全て「正」になり、受け止める側は皆魅了されていくのだと思っています。
 
 
 
 
さて、これを仮に、“尾崎豊の法則”と呼ぶことにしましょう。
 
さぁ〜今日は長いですよ(笑)最近更新を滞っていた分、一気に吐き出します。
 
 
 
 
実は今日、ある仕事先で面接官を行いました。
 
面接に来たのは29歳男性。大卒後、印刷業で汗をかいてきたという経歴の持ち主でした。
 
彼の話によるとどうも印刷業界は、世の中の変化によって大変厳しい状況にあるそうです。
そのひとつが「ペーパーレス」。電子媒体の進歩により、紙市場そのものがかなり縮小傾向にあると。
(まぁ、誰でも知ってますよね)
 
ところがその彼は「でも僕は紙の方が好きなんです」と面接で言う。
ふむふむそれならと「じゃぁ、私にその紙の良さを聞かせてください」とたずねたところ、ゴニョゴニョ・・・。
 
 
正直私は、(今日のその面接において)紙の良さなどどうでも良かったのです。
むしろ、その彼が情熱的に紙の良さを語ってくれさえすれば、“尾崎豊の法則”が働いて、私は「紙はイイ!」と思ったかもしれません。「彼はイイ!!!」そう魅了されたかもしれないのです。
そのパッションを感じたかったのです。
 
 
養老孟司の本を読んでいると、1ページに必ず1行と言って良いほど虫の話しが出てくる。虫の話しになると途端に、無邪気な子供の如く文章が熱くなり、つい私も虫に興味を抱いてしまう。
 
スティーブ・ジョブズは、自分の情熱をどのように伝えようかということを真剣に考えている人のように思える。
私からすれば、もうその情熱だけで十分に尾崎豊の法則が働いているのですが、彼はビジネスの為にそれを戦略的に用いている。
 
 
 
 
 
少し話しが横道に逸れてしまいましたが、要するに私が言いたかったことは、、、なんだったっけかな(笑)
 
 
 
 
 
 
ああそうだ。
 
要するに、そんなことをこんな深夜にせっせと書いている私は、パッションの塊のような面倒な男だという話しでした(笑)
 
お後がよろしいようで。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
       

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