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<⑤ 金子みすゞ著作保存会の正確な設立時期、組織実体がどこにも書かれていない>
 ・・・というところまでわかってきたのですが、どうしても分からないのが、「金子みすゞ著作保存会」の正確な設立時期と組織実体です。ネットでいくら調べても出てきませんし、JULAや矢崎氏らによる年譜を見ても記載されていません。週刊文春記事では、矢崎氏は「保存会を設立したのは、雅輔さんから『渡した遺稿の管理はそちらでやってくれ』と頼まれたのがキッカケ」と述べ、またハルキ文庫での解説でも「全集出版(=1984年)の際」と書いているのをみると、全集出版後そう経たないうちに設立されたのかとの印象を受けますが、一方で、『別冊文藝』の上村ふさえ氏へのインタビューでの矢崎氏の発言では、「いろいろな出版社の方とお話をするなかで、金子みすゞ著作保存会をつくるといいという話になった」P56)との説明もありますし、角川春樹事務所が初めて保存会の趣旨を尊重し許諾を得て文庫出版をしたのが1998年ですから、全集出版後、保存会設立まで、それなりのタイムラグ(時期のずれ)があるのではないか?とも感じるのですが・・・。

 それで、『別冊文藝』の巻末にある「金子みすゞ参考文献・研究資料一覧」というところに、その出版時点である2000年までにおけるすべての出版物が掲載されていますので、それを見てみました。そうすると、JULA出版局以外のほとんどの出版物は、1995年以降となっています。ごく一部、作曲家の中田喜直による楽譜が1985年、1991年という早めの時期に出版されているのみです。これらのことを考え併せると・・・・もしかしたら・・・「保存会」というのは、全集出版当時(=1984年)ではなくて、マスコミで話題になり始めた1993年以降なのではないのか? という気もしてきます。上記インタビューで矢崎氏は、「ぼく自身、JULAから出版する時に、赤字でなくなったら、みすゞさんの甦りは特別なことだから、50年たっていても、著作権があるように、遺族の方にきちんとしてほしいとお願いしました。JULAの大村さんも初めからそう考えていらしたので、とてもうれしかったです。」と語っています。
 赤字でなくなったのは、大村氏の説明によれば、93年以降の様子ですし、他の出版社から書籍が出始めたのも1995年以降ですから、著作権の扱いを具体的に考え始めたのもその頃ではないのだろうか? という気がしてきます。
 どうも、この辺の設立時期に関連する説明が曖昧模糊としています。この点は、彼らが描く著作権ストーリーにとっても大事な点ですから、正確な時期を知りたいものです。
 
 加えて、わからないのが「保存会」の組織実体です。JULA出版局内においたというだけで、どういう位置づけで、誰がどういう手続きで、どういう基準で判断しているのかさっぱりわかりません。以前は、使用規程というのが載っていたのでしょうか? 今はどこにも見当たりません。遺族のふさえさんも参加しているかのようにも書かれているものがありますが、どういうお立場なのでしょうか。「著作保存会」と書けばもっともらしく聞こえますが、つまるところその実体は、JULA及び矢崎氏そのものではないかと感じます。
 「JULAや矢崎氏の了解を得て下さい」というと 「なぜ?」と受け取られるかもしれませんが、「金子みすゞ著作保存会の了解を得て下さい」というと、なんとなく公益的団体とか、みすゞの詩を大事にしてくれている団体とかの印象が前面に出て、心理的抵抗感が大きく減殺されますから不思議なものです。「借金」を「ローン」といいかえるだけで抵抗感がなくなるのと同じ、言葉のマジックです。


● 以上のことを頭において、金子みすゞの著作権についての矢崎氏やJULA出版局の説明、主張を考察すると、さまざまな疑問・疑念が湧いてきます。
 
<疑問1> JULA出版局以外の他者には、金子みすゞの著作権を認めて使用料を支払うべき、と主張しておきながら、肝心のJULA自身が、84年以降95年頃までの10年近くにわたり、「著作権料(印税)」を支払っていなかったというのは、筋としておかしいではないか?
 
 著作権を認めるべきと自らが主張するのであれば、赤字かどうかは本来関係ないことですし、遺稿集を提供してくれた上山雅輔氏は、「著作権料は(自分はいいから)上村ふさえ氏に支払ってあげてほしい」と言っていたというのですから、僅かなりとも支払った上で、他者に対して支払ってほしいというのが筋だと思います。
 全集出版時前後の時期以降、ふさえさんが苦境にあったということは矢崎氏もよくわかっていたわけですから、なおさらです。
 
<疑問2> そもそも「赤字だった」というが、それは本当か? 仮に赤字だったとしても、著作権料が支払えないほどの赤字だったのか?

 最初の全集は、制作コストが当初300万円のつもりが700万円になったと、大村代表は語っています。売価1万円で限定1千部が3か月で完売しましたから、1千万円で出版社の取り分は三分の二が相場であるので、約660万円の収入。人件費その他の諸雑費を除けばほぼトントン。次の写真製版した追加の増刷1千部はあまり売れなかったと言いますから、それはそれなりの赤字だったかもしれません。
 しかし、以上は「全集」の話で、矢崎氏編による『わたしと小鳥の鈴と』の「選集」は、10年の間に30万部売れたと報道されていますから、1200円×30万部×2/3(出版社の卸価格)=約24千万円。もちろん制作コストがありますからそのまま利益にはなりませんが、それでも、これだけの収入がある中で、あれだけこだわっている金子みすゞの著作権の対価たる著作権料を、ふさえさんに一銭も支払わなかった合理的理由は見い出せないのではないでしょうか。
 それに、大村氏自身、寄稿の中で、「他の絵本の収入で、みすゞ本の出版を維持していた」と言っているわけですから、出版事業全般としては当然黒字だったのでしょう。それであればなおのこと、ふさえさんに支払わない理由はないと感じます。

 更に穿った見方をすると、幼少だったふさえさんの言葉をみすゞが集めた『南京玉』から抜粋した『ふうちゃんの詩』という絵本が199512月に発行されていますから、さすがにご本人の言葉を出版しておいて、それまでのように、何も著作権料を支払わないわけにもいかないという事情も要因としてあったのではないのだろうか・・・とも思えてきます。ふさえさんは、この絵本が出版されたときは「びっくりした」とインタビューで言っています。
もうひとつの要因は、1995年に矢崎氏による第2の選集が発行されたことでしょう。第2選集を出すだけの余裕が生まれたということかと思います。これらのふさえさん関連の絵本や矢崎氏の第2選集の出版がなされたこともあって、1995年頃から「著作権料」を支払い始めたというころだろうと想像されます。
 
<疑問3>矢崎氏は、選集の編集料を受け取っていたのか?

 どうもわからないのが、選集は矢崎氏の編集と書かれています。そうすると矢崎氏はその編集料を受け取っていたのでしょうか。絵を描いているのはまた別の方です。筋からすれば、彼らが言う著作権の継承者たるふさえさんに著作権料を支払わずに、矢崎氏への編集料は支払いました、というのでは全く筋が通りません。
ですから、まさかそういうことはないとは思いますが、かと言って、それでは矢崎氏は何を収入源にしていたのだろうか、と思うと、もしかして・・・という気もしますから、この辺は実際どうなのか、彼らの主張する「著作権ストーリー」にとっても大事なポイントかと思います。
94年以降に相次いで出した矢崎氏編集による絵本等についても同様です。以下のように、矢崎氏自身は講演と出版を重ねています。講演のほうは、「著作権料」支払い対象ではもちろんありませんが、みすゞ物で利益を得ながら、「著作権者」には本来の著作権料も支払わないというのは、矢崎氏らから「著作権」尊重を要求される相手からみれば、釈然としないでしょう。
 
「「今年は例年の二倍、五十回以上講演しました」と驚いているのは童話作家の矢崎節夫さん(47)。昭和五年に二十六歳の若さで死去し「幻の童謡詩人」と呼ばれた金子みすゞを十二年前に発掘、作品集を出した。静かなブームは続いていたが、今年は再三マスコミで紹介されたせいか、反響が一気に広がった。自身も今年、童話一冊と絵本五冊を出版。「深く、優しい目で歌った彼女の詩に触れ、僕の作品も変わってきました。来年は彼女の二冊目の選集が出ます。子供向けの伝記もぜひ書きたい」」(1994114日付読売新聞)
 
 
<疑問4>「著作保存会」はどういう立場で、使用の了解を他人に求めているのか?

 話を追っていると混乱してくるのですが、「著作保存会」が他人による詩の利用について同会の了解を得ることを迫り、あちこちにクレームをつけるのは、どういう立場によるものなのでしょうか?
 矢崎氏やJULAは、「著作権」は遺族である上村ふさえさんにあるという立場です。それであれば、ふさえさんが許諾をする立場にあります。保存会に「著作権」を譲渡しているわけではないでしょう。では、ふさえさんから委託を受けて、「著作権」管理事業をしているということでしょうか? それは一任型、非一任型のいずれでしょうか? どういう形で受託されているのでしょうか?

 いずれにしても、著作権管理事業者的立場だとすると、許諾(=了解)や著作権料の収受をすることはできても、著作権者本人ではない以上は、他人の使用に対して、クレームを申し立てたり著作権料の支払いを迫ったりすることは、できないはずです。紛争事案について、弁護士ではないもののが法律行為を行うという非弁活動を禁止している弁護士法に抵触する可能性さえ出てくるのではないでしょうか。本当の著作権はない以上、代理人の弁護士を使って警告、要求もできないでしょうから、保存会なり矢崎氏、大村代表なりが自らが行ったのでしょう。それは本来、問題行為ではないでしょうか。
 組織実体も立場も明らかにしないままに、著作権者でもないのに、他人に使用の了解を得ることを求め、それに従わない場合にクレームをつけたり要求をしたりすることは、法律上もまことにおかしな話です。
 二次著作権、編集著作権、出版権を前提として要求しているのであれば、論外です。みすゞの遺稿集をそのまま活字にした全集に二次著作権も編集著作権もありません。選集そのままの形で他社が出版するということであれば、編者である矢崎氏の編集著作権とその出版社であるJULAの出版権に抵触するという見方もできますが、個別の詩にはそれはもちろん及びませんし、他社が独自の観点で詩を収録した詩集には、矢崎氏らの編集著作権や出版権は及びません。もちろん、商標権も(同一題名、同一構成でJULA発行本と誤認混同するようなものを出版するものでない限り)及びません。                     
                                   続く

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