しみじみと朗読に聴き入りたい

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 金子みすゞが自ら投稿・公表している詩がどれなのかを、どうやって探せばいいかですが、やはり、JULA出版局の「全集」に「みすゞノート」というものが載っていて、それにある程度掲載されているらしいですね。

 以下のMSN質問箱に、やりとりがありました。

 
********************************** 
〇Q 課題で金子みすずのことを調べています。
『別冊太陽金子みすゞ生誕一〇〇年』と『童謡詩人金子みすゞの生涯』はすでに持ってまして、上記のものに年譜は載っているのですがもっと詳細なものがないかと探しています。

そこで、お聞きしたいのですが
『美しい町 上下』、『空のかあさま 上下』、『さみしい王女 上下』
は内容に、どれが雑誌に掲載されたものなのかや詩が作られた年月など
細かなことも載っているのでしょうか?
また、その他にも詳細な情報が載っているものがありましたら教えて下さると幸いです。宜しくお願い致します。
投稿日時 - 2007-12-20 14:02:45
 
 
〇A 与田準一他編『金子みすゞ全集』(JULA出版局、1984)というものが
出版されています。
公共図書館にはあると思います。一度これを御覧になったどうでしょう。
全集には、詳しい年譜と作品の初出年代とか、初出の出典など掲載されていると思われます。現物を見たわけではないので、あくまでも推測ですが。
投稿日時 - 2007-12-20 18:50:05
 
〇お礼
回答、有難うございます。
そして、お礼が遅れてしまったこと、申し訳ありません。

ご指摘の通り、『金子みすゞ全集』の付録であるみすゞノートにある程度の詩は初出年代や、初出の出典などが載っていました。
教えて下さり、有難うございます。
とても助かりました。
課題もなんとかなりそうです。
本当に有難うございました。
投稿日時 - 2008-01-25 14:14:03
 
**********************************

 これらについては、JULA出版局なり、矢崎氏なりの主張の理由づけ(「未発表のものが多く、それを「発掘」して、世に伝えた」)からみても、権利主張の対象にはなり得ませんから、自由に使うことができます。
 (他の未発表だった詩にしても、出所を「全集」である旨書けば、ビジネスマナーとしては十分クリアしており、問題ないと思います。いずれにしても、JULA出版局等に、他人による転載や朗読等のごく一般的な使用を妨げる法的権利はありません。)


● さて、金子みすゞの著作権について調べていると、いろいろなことがわかってきました。

 ネットで、以下のようなサイトがありました。


 週刊文春の昨年12月1日号の記事の紹介ですが、その内容もさることながら、ブログ主ご本人のシンガーの方が、
 
     「 私も、彼等から色々な事を浴びせられた…。」

 と書かれています。
  また、長周新聞の以下の記事では、次のように書かれていました。 
   「金子みすゞの自由な鑑賞・研究を」

「また矢崎氏の講演に、下関のほとんどの文化関係者、とくにみすゞの詩の発掘に協力した人人が参加していないことも特徴であった。それは、みすゞの詩を展示したり、朗読したり、曲にしたりすることが、そのたびに矢崎氏の許可を得るように要求され、自由な鑑賞や研究の障害になっているという経験をしているからである。それはみすゞの詩を独占しようとすることへの強い批判である。」

 週刊文春の記事は未読ですが、やはり過去に、実際にいろいろな要求がなされているようですね。

● と思って調べていくと、ネットでは、ほとんど彼らの主張に洗脳されてしまったか、そこまで行かなくとも、トラブルに巻き込まれたくないので、ということで、金子みすゞの詩の掲載を差し控えている例も多数ありました。
 以前多数の詩を載せていたサイトが、今は載せていないというような例もあるそうです。青空文庫も、慎重な態度を見せている由。

 「私は著作権の意識が高いんです」と考えているらしい方のサイトで、「金子みすゞの詩は、著作権があるため残念ながらここにはご紹介できません。」と注釈が書かれていたりします。あるいは、他人のブログ等で金子みすゞの詩を紹介されているのに対して、「こうやって金子みすゞの詩を裸で載せるのは問題ではないですか」という趣旨のコメントが入っていたりすると、なんともやりきれない気分になります。洗脳されてしまっていますね。

 このような一連の状況は、ひどい話であり、ここまでの事態に立ち至っているということは、もうまっとうな状態ではありません。

  「金子みすゞの詩は、公共財産であり、誰もが自由に使えるものである」

 ということを、皆が声を大にして叫び、詩を載せたり、読んだりする場合にも、誰もが何の躊躇もなくできるようにする環境作りが必要だと痛感しました。

● 更に調べていくと、驚きました。。。というか絶句しました。

 JULA出版局は、平成11年時点で、「金子みすゞ」 で、商標登録をしているのですね!!!  
 いったいいかなる理由で、詩人名で商標権登録をする必要があるのか??
その目的は何なのか? 理解できません。
 
 作家名での商標登録と言えば、このブログ記事でも以前紹介したように、「夏目漱石」の商標登録騒ぎが、戦後直後と2〜3年前と、2回あり、夏目家の関係者も含めて大きな騒ぎとなったことは、文藝関係者であれば誰もが知っている有名なことです。
 いずれも、公共財産に帰することを嫌い、「私物化」「他人の排除」ということが目的で、嘲笑の対象にもなりましたから、「作家名の商標登録」というのは、マイナスイメージが浮かぶばかりです。

 次回、「金子みすゞ」の商標登録について詳しく書くことにします。

 なお、結論だけ先に書いておきますと、「金子みすゞ」が商標登録されていたとしても、詩を転載したり、朗読したり、出版したりする上では、何も関係ありません。それらを妨げる権利根拠には全く(!)なりませんから、安心して使って構いません。


※ 以下のサイト等をみると、「金子みすゞ著作保存会」には、詩の「使用規程」なるものがある(あった?)そうですが、JULA出版局のサイト等のネットでは見つかりませんでした。どこかにまだあるのでしょうか? 

 「詩の使用許可願」というのがあってホームページの場合は10編までという規制がある。」と書いてあります。

    

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(1)からの続きです。

<「活字化して世に伝えること」の尊重は、ビジネスマナーの問題>
●それでは、みすゞが投稿を夫から禁止され、ノートに綴り、西条八十と弟に一セットずつ渡していた3冊の詩集(遺稿集)のうちの、未公表の詩の扱いはどうなるか、についてです。
 それを「初めて発掘して世に伝えた」ことについては、社会的に一定の尊重がされるべきではありますが、しかし、それは権利としては保証されるものではありません。また、「発掘」と言っても、散逸していた原稿等を苦心して集めて一冊の本に仕上げて世に出したということではなく、みすゞ自身が弟(上山正祐氏)に預けていた「遺稿集」を、その上山氏から入手して、それを活字化することによって「全集」として出版したということでしょうから、「発掘」と言ってもかなりニュアンスが異なります。

著作権法は、「世に伝える」主体である出版社等に対しては、「冷たい」ところがありま
す。出版権はありますが、活字に組み上げて制作する印刷紙面についての版面権は認められていません。元の作品の著作権が切れていれば、その出版社が苦労して作った本をいくらコピーしても、許諾は不要ですし、もちろん対価も受け取ることはてきません。一時は、著作権の審議会でも版面権を導入する方向のとりまとめがなされたこともありましたが、著作権の許諾との関係が整理しきれず、そのままになっています。
 ですから、出版社が発掘して「世に伝えた」「活字化した」というだけでは、法律上の保護の対象にはならないというのが、現状です。
 ただ、法律上権利保護されていないからといって、勝手にコピーして販売するというとは、商慣習としてもビジネスの基本マナーとしても許されるものではありませんから、誰もやらないというだけです。
 ※ ただし、誤解ないように言うと、版面そのものを複製するという行為と、活字化
   された詩を使う(転載、朗読等)という行為とは、次元が違いますので、マナーと
   いっても、格段の差があります。後者は「了解を取る」という次元のものでは本
   来はありません。
 
<他人による使用の排除、検閲に近い行為は刑法上・民法上問題あり>
●未公表作品を苦労して「発掘」して「世に伝えた役割」を尊重し、一定の仁義を切ってほしい、というのであればまだわからないでもありません。そういう意味だけで「了解を取って下さい」と言うのであれば、また許容される余地はあるでしょう。
しかしそれが、「他人による使用の排除」「他人の使用形態の検閲」という色彩を帯びてくると、話は全く違ってきます。それは、許されることではありませんし、その態様如何によっては、刑法上(偽計業務妨害罪)、不正競争防止法上(第2条1項14号:信用毀損行為)、刑事、民事の両面で問題を惹起する可能性も出てきます。
 他の出版社が出す金子みすゞ詩集について、著作権侵害であるとの風説を流してその評価を落としめたり、販売を妨害するような行為がもしなされるのであれば、アウトでしょう。個人のサイトに掲載している詩について、同様の行為がもしなされるのであれば、やはり同様の問題が生じます。
 ※ 長周新聞の記載にあるようなことは、本当にあったのでしょうか・・??
 
<「全集」自体には、二次著作権はない>
JULA出版局が、本当に全集について「二次著作権」を主張しているのだとすれば、それはまた的外れといわざるを得ません。 
 二次著作物というのは、著作権法(第2条1項11号)にて、以下のように規定されています。
 
「二次著作物とは、著作物を翻訳し、編曲し、もしくは変形し、または脚色し、映画化し、その他翻案することにより創作した著作物をいう」
 
 要するに、いろいろとアレンジして別個の独立した作品にしたものということです。この場合は、原著作物の著作権の存否は関係ありませんから、もし本当に本格的に「翻案」したものであれば、それについて権利主張することはありうるでしょう。
しかし、JULA出版局が出している詩集は、金子みすゞが残した遺稿集に掲載された詩をそのまま活字化して、書籍として出版しているわけですから(「編集」のことは後述)、作品である詩自体を何も「翻案」しているわけではありませんので、それを掲載した書籍群は、二次著作物には当たりません。
 例えば、「大漁」の詩のイメージを画にして、詩と関連づけたネーミングにするとか、グッズを制作するなどは、それに当たると思われます。実際にある典型的な二次著作物は、作曲家の大西進氏や三好晃氏らによって、金子みすずのすべての詩につけられた楽曲でしょう。
 
詩自体に下手に手を加えてしまうと、著作人格権(同一性保持権)侵害になってしまいますから、いずれにしても、詩そのものを変えるような翻案は難しいだろうと思います。
 
<独自の観点で再編集した詩集は、編集著作権の対象になりうる>
●もし権利対象となりうるものがあるとすれば、「編集著作権」があるかもしれません。
 遺稿集をそのまま活字化したものであればそれは該当しませんが、独自のテーマや分類の考え方の下に、詩の掲載順や括りに工夫を加えたような詩集も中にはあるでしょう。それらの詩集については、編集した結果としての著作物について編集著作権が発生していると思われます。
したがって、その編集された詩集の通りの順番なり括りで他人が詩集を出すのであれば、それは編集著作権の侵害となる可能性があります。しかし、個別の詩には、編集著作権は及びようもありません。
 
 また、同社が出版している「全集」は、金子みすゞ自身がノートに書き付けた遺稿集3冊をそのまま活字にしたものだろうと思いますが、そういうことであれば、その「全集」の詩の選択、配列等には、出版社なり矢崎氏の独自の編集が加わっているわけでないでしょうから、編集著作権はないと思います。
 
<公表されていた作品と、未公表だった作品とを峻別して示すべき>
 一番、不思議に感じるのは、「矢崎氏が発掘した」という一方で、「若き童謡詩人の中の巨星」とまで激賞されていたとの記述が共存していることです。その激賞された公表済み作品群はどれだったのかが、ネットをいくら検索しても容易にみつかりません。少なくともJULA出版局関係のサイトではみつかりません。
 未発表で埋もれていたものを発掘したから権利があると主張するのであれば、これこれの詩は、当時発表されたものであり、これこれの詩は未発表で遺稿集に収められたものである、とまずわかりやすく整理された情報がきちん読者に示されるべきだろうと思います。全集を読めば、どこかに書いてあるのかもしれませんが、ネット上でそれは示される必要があると思います。
その上で、前者については自由に利用可であるが、後者については、発掘者の立場を尊重し、使用に当たっては一言仁義を切って下さいとか、出所の記載をして下さいとかの説明をするのが筋だと思います。
そういう峻別整理がなされないままに、全集に載っている詩の利用に際しては、一律に「了解を取って下さい」といわれると、それはおかしいのではありませんか? ということになってしまいます。

※ 文科省のサイトで、その道徳用副読本の「心のノート」に収録した金子  みすゞの詩1編について、転載する場合にはJULA出版局の了解をとるよ  うに、との記載がありました。
 
 
その趣旨は、もちろん著作権を認めているということではなくて、未発表だった詩なので、その発掘公表に尽力した同社に対して仁義を切るようにということだろうと理解しています。
 
<金子みすゞ自身によって投稿・公表された詩は百編近くにのぼる>
●幸い、大学のゼミの研究サイトのようですが、以下のサイトに、金子みすゞが生前、自ら投稿・発表した詩が載っていました。発表された詩の中から選んだ93編だそうです。他にも発表された作品があるということのようです(「2.」の部分に「彼女自身の手によつて投稿され、出版された、より完成度が高いと思われる93編の詩を研究対象として取り上げることにした。」とあります)。
 

これをみると、何のことはない、金子みすゞの詩として知られる主要な作品は、みすゞ自身によって発表されていたものが少なくないということがわかります。未発表で埋もれていたものが「発掘」されたものではありません。これらも含めて、使用に際しては了解を取れ、というのでは、あまりに乱暴ですし、そういう筋合いにないことは言うまでもありません。
 
 
ACの広告で有名になって 「こだま」の詩は、これには載っていませんから、これは未発表だったのかもしれません。
 
●なお、以下の行為は、著作権の存否に関わらず、自由に行える行為であることは言うまでもありません。それは著作権法上の大原則です。
 
 ① 詩の評論などに当たって、「引用」すること。
 ② 無償の朗読会等で、作品を朗読すること。 
 
 
<まとめ>
●以上の論旨のポイントをまとめると、次のようになります。
 
       金子みすゞの詩は、著者死去から50年を経過しているため著作権は失効している。全集は、みすゞ自身でまとめた遺稿集を活字化したものであり、詩に翻案を加えているわけではないから、二次著作権は出版社にはない。
       金子みすゞ自身によって投稿・発表された詩は、「発掘」されたものではないから、出版社の論理によっても、自由に利用が可能である。それは、百編近くにのぼる。
       それ以外の全集に収録された詩については、発掘し世に伝えた役割を尊重して、一言報告したり、出所を明示することが、ビジネスマナー上は望ましい。ただし、それをしなかったからといって法的な権利侵害となるわけではないし、「了解をとる」「報告する」ことが一人歩きして、他人の使用の排除、検閲につながる恐れを考えると、「出所を明示する」ということが実務運用としては適切と思われる。
       未発表だった詩の使用に関する全集の出版社「了解」行為が、他人の利用排除、検閲的色彩を帯びるのであれば、態様如何では刑事、民事の両面で問題となる可能性もある。
       出版社が独自の観点からの分類等で再編集した詩集を、そのままの形で全部又は一部利用することは、編集著作権上の問題が生じるので不可。
 
 
 
 事実関係について誤認等があればまた別ですので、もしそういう点があればご教示いただければと思います。

 いずれにしても、金子みすゞの詩は素晴らしいものであり、一定のマナーは守りつつも、皆が自由に楽しめるようにあってほしいものです。
 鑑賞の仕方、楽しみ方、金子みすゞの詩や本人に対する評価等々が、特定の者の意向で左右されるということが仮にあるのであれば、それは極めて不健全なことであり、許されることではありません。
 
 みすゞが、遺稿集を西條八十と実弟とに、それぞれ渡したというのも、夫によって詩作の発表は禁じられたものの、いずれそれを広く世間に伝えて皆に読んでほしいと願ったからではないのでしょうか・・・。
 

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 金子みすゞの詩が、改めて注目されています。その著作権については、いろいろ事情がありそうだということは漠然とは知っていましたが、改めて調べてみると、なんとも面妖な様子です。せっかくの素晴らしい詩ですから、誰でもが親しむことができるように、議論の整理のために書いておきたいと思います。
 朗読愛好家の皆さんも、どうもすっきりしなくて、読みたくても読めないというのでは、不健全ですので、そういう意味からも整理しておくことが必要だろうと思います。
 
●金子みすゞについては、以下のような解説が、どこにでも載っています。
 
「『赤い鳥』、『金の船』、『童話』などの童話童謡雑誌が次々と創刊され、隆盛を極めていた大正時代末期。そのなかで彗星のごとく現れ、ひときわ光を放っていたのが童謡詩人・金子みすゞです。(中略)
 そんな彼女が童謡を書き始めたのは、20歳の頃からでした。4つの雑誌に投稿した作品が、そのすべてに掲載されるという鮮烈なデビューを飾ったみすゞは、『童話』の選者であった西條八十に「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛されるなど、めざましい活躍をみせていきました。
 ところが、その生涯は決して明るいものではありませんでした。23歳で結婚したものの、文学に理解のない夫から詩作を禁じられてしまい、さらには病気、離婚と苦しみが続きました。ついには、前夫から最愛の娘を奪われないために自死の道を選び、26歳という若さでこの世を去ってしまいます。こうして彼女の残した作品は散逸し、いつしか幻の童謡詩人と語り継がれるばかりとなってしまうのです。
 それから50余年。長い年月埋もれていたみすゞの作品は、児童文学者の矢崎節夫氏(現金子みすゞ記念館館長)の執念ともいえる熱意により再び世に送り出され、今では小学校「国語」全社の教科書に掲載されるようになりました。」
(「金子みすゞ記念館」HP http://www.city.nagato.yamaguchi.jp/misuzu/misuzu.html
 
● その作品の著作権について、ウィキペディアでは、以下のように解説があります。
 
「著作権について
金子みすゞの作品そのものの著作権は作者であるみすゞの死後50年を過ぎており消滅しているが、作品集を出版しているJULA出版局を窓口とする「金子みすゞ著作保存会」は、みすゞ作品を利用する際には同会の許可を得るよう求めている。その理由としてJULA出版局は、著作の大半が生前未発表であったこと、ならびに未発表作品を一般に広めるきっかけとなった『金子みすゞ全集』(JULA出版局)による二次的著作権の存続を挙げている。このこともあり、みすゞ作品は青空文庫にも収録されていない。この点には、矢崎らの「金子みすゞ著作保存会」の姿勢に対して疑念を持つ者も存在し、福田による紹介を取り上げた長周新聞も、著作を独占しているとして矢崎を記事内で批判している。」
 
●この金子みすゞの作品の著作権についての、JULA出版局(金子みすゞ著作保存会)の主張に対しては、上記で言及されている長周新聞に加えて、高遠信次氏による批判があります。
 
 ○長周新聞 
 
金子みすゞの著作権について- 高遠信次の公式サイト  詩論 (8)


 高遠氏の記事にある勉誠出版は、多数の評論や詩集を出しています。
 
  http://bensei.jp/ (※「金子みすゞ」で検索すると12冊出てきます)
 
 
JULA出版局のサイトをみると、単に以下のような記述があるだけで、ウィキペディアや高遠氏が紹介している、使用について了承を求める根拠や考え方を体系立てて述べているところは、見当たりません。以前あったのが削除されたのでしょうか?
 
 「金子みすゞの作品および写真の使用については、金子みすゞ著作保存会(窓口・JULA出版局内)の了承を得ていただきますよう、お願い申しあげます。」
              (http://www.jula.co.jp/type_c.php
 
 
●金子みすゞの遺稿集を「発掘」した功績に対しては、誰もが認めるところだろうと思います(ただし、長周新聞によると、それは矢崎氏一人に帰することではなく、山口県の関係者の尽力もあったと書かれています)。
 ただ、そのことと、著作権のあり方とはまた全く別個の問題で、もっと丁寧に考え方を整理した上で発信しないと、せっかくの金子みすゞの詩集の発行母体として本来であれば敬意を払われるべきところを、あらぬ目で見られてしまいかねません。
 実際、ACの広告で改めて金子みすゞが注目されたこともあり、昨年の秋には、週刊文春等で批判的な記事が載ったこともありました。
 
ウィキペディアと高遠氏の記事を総合すると、JULA出版局(保存会)が、使用の了解を求める理由は、以下のようなもののようです。本来は、きちんと同会が明確な説明をすることが必要でしょう(それが通用するものかどうかはまた別ですが)。
 
①金子みすゞの作品は長らく埋もれていたので、著作権の恩恵を遺族が受けることができなかった。だから、発掘されて全集として発表されたときから50年間、著作権の保護期間があるとみるべきだ。
遺稿集を発掘して初めて出版し世の中に作品を広げたJULA出版局には、二次著作権がある。
 
<「未公表作品の発掘(出版)」については法的保護はない>
●そのような主張をしているとは信じられませんが、もし本当にそのような主張をしているのであれば、荒唐無稽に過ぎます。
金子みすゞの詩の著作権については、作者自身がまず有し、その死去後は遺族が継承して保有していたわけですが、既に消滅していることは法律上明らかです。出版社には、詩自体についての著作権はもちろんありません(譲渡されていたのであれば別ですが)。
生前発表の機会がなく、埋もれていたというのであれば、宮沢賢治にしてもそうです。ウィキペディアによると、草野心平が未発表作品を発掘して、筑摩書房が詩集等を発刊して、次第にメジャーな詩人として認知されていったという経過です。宮沢賢治の場合、死去してそう経たないうちに紹介されていますから、著作権存続期間中に出版され始めたということになりますが、発掘した草野心平なり、出版した筑摩書房なりが、何らかの権利主張したとは聞いたことがありません。もっとも、宮沢賢治の著作権継承者がいたのかどうかわかりませんが・・・。
 
<金子みすゞの著名な作品の多くはみすゞ自身が投稿・公表済み=「発掘」の対象外>
●また、「発掘した」といいますが、後述するように、金子みすゞ自身が投稿し発表していた詩も多数にのぼるということが、もっと認識されてもいいと思われます。
もともと西條八十らに「若き童謡詩人の中の巨星」激賞され、主要な雑誌に投稿したすべての作品が掲載されたという経過からして、少なくともそれらの投稿発表作品については、矢崎氏らによって「初めて発掘された」ものではないことは明らかです。「保存会」は、公表されていなかった作品を発掘して世に知らしめたことを以て、権利があると主張しているのであれば、それらのみすゞ自身によって公表された作品群は、権利主張の対象からはずれるということになります。
 実際、矢崎氏が感銘を受けた「大漁」の詩は、岩波文庫の『日本童謡集』に掲載されていたといいますから、その底本となるものが世の中にあったということでしょう。
 
                        以下続く。

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