しみじみと朗読に聴き入りたい

素晴らしい朗読が聴けるサイトやCDを発掘してご紹介します。著作権関係の意見も発信しています。.

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 金子みすゞの詩が、改めて注目されています。その著作権については、いろいろ事情がありそうだということは漠然とは知っていましたが、改めて調べてみると、なんとも面妖な様子です。せっかくの素晴らしい詩ですから、誰でもが親しむことができるように、議論の整理のために書いておきたいと思います。
 朗読愛好家の皆さんも、どうもすっきりしなくて、読みたくても読めないというのでは、不健全ですので、そういう意味からも整理しておくことが必要だろうと思います。
 
●金子みすゞについては、以下のような解説が、どこにでも載っています。
 
「『赤い鳥』、『金の船』、『童話』などの童話童謡雑誌が次々と創刊され、隆盛を極めていた大正時代末期。そのなかで彗星のごとく現れ、ひときわ光を放っていたのが童謡詩人・金子みすゞです。(中略)
 そんな彼女が童謡を書き始めたのは、20歳の頃からでした。4つの雑誌に投稿した作品が、そのすべてに掲載されるという鮮烈なデビューを飾ったみすゞは、『童話』の選者であった西條八十に「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛されるなど、めざましい活躍をみせていきました。
 ところが、その生涯は決して明るいものではありませんでした。23歳で結婚したものの、文学に理解のない夫から詩作を禁じられてしまい、さらには病気、離婚と苦しみが続きました。ついには、前夫から最愛の娘を奪われないために自死の道を選び、26歳という若さでこの世を去ってしまいます。こうして彼女の残した作品は散逸し、いつしか幻の童謡詩人と語り継がれるばかりとなってしまうのです。
 それから50余年。長い年月埋もれていたみすゞの作品は、児童文学者の矢崎節夫氏(現金子みすゞ記念館館長)の執念ともいえる熱意により再び世に送り出され、今では小学校「国語」全社の教科書に掲載されるようになりました。」
(「金子みすゞ記念館」HP http://www.city.nagato.yamaguchi.jp/misuzu/misuzu.html
 
● その作品の著作権について、ウィキペディアでは、以下のように解説があります。
 
「著作権について
金子みすゞの作品そのものの著作権は作者であるみすゞの死後50年を過ぎており消滅しているが、作品集を出版しているJULA出版局を窓口とする「金子みすゞ著作保存会」は、みすゞ作品を利用する際には同会の許可を得るよう求めている。その理由としてJULA出版局は、著作の大半が生前未発表であったこと、ならびに未発表作品を一般に広めるきっかけとなった『金子みすゞ全集』(JULA出版局)による二次的著作権の存続を挙げている。このこともあり、みすゞ作品は青空文庫にも収録されていない。この点には、矢崎らの「金子みすゞ著作保存会」の姿勢に対して疑念を持つ者も存在し、福田による紹介を取り上げた長周新聞も、著作を独占しているとして矢崎を記事内で批判している。」
 
●この金子みすゞの作品の著作権についての、JULA出版局(金子みすゞ著作保存会)の主張に対しては、上記で言及されている長周新聞に加えて、高遠信次氏による批判があります。
 
 ○長周新聞 
 
金子みすゞの著作権について- 高遠信次の公式サイト  詩論 (8)


 高遠氏の記事にある勉誠出版は、多数の評論や詩集を出しています。
 
  http://bensei.jp/ (※「金子みすゞ」で検索すると12冊出てきます)
 
 
JULA出版局のサイトをみると、単に以下のような記述があるだけで、ウィキペディアや高遠氏が紹介している、使用について了承を求める根拠や考え方を体系立てて述べているところは、見当たりません。以前あったのが削除されたのでしょうか?
 
 「金子みすゞの作品および写真の使用については、金子みすゞ著作保存会(窓口・JULA出版局内)の了承を得ていただきますよう、お願い申しあげます。」
              (http://www.jula.co.jp/type_c.php
 
 
●金子みすゞの遺稿集を「発掘」した功績に対しては、誰もが認めるところだろうと思います(ただし、長周新聞によると、それは矢崎氏一人に帰することではなく、山口県の関係者の尽力もあったと書かれています)。
 ただ、そのことと、著作権のあり方とはまた全く別個の問題で、もっと丁寧に考え方を整理した上で発信しないと、せっかくの金子みすゞの詩集の発行母体として本来であれば敬意を払われるべきところを、あらぬ目で見られてしまいかねません。
 実際、ACの広告で改めて金子みすゞが注目されたこともあり、昨年の秋には、週刊文春等で批判的な記事が載ったこともありました。
 
ウィキペディアと高遠氏の記事を総合すると、JULA出版局(保存会)が、使用の了解を求める理由は、以下のようなもののようです。本来は、きちんと同会が明確な説明をすることが必要でしょう(それが通用するものかどうかはまた別ですが)。
 
①金子みすゞの作品は長らく埋もれていたので、著作権の恩恵を遺族が受けることができなかった。だから、発掘されて全集として発表されたときから50年間、著作権の保護期間があるとみるべきだ。
遺稿集を発掘して初めて出版し世の中に作品を広げたJULA出版局には、二次著作権がある。
 
<「未公表作品の発掘(出版)」については法的保護はない>
●そのような主張をしているとは信じられませんが、もし本当にそのような主張をしているのであれば、荒唐無稽に過ぎます。
金子みすゞの詩の著作権については、作者自身がまず有し、その死去後は遺族が継承して保有していたわけですが、既に消滅していることは法律上明らかです。出版社には、詩自体についての著作権はもちろんありません(譲渡されていたのであれば別ですが)。
生前発表の機会がなく、埋もれていたというのであれば、宮沢賢治にしてもそうです。ウィキペディアによると、草野心平が未発表作品を発掘して、筑摩書房が詩集等を発刊して、次第にメジャーな詩人として認知されていったという経過です。宮沢賢治の場合、死去してそう経たないうちに紹介されていますから、著作権存続期間中に出版され始めたということになりますが、発掘した草野心平なり、出版した筑摩書房なりが、何らかの権利主張したとは聞いたことがありません。もっとも、宮沢賢治の著作権継承者がいたのかどうかわかりませんが・・・。
 
<金子みすゞの著名な作品の多くはみすゞ自身が投稿・公表済み=「発掘」の対象外>
●また、「発掘した」といいますが、後述するように、金子みすゞ自身が投稿し発表していた詩も多数にのぼるということが、もっと認識されてもいいと思われます。
もともと西條八十らに「若き童謡詩人の中の巨星」激賞され、主要な雑誌に投稿したすべての作品が掲載されたという経過からして、少なくともそれらの投稿発表作品については、矢崎氏らによって「初めて発掘された」ものではないことは明らかです。「保存会」は、公表されていなかった作品を発掘して世に知らしめたことを以て、権利があると主張しているのであれば、それらのみすゞ自身によって公表された作品群は、権利主張の対象からはずれるということになります。
 実際、矢崎氏が感銘を受けた「大漁」の詩は、岩波文庫の『日本童謡集』に掲載されていたといいますから、その底本となるものが世の中にあったということでしょう。
 
                        以下続く。

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