あ ほ り ず む

どちらさんも毎度!です。

辻潤と周辺

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すぎゆくアダモ

 
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『すぎゆくアダモ』は辻まことの遺作。
 
古本でも、辻まことの本を見かけることは多いですが、なかなかの値段です。
 
そんな中、出版社の未知谷から『すぎゆくアダモ』が復刻されました。
 
先に、同じく未知谷から『辻まことマジック』を出された、琴海倫さんの『すぎゆくアダモ』論も収録されてます。
 
『すぎゆくアダモ』は、奥行きの広い一冊です。
 
読んで、琴海さんのアダモと会話するという、大阪風に言うと一粒で二度美味しくて千四百円です。
 
こういう作り方ええなぁ思いました。
 
来週辺りに、琴海さんの「アダモ」と会話してみよう思うてます。
 
 
ほな。

『辻まことマジック』

 
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 琴海倫さんの『辻まことマジック』(出版・未知谷)を再読した。

 最初に読んだ時は、よっしゃぁ!西木正明の『夢幻の山脈』を蹴飛ばすよ
 
 うなんが出たぞ!と思うた。
 
 例えば、伊藤ルイさんの手記『海の歌う日―大杉栄・伊藤野枝へ--ルイ
 
 ズより 』は、伊藤ルイさんが、父と母ということでなく、伊藤野枝と大杉栄
 
 に出会うまでが書かれている。
 
 ほんでも、『夢幻の山脈』での、伊藤野枝と辻まことは、手垢のついたよう 
 な母と子の中で理解してるんで、それちゃうやんと思うてたから。
 
 
『辻まことマジック』は、B六で二百頁ほどやけど、辻潤、矢内原伊作等々辻まこと周辺の人々や出来事も、やた
 
らと多い注釈などなしに、簡潔に書かれている。
 
それと、辻まことの子であるナオさんとの会話に、辻潤と伊藤野枝が入籍はしてなかったといった、知らなかった
 
事柄も出てくる。
 
けど、この本の魅力は琴海倫さんが、辻まことと長く対話し続けたからこその一冊からと思うた。
 
伊藤野枝。
 
この本で伊藤野枝は伊藤野枝として登場する。
 
よく辻潤は、大杉栄と伊藤野枝の話に出てくる刺身のつま扱いが多いんで、なんでやねん!と思うこともあるけ
 
ど、伊藤野枝もおんなじような扱いが多いのだ。
 
 
良し悪しで論じる富裕層と、生きることを優先させなければならない貧困層とでは考え方が違っていた。貧困を実
 
感としてもちながらの意見には当然力が入る。野枝には、自分が言わなければ、他にいう人がいないという悲壮
 
感もあったのだろう。言わなければ実感のない人には、気がつきもしないことだった。P.121
 
 
『辻まことマジック』で、辻潤について書かれている部分を引いて終わります。
 
 
辻潤の考え方は、わかりやすく、他のどんな考え方に触れても、私は私という考え方を支えてくれる。P.90
 
 
辻潤は、自分がどうあれば生きやすいのか、そのようにしたら、どういうことが自分の身に起こるのか、それを、
 
自分の体と心を使って確かめた。それは自分との闘いであるばかりか、世間との闘いでもあり、その苦しみか
 
ら、狂うこともしばしばで、それすら、辻潤は狂人のふりをしているだけだと言われ、しだいに相手にする人も少な
 
くなっていった。それでもそうすることをやめず、得た感触を文章にした。P.92
 
 
 
辻潤を読むと、辻まことは、俄然面白くなる。
 
辻潤の美は思想にある。
 
ナオとの一致した見方だ。辻潤の考え方というのはわかりやすい。その考えに行き着くと、毅然として、ゆったりと
 
胸をはれるような気になる。思想的にはほれぼれする。P.10
 
 
 
ん?
 
辻まことのこといっこも書いてへんがな。
 
それについては、またの機会に。
 
とりあえず、古本屋で買うた『洟をたらした神』を、また読んだろ。
 
 
ほな。
 
辻まことの墓は福島県の長福寺にあります。

辻まことの遺言は「墓不要」でありましたが、草野心平など友人たちが「こんな小さい墓であれば、そし

て彼の愛したこの長福寺の境内であれば彼も許してくれるだろう」と建てられたそうです。

本当に小さい墓です。




      松 風 は わ れ ら が 笛 や 長 福 寺



これは長福寺にある句碑からのもの。



今日は、まことさんの命日やった。1975年12月19日のこと。


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  自然を抜け動物を抜け、人間を抜け、人を抜け、自分を抜けてみるまで、

  どんな権威の前にも立止らないようにしよう。−辻まこと


  煙草を一本吸って、ベルトを強くしめた。

  こういう前途の困難は、けっして陰気なものではない。

  人生のプロトタイプがこういうものなら、未知な未来に対して、被害妄想なしにこうして

  率直に向かっていけるものなら、本当に万歳である。

  私はこういう緊張にあうたびに、自信というものは、計画に対する確信から生まれてくる

  ものではなく、まったく別なものであることが解る。

  それはもっと生々しいものだ。

  この瞬間に、自然の中で私は心に生物を取り戻す。

                          −辻まこと



ほな。

辻 潤 の 酒

 
酒でも飯でも一気に頂点を目指すような飲み方、食べ方です。

知り合いの中には、何時間もかけて食って飲んで喋ってというのもおりますけど、あれが出来んです。

この頃の酒が大人しいのは、歳で頂点に行く前に体がついて行かんようになったからや思います。


辻潤の酒は、少しでもいいから常に体の中に酒を入れておきたいというような飲み方やったようです。

辻潤と酒の関係が濃いものになるのは、やはり伊藤野枝が去って行った頃からだと、弟の辻義郎は言って

ます。別れてから、はじめのうちは晩酌程度だったのが、だんだんとハシゴをするようになり、酒も日本

酒だけだったのが、パリから帰ってからは色んな酒を飲むようになったと言ってます。

結果的に、辻潤はアルコール依存による精神障害になったりしてます。


蝸牛社発行の大沢正道編『虚無思想研究』に収録されている、市橋善之助の「夢なきものの悲劇」に、そ

んな辻潤の酒について、なるほどなぁと思う所がありましたので引用しておきます。


はい。



 じっさい世の中の人間を私たちは酒族非酒族とにわけることが出来るのではないか?
 
 いかんせん辻は酒好きだった。酒を飲まなければこの世の刺激にたえられない人間だった。だから

 彼は文学者というようなものになることが出来ずに、文学を地で行くことになってしまった。『阿

 片溺愛者』を実行することになったのであった。

 人あるいは彼の虚無主義、ダダイズムをたいへん高遠なものと思うかもしれない。しかしこれみな

 酒のなすわざであった。バッカスが辻潤の手を取って書かせた世迷言、うわごとにすぎないかもし

 れない…酒族にとっては、この世の中はひっかしいで見える。非洒族の重大視することが洒族には

 重大ではない。少くともアルコールが腹に入っている時には、価値転換が行われる。…辻が酒好き

 で身を過ったことは文学のためには酒盃をあげるべきことかもしれない。健全を追放せよ!意識を

 追放せよ!文学から、人生から…。私が武者小路君、木村荘八君、早稲田の連中よりも辻潤を親し

 く思ったのは、酒ゆえさらけ出される「人間」に心ひかれたのであった。じっさい辻潤の周囲には

 だらしなさがあった。しかし同時に裸かがあった。武者小路君たちは当時人道を説いたが、しかし

 事実は辻潤のはうに、きょうでい(兄弟)があった。彼には何もかも包みかくさず話すことが出来

 た。そこへ行くと武者小路君たちは、人生に構えがあった。辻のほうは八方すきだらけだった。

                            −市橋善之助「夢なき者の悲劇」

発見された日

 
「それがです、例の一件コノカタというもの、一通りや二通りのショゲ方ではなく…日に二度食べる御飯

ですら、辛うじてノドへ通るか通らないかという有様で、型の如くエンセイヒカン…その意気地のなさ加

減と来たら、実にもってお話のホカです」(辻潤「のんしゃらす」)


伊藤野枝が自分から離れ大杉栄と一緒になってからの辻潤は、さいごまでこんな具合だったように思う。

「親のない子と浜辺の千鳥、日さえ暮れればチヨチヨと」。

この頃を知る橋爪健という人によると、目をつむった顔を少し上向きにして、この歌(追分らしい)を歌

う辻潤の姿と声には無限のさびしさがあったと書いている。


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この写真は、昭和18年に立ち寄った中西悟堂宅でのもの。

ブラブラ中の辻潤の風呂敷包みの中には、伊藤野枝の手紙や写真が入ってたと、中西悟堂が平塚らいてふ

に言っそうだ。らいてふのお孫さんが書いていた。


伊藤野枝のことを、辻潤や大杉栄と男によって変わって行ったという人もおるけど、それは違うと思う。

けど、そういう言い方をするなら、辻潤も伊藤野枝と出会うことがなかったら、アノ「辻潤」は生まれる

こともなかったやろ思う。

シュティルナーの「唯一者とその所有」の訳を本格的にはじめたのは野枝さんが去って間もなくのこと。

それはやっぱり、破局の苦悩から抜け出すためにも必要なことやったんやろと思う。


辻の潤さんは、好きやった野枝さんが去ってからは、一所に落ち着くこともない放浪のような生活を、飢

えて虱にまみれて死ぬまで続けた。

辻潤の放浪と「虚無」は関係ない気がする。

たぶん、一所に居続けることが苦しくて出来なかったんやろうと思う。

それから、辻潤は「虚無」に憧れ続けた人のように思う。

「虚無」そのものではないように思うたりもする。


昭和19年11月の今日、24日。

辻の潤さんは東京は上落合の静怡寮で虱にまみれて死んでいるのを発見された。


「死ぬときはね。死ぬときはうなきを食って死にてえ」と、最後の方で交流のあった金子光晴に言ったら

しい。

鰻というわけにはいかんけど、作ったおでんの大根と焼酎の湯割りを供えてあげた。


そんだけ。

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