まつださんちのてづくりジャム

とれたて季節の果物でジャムづくりしています。一本500円

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経済成長

先ごろ大学新卒者の平均初任給が20万円を割り込んだというニュースがテレビで流れた。ここ数年大体20万円付近で推移しているようだ。
私が初任給を手にしたのは1964年、東京オリンピックの年である。
2万円を数百円超える額だったと思う。
今年はロンドンオリンピックの年でこの間13回のオリンピックがあった。
50年弱で大体10倍になっている。
ダウンタウンブギウギバンドじゃないけど、初めてすったタバコはピースで、
1箱40円だった。いこいは50円、新生は40円、アリスの歌に出てくるハイライトはまだなかった。
去年大幅にタバコの値上げがあって、おおよそ400円のレベルになった。
タバコの値段もおおよそ10倍になっている。
 
48年で10倍になるには、平均して毎年何パーセントずつ上昇すれば良いか計算してみた。答えは5パーセントである。(簡単な複利計算)
 
48年間5パーセントの経済成長を続けてきたとすれば、これはすごいことである。昨今の経済情勢を考えるととても信じられない数字である。
でもこれは事実である。ある意味日本の実力である。(過去の?)
 
これからどうなる???
 

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心の山

山登りをする人は誰でも心の山を持っている
私の心の山は八甲田山である。
 
平成6年の4月から10月まで、青森県の六ヶ所村で仕事をした。
55歳になってからの単身赴任の現場仕事は少しこたえたが、日曜日にあちこちでかけることで、無聊を慰めた。
 
山の雪が消える頃、八甲田山に行った。
ロープウェイの頂上からすぐそこに見える赤倉岳へ足をのばした。
標高差200メートルほどの登りに息が上がって、驚いた。
 
翌週から、日曜日になると、八甲田に通った。
いろんなルートから登った。
9月にはついに遭難一歩手前まで行った。
(この遭難については、いつか項を改めて書くつもりである。)
 
八甲田山に登るようになってから、つらかった仕事が楽しくなるようになった。
我が家に帰還してからも山登り熱はしばらく続いた。
那須、吾妻山、蔵王、栗駒など東北の山をメインに登った。
大体日帰り登山が多いので、そんなに遠くまではいけない。
青森は遠すぎる。でも死ぬまでにもう一度八甲田山を見たいと思っていた。
昨年、大震災の後、チャンスが来た。高速無料化措置である。
蔦温泉と谷地温泉に2泊して、八甲田山を訪れた。
 
もう、大岳まで登る元気はなかったので、ロープウェイで頂上まで行き、
田茂谷地岳の樹林帯に入ると、懐かしい匂いがする。
オオシラビソ(あおもりとどまつ)の匂いである。
この匂いを嗅ぎに来たのだと突然わかった。
 
八甲田山はいまでもわが心の山である。
 

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松田製菓三代

松初代田製菓の三代目が亡くなった。私の甥である。48才の若さであった。
 
(父)は松浦製パンで修行したあと、連隊御用菓子屋として満州に渡り、かの地で私を含む9人兄弟姉妹の下半分を生んだ。
 
昭和18年に家族を連れて一時帰国したがそのまま国内にとどまった。財産はすべて失ったがおかげで私たちは残留孤児にならずにすんだ。
 
60歳で隠居して、2代目(次兄)があとを継いだ。
2代目は和菓子店を洋菓子店に買え、持ち前の明るさで忠さん忠さんと慕われ、高崎の菓子業界で重きをなした。
 
店は喫茶店も兼ねており常連客のたまり場であった。閉店後は店は雀荘と化した、
2代目は文化活動にも熱心で、群馬交響楽団の熱心な応援者だった。
 
2代目が67歳の若さで亡くなり、3代目があとを継いだ。
3代目は赤ん坊の頃から大きな子だったが、隠居した初代が戦後の食糧難時代に子供たちに十分食べさせられなかった想いがあったものか、目いっぱい食べさせたせいで、立派な肥満児になった。
高校生の頃、高校総体のため、茨城の我が家へ友達とたずねてきて、夕食のご飯が足りず、2度炊きしたのを覚えている。
 
大きな体に似ず、虫が怖くてせみの抜け殻を怖がっていたりした。
3代目が家業を継いだ頃から日本経済は減速傾向になり、ずいぶん苦労したようである。
そんな心労も命を縮める一因になったのかもしれない。
 
子供はまだ幼く、しかも女の子ばかりなので、松田製菓は3代で店を閉じることになるだろう。
しかし、3代目の弟が戸隠で菓子工房クローバーとしてケーキ屋をいとなんでいるので初代の
子供たちにうまいものを食べさせたいという想いはまだまだ受け継がれていくことだろう。
私も、ささやかながらまつださんちのてづくりジャムを通じてこの想いを継いでいるつもりである。
 

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スパ袋田

あんずジャムの製作が終わったので、ゴルフに出かけた。
 
茨城と福島の県境にあるスパ袋田ゴルフクラブ。地の利が悪いので、いつも空いていてプレー代が安い。
コースは高橋勝成プロの監修で、いいコースである。風呂は温泉。
ティーグランドに立つと、打ってはいけないハザードがすべて見渡せる。フェアなコースである。
 
グリーンは大きくて速い。おまけにうねっている。普通1ラウンド36パットで収まれば上々である。
そのグリーンを27パットで切り抜けた。
グリーン外からのパターでのアプローチが2回入った。
下りのパットを打ちすぎた4メートル位の返しのパットがど真ん中から決まった。
2,3メートルのパットが面白いようにきまった。
1年に何回かこういう日がある。パットが良かった日は後味がいい。
 
 
 
 

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あんずジャム

7月11日に今年のあんずジャムの製作が終わった。
製作本数、533本。あんず140キロ使用。
 
あんずは長野県千曲市森のあんずの里へ仕入れに行く。
昨年北関東道が開通して、日帰りで行けるようになった。
 
あんずは足が速いので、仕入れてから4日は大車輪でジャムに加工しなければならない。
朝4時起きして、夕方5時までがんばる。
今年は暑さがさほどでもなかったので、クーラーのお世話にならずに乗り切れた。
 
あんずジャムは一番のお気に入りで、50本は自分用である。
毎朝、小鉢いっぱいのヨーグルトにたっぷりのあんずジャムをかけて食べるのが楽しみである。
 
出来立てのあんずジャムはさわやかな酸味と、きれいな色が特徴である。
生のあんずはすっぱくないのにジャムにすると酸味が際立つ。
 
あんずとうめは酸っぱいからいや、という人もいるが、もしも食わず嫌いなら是非、一度味わっていただきたい。
まつださんちのあんずジャム は世界一と自負している。(ほんとかな

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