てっちゃんのブログ。哲也的部落格

日本と台湾を行ったり来たり。中国語と日本語で曲を作るのが好きなシンガーソングライターです。

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母親と父親の役割

日本に戻って3日が経とうとしています。
この1年、日本と台湾を行ったり来たりしていたせいか、
もう自分にとってはどちらにいようが、あまり特別な違いは感じられなくなっていました。

言語が違うこと以外に、もっとも大きな違いと言えば、
日本では家族と一緒に住んでいるということです。
僕の家は母方の祖父母の実家で、狭い家に3世代が住んでいることになります。

帰ってきてよかったなと思うのは、母親と祖母と話をする時間があることです。
やはり、ご飯の時や寝る前に世間話をする相手がいるというのはありがたいです。
母親のほうは、僕が帰ってきてホッとしているといいます。
また、話好きの祖母は僕を見るとずっと話しかけてくれて、僕はいつも聞き手にまわっています。

ただ、僕はあまり父親とはうまくコミュニケーションがとれません。
父親はまさに日本の頑固おやじといった感じですね、ちゃぶ台をひっくり返したこともありますし。
僕が会社を辞め台湾留学を決めた時は、
「お前の人生は終わった、あとは知らんから覚悟せぃ」と言われました。
なんと台湾に失礼なセリフですけど(笑)
台湾滞在中は、「もう帰ってくるな、台湾で仕事探せ」
そして、今回家に戻ってまず怒鳴られました。
「追い出してやる、この居候が!」「金返せ」

今回の台湾留学は、僕自分で貯めたお金で行ったのですが、
おそらく「今まで育ててやった金を返せ」という意味なのでしょう。

高校生の時の自分なら、歯向かって喧嘩をしていたのでしょうが、
最近はもうそんな年ではなくなってしまいました。
僕自身も以前、父親と同じような仕事についたことがあり、社会人を経験して、
なんとなく一人の男として、父親の悲哀ややるせなさを理解できるようになってきたからだと思います。

25歳にもなって、父親に罵られる自分がすごく情けないですが、
これもお笑いにして、頑張っていこうと思います。
自分の自虐ネタで堂々と生きて行かれたら、もう一人前の人間だと思います(笑)

そのあと、一人で図書館へ行き、
僕の尊敬する一人の記者の方の自伝を借りてきました。
数奇とも呼べる運命を辿られているその方の人生をめくりながら、あらためて母親の偉大さを考えさせられました。
その方のお母様の言葉で印象に残ったものに、
「他人の評価を変えることはできないが、あなたは自分を証明することができます。だから自分に対する他人の評価に気を取られる必要はありませんよ。」
というくだりがありました。

台湾で友達から、知人から、他人から、いろいろな自分に対する言葉を言われました。
僕自身はその一つ一つの言葉を重く受け止めてきたつもりです。
何気ない友人のアドバイスでも、今でも胸が痛むような一言もあったりして、どこか自分に自信がなくなっていた気がします。
アドバイスはプラスになるように解釈しなければいけないのに、ちょっと気持ちが不安定のときは
自分を不必要に責めてしまいがちですよね。

今の僕は父親の評価を全く得られていない状態ですが、
いつか僕は自分の生き方を、自分なり方法で証明できたらいいなと思っています。
少なくとも母親は
「好きなようにいきたらいいんじゃないの」
と言ってくれています。すごく有難いことです。

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昨天我在機場逛的時候,看到很可愛的人偶,我就買了.!
是日本的航空公司ANA做的人偶.
他們邀請有一些ANIME的藝術家作這個,去年也賣過一次.

那個時候為了買這個,幾千個人排隊.
然後今年也賣出去.

離開台灣

昨天我搬到日本了.
從今天我在日本要過生活.

其實我大概一月的時候,已經決定我要離開台灣.
在台灣的這個一年,
我收到很多難得的經驗跟回憶,有一些音樂的成果.

現在我要提高自己的音樂的技術.
想要作更多的作品.
我想一想,自己有這樣的目標的話,對我來説還是在日本做比較好.

昨天幾個朋友們送我去機場,
我覺得很開心.

以前我每一次去機場送朋友,或者別人送我的時候,常常很難過得苦.
可是這一次很特別,我根本沒有覺得很難過.
我覺得對自己有一點意外.
應該是因為現在我有自己的未來的目標,
然後我知道以後我一定會有來台灣的機會.

所以我們笑著説再見.

去年我跟有一個朋友一起寫一首歌.
接下來的詞就是那一首歌的歌詞.

沿途的風景 漸漸地模糊我的眼睛
兩個人坐在車子裡 沉默著呼吸 看著你
只想能陪著你 和你在一起

等不到入夜就已開始灰暗的世界
錯過了花開的季節 當我回想起熟悉的過去
多麼捨不得忘記每一次快樂的回憶 都在這一刻被想起

我們就到這裡 不必再有轉機
好過用微笑抵擋面對眼涙的勇氣
我會再想起你 一定還會有牽掛
祝福你會遇見好的他

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我最近認識一個在台灣彈Sitar的日本人,他叫做Yo.

Sitar是印度的傳統樂器,看起來有一點像吉他.
其實會彈這個樂器的人在印度也已經很小.是一個很神秘的聲音的樂器
他彈Sitar學得已經8年,而且他來台灣之前去印度4年.
那為什麼他來到台灣呢,是因為他的音樂朋友先來台灣,那個朋友邀請他來台灣as a Sitar Player.
現在他在大學教Sitar的課,然後在很多地方表演.
他說台灣很好玩,目前沒有回日本的計畫.

其實我之前對喜歡印度的日本人有很stereotype的偏見.
他們都是有一點不可思議的風格,每天唸呪文,做YOGA 等等.
可是Yo哥看起來是一個很正常的日本人(不是喜歡印度人不正常的意思! 不要誤會!!).
沒想到他會談那麼特別的樂器.
他是一個很有禮貌,而很溫柔的人.

今天我去他家玩.是第一次去他家.
他在有一個很大的大樓住,他說這邊是連台灣人也通常不想要住的地方.
因為那個地區有一點舊,住的人都是不年輕.
他笑著說每一個朋友來看看我的大樓的時候,都說好恐怖!
其實裡面他的房子很乾淨,而且他自己塗牆壁的塗料.覺得很Relax!

他給我看看Sitar.
你們隻到馬? Sitar的木板是用南瓜做.我好驚訝.
所以不會出那麼大声.
然後為了彈MELODY的弦,彈CHORD弦,都不一樣.
他說一般學Sitar的話,一開始的一個月很難.可是過了這個程度,就很愉快.
他彈的聲音很漂亮,很可惜在部落各上沒辦法分享那個旋律.

他說他現在有教Sitar的個人班.
如果你有興趣的話,就立刻去參加他的課吧!

而且他會料理,每一次他的學生來他的家的時候,
請他們做印度料理一起吃,很Cool!!

他的網站是這裡↓
http://sitaryo.blogspot.com/
http://www.myspace.com/sitaryo

上個禮拜天,我參加一個新年會.
之前我認識的在台灣活動的吉他手門田老師,
還有bass手TOSHI老師,

他們每一年辦在台灣活動的日本人音樂人的新年會.
今年大概10個人參加一起喝酒.

有一些老師們來台灣已經10年以上,
晚一點來的叫做金木老師,他說來台灣已經差不多20年.
他說他來的時候的台灣,跟現在的完全不一樣.
捷運也沒有改好,士林夜市也不是像現在那個樣子.
然後金木老師跟大家一直 趕快買房子! 
哪裡很便宜,哪裡不會發展.變成不動產的老闆.

還有我認識一個印度的樂器,Sitar手的哥哥.
他去印度4年,學Sitar.總共學了8年.
現在在台灣教Sitar給台灣人.很COOL!

他跟我們介紹的印度的生活,非常刺激!

還有彈keyboard的作曲家 櫻井老師跟他的Partner.
他們人超級好,談了很多事情.
希望再一次有見面的機會.

那一天,大家很輕鬆得講話.
最後一起拍照片.
在台灣的音樂人,都很喜歡台灣.然後跟普通的日本人有一點不一樣.
很熱情.大家很溫暖.

我認識他們很高興.

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