小さい時のワワナ

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最近、ワワナがお茶碗を洗ってくれます。ただし私は一度もワワナにお茶碗の洗い方を教えていません。
昔、キャンプのときにワワナに茶碗の洗い方を教えるべく試みたのですが、3秒と もたず他に気うつりするしまつで以来、教えようと思うことすら忘れておりました(^o^;

小さいときからいろんなことを教え込もうとは努力しているのです。洗濯も料理も掃除も一通りあらゆることはいちおうさせてみようと試みてはきています。小学校高学年くらいからさせようと思えば、いちいちお手本みせれば真似してやってくれるワワナではありました。

「自立訓練」なることも頭にチラチラ浮かんで 発作的!?に試みることも度々ありました。
スケジュール決めて、手順をビジュアルで示したものも作ってと・・・一応試みてはきているのですがねぇ・・・なにしろ親(ハハナつまり私)がスケジュール大嫌い人間でアバウトでなりゆきまかせテキトーな人間なので、親ができんことをワワナに強制したりはできないので、そういう訓練自体まったくやる気のない生活を送ってきております。

とにかく教え込もうとしたことは、なかなかはかばかしい結果にならなくて、いつの間にか忘れてしまうのですが、それでも自発的にすることが増えているんです。
ゴミ集めてビニール袋に入れてくくって集積場まで捨てに行くこともワワナが自発的に始めたことです。
私がすることを真似て自発的にやりだしたのです。
今年になってからなんとお茶碗もワワナが洗ってくれるようになったんです。
食器洗い機で洗い安いように水につけておいた食器をワワナは手洗いで洗剤つけて洗って水屋になおしてくれるとこまでやつてくれるのです。でも洗い方はまだ不十分で洗剤のすすぎが不十分だつたりごはんつぶが残っていたりはありますが、それでもワワナ自信が誰にも命令されずに自発的にやってくれるのだから感激ものです。

トイレットペーパーもトイレになくなるとワワナが補充してくれます。でも時々さかさまにホルダーにつけていたりしますが。トイレットペーパーも買ってくるといつの間にかワワナが袋から出して三段ボックスにきれいに積み上げて並べてくれます。これも私は一度も教えていないのにワワナが置き場所もきめてきれいに積み上げて並べてくれるのです。ペーパーが少なくなると買い物に行ったときにワワナがトイレットペーパーをカゴに入れてくれます。買えということです。

手足の爪も私は十数年切ってあげたことがありません。小中時代はどうも爪を噛んでしまっていて切るツメが無かったのですが、最近は私が自分のツメを切る様子を見てワワナも爪きりで自分で切るようになつてます。耳掃除も自分で綿棒でやります。
トイレ掃除もワワナはいつの間にかトイレマジックリンをシュシュッと吹き付けて掃除してくれているようです。しかしこれだけはトイレマジックリンの消費が激しいので見つけたら注意してますが・・・。
お風呂の排水溝に髪の毛がたまるとワワナがいつのまにかゴミ袋に捨ててくれています。

床掃除のクイックルワイパーもワワナは好きで床掃除もやって自分でワイパーのペーパーもとり換えてくれます。
なんだかほったらかしなのに自発的にやってくれることが増えているんです。

これはたぶんワワナが幼稚園から地域の通常学級のみで過ごしてきたからじゃないかと思うのです。
教えこんでできること、たとえば読み書き計算などは、いわゆる特殊学級などでのマンツーマンの指導のほうが学力の獲得に効果的なのかもしれないですが、生活スキルというのは人は人の集団の中で他の人のすることを見よう見真似で模倣するようになり獲得していくことで、たしかワロンの発達心理学などても人は人との関係性の中でこそ育つというようなことを言っていたように思います。

人としての関係性から人としての在り方を模倣するには、できない子ばかりいる障害児だけが隔離された場所で教え込むより、ごく普通の健常児が沢山居る中で同じ空気を吸い、子供同士の喧騒の中で刺激を受け、人が人として当たり前にすることを当たり前の環境の中で自然に吸収することが必要であり大事なことなのではないかと思います。

どんなに重度の障害があろうと人として生きていくからには、人同士の当たり前の環境は必要ではないかと思います。コミュニケーションとれなくても同じ空気を吸うだけで違うと思います。
いくら手厚くても、当たり前の環境が与えられないとしたら哀しいです。当たり前の環境でないところで育つことには危険なものも感じてしまいます。

できるできないに関わらず、当たり前の体験が障害のある子から奪われることがないような世の中を望みます。 

霊感少女?ワワナ

ワワナは霊感というか何か人には見えないものが見えるんじゃないかと思うことが日々あります。

なにしろ生後3ヵ月でおじいちゃんの臨終及びお葬式を体験しておりまして、葬式後、家で寝ているととつぜん空を見つめてケラケラ笑いだすんです。私がワワナを笑かそうと、面白い動作や顔をしているときと同様に、そこに誰かがいてかまってもらっているがごとくにケラケラと笑うのです。
それは毎日ではありませんが、今でも就寝前の布団の中でワワナはケラケラ笑ったりしています。
思い出し笑いなのか??? そこに霊が存在していてワワナに面白いことをしてみせているのでしょうか?

赤ちゃんのときからベビーカーや、おんぶひもでほぼ毎日外出していましたが、ふだんほがらかでおだやかなワワナが特定のところに来ると非常に怯えたりするんです。

ある電車のガード下を非常に怖がって目を背けるようにしてそこから離れた道路向かいの歩道を、私の手をひっぱるようにして、まさに逃げるんです。チラ見しては目をそむけるようにします。
2〜3度通りましたがいつもそんな様子でした。

今も道を歩くときは目をつぶることが多く、電車に乗っていても覗き込むようにしてみていたかと思うと手で顔をおおって目をふさいだり、手の間からチラ見したり、何か特別のものを見ているような様子です・・・・・。

また聴覚が敏感なのか? 記憶力がいいのか? テレビでスパワールドのCMが流れると飛んできてCMを見いります。それはそれはすばやくTVの前に飛んできます。イントロの イ!?ですっとんできます。よくわかるもんだと思います。
私はぜんぜん気がつきません。ワワナがすっとんでくるのでスパワールドのCMと気づくぐらいです。

スパワールドは夏休みにワワナといっしょに行った温泉プールと世界の大温泉がある巨大レジャー温泉施設です。
そのCMの最新設置の巨大すべり台の 「ずるずるバーン」の宣伝がえらくお気に入りです。
私は怖いので「ずるずるバーン」は体験してこなかったのですが、ワワナのために覚悟をきめて今度スパワールドに行ったら体験しようかなとは思いますが恐いなあ・・・。

角度70度を二人乗りゴムボートで滑って水中にドボンとなるわけで、角度70度なんて・・・恐ろしくて・・・ 「うずうずバーン」のほうは、渦巻きをぐるぐる回りすべってトンネルに吸い込まれるようなので、目がまわりそうです。
それよりなにより、そんなのにおばちゃんがチャレンジして絶叫してしまったらかっこ悪いし。

CMを熱心に見つづけるワワナをみると・・・チャレンジすべきかなあ?

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幼稚園のころのワワナは超多動でみんなと同じ行動がなかなかできなかったのですが、なんでもみんなといっしょにさせようとしてくださる担任の先生でした。音楽会でもぜんぜんメロディなんて吹けないワワナでしたが、先生はかまへんかまへんと、みんなの中に入れてくれました。その先生が言うには昔、障害のある子が音楽会に参加したとき当時の先生は障害のある子のハーモニカにセロテープを貼って音を出なくして参加させて問題になったことがあったそうです。担任の先生はセロテープで音を出なくするなんてとっても酷いことだし、音なんてはずれてもいいのよ。ワワナちゃんもみんなといっしょに参加している気持ちを味わってほしいし。と言われたのを記憶しています。そういうわけへだてのない取り組みというのは地域性なのかもしれませんが、そういうところがとっても恵まれていたと思います。

小さい時からみんなと同じ体験をしてきているので、たとえできなくてもワワナはクラスの一員という所属意識が育ったのだと思います。幼稚園の卒業時には和太鼓の競演や音楽会でのタンバリンの担当も間違うことなくちゃんとやりとげられるようになっていて感激したおもいでがあります。

小学校でもワワナは通常学級の中で分けられることなくワワナだけさせてもらえないというようなことはまったくありませんでした。できなくてもみんなの一員であるということはのちにとても大事なことだったのだと気がつきます。わけられた事のない子はみんなの中に入ることに抵抗がないのです。ネットなどで特殊学級に所属しているお子さんが通常学級での交流になじめない話をよく聞きますが、ワワナの場合分けられたことがないので通常学級になじめないという事はありえないことなんです。
これは社会生活を送る上でとても大きな強みなんだと認識するに至ってます。

ただワワナは特殊教育というものを受けたことがないので小さいときから特殊教育でマンツーマンで指導されていたらどうだったかなあ?と思うことはあります。
しかしどの子も地域でという地域性の学校で当たり前に通常学級に居たワワナが通級制度ができたあたりに通常学級の障害のある子に通級という形で別室で数時間指導するよにというお達しがあり、今まで障害のある子を取り出して別室で指導なんてありえなかった学校なのにワワナから毎日、一人だけ別室で指導を受けさせられるようになったことがありました。

これはワワナにとったら青天の霹靂のことで今までみんなと同じクラスでみんなと同じに生活してきたのに突然自分だけ教室から連れだされて別室に行かされて、当時のワワナにしたら仲間はずれとしか認識できなかったようで心理的ショックが大きくて、チックになってしまったことがありました。
みんなの教室から一人連れ出されて首が曲がったままになってしまったんです。教室から出されて別室に向うワワナは足をひきずるようにすり足でトボトボと歩き、首がうなだれたままいつも右に傾いたままになってしまったんです。児童精神科に相談に行くとみんなの中から取り出されたショックであろうと言われました。

それからいろいろあってけっきょくワワナは別室へ行かされることを止めてもらいクラスに戻りました。
別室に行かされていたときの精神的ダメージは先生のせいではなくて、別室でマンツーマンで指導してくださる先生も本来は別室に取り出すことには賛成でなく上からの命令でしかたなくだったのですが
「こんなところに連れ出されて可哀そう。私にワァ〜って泣きついてくることがあって・・・」と聞かされてました。他地域ではまったく逆の取り組みだと思うのですが、通常学級が当たり前という認識の先生がたくさんいたわけです。当時の先生は「障害があったって感情はみんなと同じに悲しかったり寂しかったり嬉しかったりするのにね」とよく慰めていただいたものです。
今にして思えばそういう空気もワワナは別室に行かされることをダメージとしてしか理解できないことだったのかもしれません。とにかく通常学級に戻してもらってから間もなくしてワワナのチックはすっかりなくなってほがらかなワワナに戻ったことは確かです。また取り出しの際に担当していただいた先生にはひきつづき通常学級で入り込みとしてワワナを担当していただいていました。

障害があるとみんなと同じにできないから別室でマンツーマンで指導をという発想は最もなことでもあるのですが、幼い子にとって別室に行かされるということは「仲間はずれ」としか受け取れなかったということです。以来、できるできないにこだわらずにワワナにも普通の子と同様の体験をと心がけてきたのですが、年齢とともにできないことの差は健常児とひらくいっぽうですか゛自分は他のみんなとは違うという認識もできてきたようで昔のようにさほど「みんなといっしょ」に拘るワワナではなくなりましたが、いまだしゃべらないワワナなのでその心の中はまだまたうかがい知れません。が、ときおり目をこすりまくったりするのが涙を隠していたりするように見えたりして、考えすぎかなあと思ったりもしますが。

みんなと対等にというのも無理なわけで、友達のたくさんいるヒナナと比べて友達の輪に入れることもなかなかありません。ボランティア的に優しい人が声かけてくれたりするくらいです。どうしてもハハナとべったりになってしまいます。でも友達がいないままワワナを突き放すことはできません。ワワナが私を必要としなくなるまでは、ワワナの思いに応えてあげたいと思っています。とにかく私といっしよに居るときが一番楽しそうなのです。でも本当は同年代の子の仲間に入れてもらつたときの嬉しそうなワワナを知っています。その場で嬉しそうにしなくても寝るころになって思い出し笑いをするんです。そういうことを度々見てきているのでみんなといっしょに何かするということがとっても嬉しいのがよくわかります。ただみんなと同じにできなくてヒス起こすことはあるわけですが。それはしかたないですね。乗り越えてくれるといいのですが。

そういえば小学校のときみんなができる逆上がりができなくて泣きながら鉄棒にしがみついて逆上がりをつづけて、先生が「そこまでしなくてもいい」と優しくとめてくれても、あくまで鉄棒にしかみついて泣きながら足をあげつづけるので、逆上がりの補助用の足で駆け上がる板を持ってきてもらつてお尻を持ち上げながらなんとか逆上がりができたときに、今まで泣いていたワワナが満面の笑みを浮かべたので感動したと担当の先生から聞かされたことがありました。
泣きながらやっているからと言ってイヤなわけでもないのです。できない自分が悔しいわけです。
そういえば風船も自分で膨らますことができなくて泣きながらヒス起こして、やめさせようとしても必死で風船つかんで口にくわえて2時間泣きながらフゥフゥ吹きまくって、困ったすえに太いストローを風船の口にテープでまいて吹かせたらやっと膨らますことができて、できたらほんとうに嬉しそうに笑って。できたとたん風船を離して平常に戻った。というようなこともありました。とにかく自分でできないことがあるとゆるせないようなのです。


さて通常学級にこだわった中で生活してきましたが、会話ができないワワナですからコミュニケーションは慣れない人には難しいことなのでどうしても孤立しがちです。でも幼いときから通常学級慣れしているのでみんなの中をイヤがることがないのが救いです。しかし良くしていただいた中学ではありますが、イジメもあった中学にもう数年いつづけたとしたらみんなの中が苦痛になっていたかもしれません。

お子さんによりけりでしょうがワワナの場合、支援つきでみんなといっしょの通常学級というのが最適のように思います。その支援は母がしてしまっているわけですが(主に行動の指示や雑用くらいの支援ですが)、現状の制度でむずかしければ母ができるのなら母がしても差し支えないのではないかと思っています。親の付き添いを拒む運動をしている人から見たらひょっとしたら迷惑な存在かもしれませんが(^^;学習の指導については現状で充分ほどよく良くしていだいていると思っています。

また今の高校はよくしていただいていますし、親の付き添いを求められたわけではないですが、ワワナのコミュニケーション能力からしてやっぱり母がときおりホローできるほうがワワナの情緒も安定して高校生活を送れるように思います。なにするわけでもないですが、しいていえば心強いといった心理効果くらいなのですが。表情を見ていてこれが大きいと思ってます。(中学のときと比べてです)なにより母も楽しいので母の情緒安定にも良いように思ってます。通学も母に甘えることなく、「ほら自分でできるよ」と言わんばかりに定期券を改札機にいれ、さっさと先を歩くワワナです。駅での乗り降りも指示しなくてもちゃんと目的の駅でみずから降りますし、ハハナは後をついていくだけです。一人通学だってできそうなわけですが、仲良くずっといっしょに高校生やっていきます。

重度発達障害のあるワワナが幼稚園に入ったとき。

並べない、座れない、みんなと同じ行動がとれない超多動児だったワワナのために日常を写真と物語にしてみたことがありました。
今から10年以上前の記憶をたどります。

私が作ったお話アルバム
朝起きたところから始まります。

朝7時
起きる。おふとんから出る。「お早う」。トイレに行く。歯を磨く。新聞をとってくる。
朝ごはんを食べる。

幼稚園に行く。靴を脱ぐ。靴箱に入れる。教室に行く。カバンからシール帳を出す。シールを貼る。

などなど、一挙手一投足まで言葉(ト書き)やセリフまで書いて、写真やイラスト入りの
ドキュメンタリーなアルバム物語を作ってました。
なにせ、「おはよう」自体が言えませんし、何にもできないと言っていい状態だったので
ふつうにやることを、いちいち書き出して、イラストや写真で毎日シュミレーションのごとく
言わせてから実際に行動をする。ようなことをやっていました。
幼稚園の一時期だけのことです。

その他、お出かけ扁では本人をモデルに駅で券売機にお金を入れるところ、券を改札に入れるところ
駅名、着いた駅名、改札口、階段、レストランの前、レストランのメニューる食べるところ。などのドキュメンタリー写真物語を作っていて絵本のように読み聞かせをしていました。
ふつうの絵本はまったく大人しく座って聞いてもくれないし、絵本を噛むは破くはで読み聞かせなんてできないのでしたが、本人モデルの実録写真絵本はえらく気にいって熱心に見いってくれたものです。
私も毎日、読み聞かせてワワナに発音もさせていました。でも今もって言葉はめったに出ません。せっぱつまると「痛い痛い痛い」って喚いたりするけれど(^^;

とっておきたかったのですが、ワワナの使用が激しくボロボロになって捨てていまいました。
幼稚園の先生にこういうことを家でやっていると言うとちょっとあきれられてしまいましたが。そのアルバムの成果か幼稚園の指導の成果か定かではありませんが、幼稚園時にだんだん集団にあわせた行動がとれるようになっていきました。

超多動は、私は徹底的に押さえこむやり方です。座るべきところでは座らせる。というのは妥協しませんでした。のびのびさせるときは、してもいい場所で思いっきり好きにさせます。
ですので、一時期は公共の座るべき場所では大人しく軽い制止でずっと座っていられるワワナでしたが
自然公園などに行くと、そういう場所では好きにさせていたので、つかまえるのが困難な多動のままでした。どこへ行ってしまうかわからないので、走るのに追いつけないのでビデオの20倍ズームでワワナの姿を追っていたものです。

幼稚園のお遊戯は、参加して見ていても最初はまったく勝手な動きしかしなくてお遊戯なんてまったく無視状態でしたので、家でアンパンマン体操やポンキッキの体操ビデオをかけながら、ワワナの後ろから両手首をもって無理矢理踊らせたりしていました。TV番組で拍手のときは、必ずワワナの手を持って拍手もさせていました。

そのように最初は、ダンスも人と同じことも「する」ということがまったくない状態でしたのでなんでも無理矢理両手をもってさせていました。そのうちにやっと本人の力でダンスの動きが出てきだしたときにワワナの手を離し、いっしょに踊るといったことをくりかえすうちに、やっとワワナも人の模倣をすることができるようになったのでした。生まれてすぐに模倣をしだした妹のヒナナと違って、ワワナの場合は
一挙手一投足から「やらせる」という働きかけがないと何も始まらないのでした。でも私はネアカでストレスをあまり感じないタイプなので楽しくこういうことをやれましたが、こういう関わりは親子さんにストレスを生じてしまう方はけっして真似しないでください。それぞれのタイプにふさわしいやり方がベストなのだと思います。あくまでワワナとハハナ流のお話です。

でも、この幼児期の無理矢理ダンスが役にたって、小学校の運動会のダンス競技はワワナの得意種目となり、重度障害児であっても介助なしで通常学級のみんなと同じに運動会の種目をこなせるようになったのだと思っています。とにかく運動会で参加できない種目というのはありませんでした。もちろん走るのはビリとかダンスもビシっと手が伸びないなどの不出来なところはありますが参加意欲はとてもありました。 ダンス好きだったのも小学生まででその後はカラオケに家族で行ったときしかダンスでウキウキする機会はなくなってしまいました。中学での体育は走ること中心でダンスはほとんどなかったです。
しばらく間があくと小学校のときのように実に楽しそうに踊ってはくれないのがちょっと残念です。

(余談。ちょっと身体が重くなりすぎです。最近、夜給食を完食して牛乳も一本半飲むせいか太ってしまって焦ってます。なんとかダイエットしなくては。)

幼稚園のころのワワナは多動の真っ只中でした。また違った道を行くと泣き喚くようなところもあり、通園は毎日大変な時期がありました。
(同一性保持というのでしょうか?いつもと違う道ややり方をするとパニックになるというのは、自閉症関連の障害でよく聞きます。)

でも同じ道しか行けないと将来生活に支障わきたします。それで歌をうたったりお話しながら気をそらしながら、すっと違う道を行く作戦で、気づかれて座り込みされたら、抱っこであやしながら毎日あえて違う道で通園していました。そうこうするうちに、どんな道を通っても泣いたり座り込んだりすることは無くなっていきました。

障害の特性でひとつのやり方に拘るということもよくありました。新しいことが苦手ということもよくありました。でもなおさら、その障害の特性に合わせるというのでなく、世間で生活しやすいように世の中に合わせるように仕向けるのが私のやり方でした。

自閉症の文化に合わせるというのとは真反対のかかわりです。あえてパターンくずしや、新しいことへの挑戦をよくやりました。
障害児施設でなく、一般幼稚園に通わせたのも障害の特性に合わせるより、障害があるには違いないけれど世間慣れさせたかったからです。重度の自閉症と診断はされましたがあえて「普通の子」と同様のかかわりを心がけてきました。もちろん無理矢理に何かをやらせるということでなく、ころあいやその時の気分を見計らって「やらせてみる」わけです。

座るべき時に座らせることだけは、かなり無理矢理だったかもしれません。順番に並ぶということも訓練を要しました。といっても泣き喚いても無理矢理そうするのでなく、最初のころは機嫌をとりながら気をそらしながら順番に並ばせたり座らせたりするのです。

ワワナの両手を持ってブラブラゆらして面白いことを言って笑わせたりしながら順番に並ばせたり、
立ちそうになるのを手でひっぱり戻したりしながら手遊びして気をそらしたりしながら座らせるといったようなやり方です。とにかくふつうには座ったり順番に並んだりはしないわけでいろいろ工夫がいりました。レストランなどに行くときは小さいおもちゃやゲームボーイなど気を紛らわすものが必需品でした。

またそういう順番に並んだり座ったりする機会をあえて多く経験させてきました。遊園地など毎週のように行って並ばせていました。最初はジタバタするワワナも経験を重ねるうちにちやんと並べるようになるものです。入園時には座っていられなかったワワナも卒園式ではちゃんと長時間みんなと同じに座っていられるようになってました。でもその座っていられるようになったのは自然にそうなったのではなく、絶対に座らせるという日々の訓練なしにはそうならなかったであろうと今でも思います。
「座らせるべきときには座らせる」がんとしてそれだけはワワナに対して屈することなく貫きました。他の場面では甘やかすことも多いのですが、公共のルールについてだけは、これからの生き方に左右するわけで、けっして妥協しない強い姿勢でかかわってきました。

でも小学校に入る寸前まで道を歩く時には手をつないでいないと急に走りだしたりするので大変でした。
毎日のように連れていっていたショッピングセンターでスキをみて行方不明になること度々でした。
でも居なくなるときまって大好きなシャンプー売り場に居て、シャンプーの匂いを嗅いでいるので見つけるのは楽でした(笑)

毎年行っていたオートキャンプでも広大な自然公園の中のキャンプ場でも行方不明になったことが2回ほどあります。必死で2時間探し回ったら、ちやんと自力でテントに帰っているワワナを発見して驚くやらほっとするやらの経験もあります。どういうわけか方向感覚は私より優れているワワナです。
巨大ショッピングセンターの広い駐車場でどこに車を止めたかわからなくなる私ですがワワナに車どこ?と聞くとちゃんと自分ちの車まで連れていってくれるので驚きながらも助かってます。

15歳のいまでも 多動の片鱗をみせることがまれにはあります。急に見たいもののところに走っていってしまうことがたまにあります。でもちゃんとここで待ってててね、というと待てるようになりましたし、多動はだんだん治まってきたと言えます。なにより幼児期には考えられなかった手をつながないて並んで普通にいっしょに歩くことができるようになったことがとても嬉しいです。
ふつうの方には考えられなかったことでしょうが、ふつうに歩けるということが嬉しいのです。
それほど幼児期の多動は大変でした。妹のヒナナは幼児期からほっといても付いて来るのでとてもとても楽でした。もしヒナナまで多動だったら買い物に行けないところです。

ふりかえって思い出してみたら長文になってしまいましたね。今 ふつうに歩けるふつうに電車に乗れるふつうにレストランに行けることが嬉しいのです。

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