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すごく嫌な感情なので、自分としても認めたくないのだけれど 私をいつもイラつかせる同級生がいる。年齢は私より一回りも上の人だ。 英語は抜群にできる。留学経験もある。しかし自己主張がはげしいというのではなくその反対。 おとなしく、おっとりしている。一つの話の理解が、ワンテンポ遅い。もしくは誤解してたり。 何かを応用するとか、何かを創意工夫するといった面はほとんど見られない。 記録や書類などの提出物はいつもぎりぎりか期限遅れ。 「英語だけできて仕事のできぬやつ」という川柳を新聞で読んだが、その時すぐに彼女を連想した。 みんなで何かをするときも、自発的に仕事を探したりとか、そういったことはしない。 彼女との会話は、基本的にあいづちのみ。普通はこちらが話したことについて 何か広げる質問がある、もしくはひねり出すのだろうけれど、そういう意図が感じられない。 だから会話が続かない しかし、決して意地悪な人ではない。悪気はないのである。 悪気がないということが、さらに私を苦しめる。 彼女に苛つく私、私のほうがずっと嫌な奴ということになるではないか! 私は一年間彼女と一緒に日直をしてきたが、基本的に私が仕事に気がつくので、 結局私がやることになる。先生も私のほうを頼る。 今回の懇親会においても、指示されたことを除いて本当に何もしていない。 どうして私より10歳も年長なのに、手伝うことはないか?くらい言えないのだろう。 簡単な名簿チェックという仕事も、長く期間をもうけて指示したにもかかわらず 当日になってあわてて取り組むとはどういうことなんだろう? 私だって会社勤めは二年ほどであるが、私にしてみれば 目の前にある仕事は優先順位をつけてすばやく片付けるのが常識である。 余裕があるのなら期限がどんなに先でもさっさと手を付ける。 というか、そうしないと絶対仕事がまわらないのだ。後で自分が困る。 どうでもよさそうな書類であっても、それを後回しにしてしまって 期限ぎりぎりくらいになって他の仕事が舞い込んだりすることもあって そうするとそれをやる時間がなくなってしまうんだから、とにかく今日できることは明日にしない。 もちろん人間だからそうもいかないこともあるけれど、そういう努力をするもんじゃないのかな。 大学からそのまま来た若い同級生たちが、締切ギリギリに提出物を出すのは仕方ないにしても どうして私よりも社会に出ていた期間が長い彼女がそんなこともできないんだろう。 一体会社ではどんな風に働いていたんだろう。 私は自分が何かしようとするとき、なぜかこの彼女のことが頭に浮かぶのだ。 なんとなく彼女を思うと、自分がとてつもなく損な人間に思えてしまうのだ。 だからあまり彼女とは話さないようにしたりしている。 私だって人を非難してばかりの人には本当はなりたくない。 だけど昨日の様子をみてたら、なんだか爆発という感じで記事を書いてしまった。 彼女自身はそういう自分の性質についてどうとらえているんだろうね。
ちょっと気になる。 何も考えてないんかなー。どうかねえ |
考え込んでしまうこと
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自分は器用貧乏なんだろうなと感じる。 人よりもすばやく物事を処理できるけれども 処理能力といいモノをつくる能力というのは別なのだ。 多くのモノを、人より早く仕上げることができる 中味は平均点か、平均よりチョット上かな まあならしてしまえば、平均点か。 だから平均的なモノをすばやく仕上げるのは得意だといえる しかし私の場合時間をかけたからといっていいモノができるわけではない。 時間は掛かるがいい仕事をする人もいるが、私の場合はそうじゃない。 だからスピードを武器にするしかないわけだが、その場合大体 他の人の分も仕事をしなくちゃいけないわけね でもその仕事内容としては平均的だから、なかなか評価に結びつかないわけよ。 うー損!
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昔何かで読んだけど、人間は日々、気を紛らわせることで生きているっていう話。 夢に向かったりとか、人を愛したりとか、ほかの日常の細々としたことで 気を紛らわせることしか結局できないんだって話。 結局のところ、何のために人間が、人間だけでなくすべての生き物が生きているのか、 何のために地球が、宇宙が存在しているのかってこと、それは全然わからないことなんだ。 私たちは命をつないでここまでやってきたけど、それを果てしなく繰り返すことが可能だとして その先にいったい何が待っているというのか。 それは誰にもわからないこと。 今までたくさんの哲学者や宗教家が考えてきただろうけど。 私の何十年かの寿命に何を求められているのだろう。 きっと、何にも求められてなんかいやしない。 私ひとりいなくなったところで、それは本当に小さなこと。 ある人がなぜ生きていくのか、それは皆が言うようにやはり 自分でみつけていくことなのだ。 せいぜい自分やその周りの人が、少しでも幸せでいられることを願う。 そうすると私は日々の生活がばかばかしく思えてしまったりする。 あくせくと過ごす時間は要するに、死までの時間つぶしなのだ。 だったら好きなようにすればいいと、そう心から思うのになぜか私は 世間体みたいな本当にどうでもいい細かなことに心を縛られている気がする。 それなりに仕事して結婚して子ども産んでいかなくちゃいけないっていうような そういうレールを自分にあてはめてしまっている。 わざわざ会社やめて学校行き直しているんだからそれなりの仕事しなくちゃと思う。 だけど一方では、大切な人と幸せに濃い時間を過ごせてそれで幸せだったと 後悔しないでいられる強さにあこがれる。 どうして私は幸せから目をそらしているんだろうと思うことがある。 わざわざ遠回りをして。 それでももし私が彼を選んだとしていて、後悔しないでいられたとも思えない。 ふつふつとわきおこる苛立ち、想像できる。 なんだか変な話だ。
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先日、父が名古屋転勤となりもめているとしましたけれど とりあえず父が単身赴任するってことで、落ち着いたみたいです。 今、いったん新潟からうちに引っ越し準備のためにかえってきました。 母の手の病状ですが、すこしずつ握力が回復してきたようですが たとえばお箸を洗うとか、そういった力の調節が難しく また軽いから持てそうだと思う物も、ときどき取り落としてしまうようです。 さすがにこたえたようで、今までの殺人的睡眠時間を見なおすために 三校かけもちでやっていたのを、一校に減らすことにしたそうです。 私にとって父は謎の存在です。 何が楽しくて生きているんだろう????ハテナです。 父は金のかからない男です。 洋服も靴も、何年も前のものを着て、全然不満ではないようです。 でも靴は少し考えて欲しい。 好きな食べ物はラーメン。ちょっと高価なレストランで食事しても、それを ラーメンの値段に換算し、「これだけ高ければ旨くて当然。ラーメンは安くて旨い」とのたまう。 当然金のかかるようなゴルフもパチンコもやらず、趣味といえば読書・水泳です。 しかもその読書というのも、本を買ったところをほとんど見たことなく、図書館で借りています! 休みの日になると、図書館に出かけるのですが、それもウチの市内だけでなく隣接市町村の 図書館カードまでつくり、遠征し、読みたい本を探してくるようです。 道路地図ってふつう、自分の県内の地図くらいは購入しますよね。 ・・・・・・うちの父は図書館で借りていました(笑)ありえねー。 (過去形なのは、見かねた私が昨年父の日に道路地図をプレゼントしたから、今は借りてません。) もう一つの趣味、水泳もスポーツクラブなんてものに入るわけはなく、市民プールです。 これも隣接の市町村で新しくて綺麗な施設を探して、そこの市民だと偽り、市民料金で 20〜30円安く入ったぞ!!と自慢してきます。 基本的に人あたりはやわらかいですが、付き合いが好きな方でもないので 社内の送別会以外で飲むこともなく、自宅でちょびちょび飲むくらいです。 それでいて別に私たちや母の金づかいを厳しく統制するわけでもないので別にいいといえばいいけど。 でも趣味の読書ってやつも微妙で、私が思うに何も残らない感じの軽い本ばかりなんですよね。 軽い本も気分転換にはいいけれど、たまには重厚感のあるものも読んだらいいのにと思ってしまう。 まあ、それだけストレスがあるってことなのかな 妹がいうには
「(父に)マイナスはないけど、プラスはないよね」 ちょっとひどいけど、そのとおりかも。 確かにすごくすごく尊敬できる点っていうのはないけど いわゆる「のむ・うつ・かう」はやらないし、そう言う意味でマイナスはない。 |

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