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日本とは、日本人とは

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時が熱狂と偏見をやわらげたあかつきには、また理性が虚偽からその仮面を剥ぎとったあかつきには、そのときこそ、正義の女神は、その秤を平衡に保ちながら、過去の賞罰の多くに、そのところを変えることを要求するだろう

極東国際軍事裁判、通称東京裁判において、インドのラダ・ビノード・パール判事は被告人全員無罪の判決を下した。パール判事は膨大な資料から、日本が戦争に至った経緯を調べ上げ、「共同謀議」などが存在せぬことを証明し、東京裁判そのものが正当な裁判とはいえぬものであると痛烈に批判したのだった。「裁判」という名の仮面を被り、法の真理を破壊するこの復讐劇を認めることは、判事の中で唯一の国際法学者であったパール博士としては許すことができなかったのである。
東京裁判では少数意見として葬り去られたパール判決文であるが、欧米の法曹界、言論界において大きな波紋を呼ぶこととなる。世界の権威ある国際法学者は、次々と東京裁判の非合法性とその過誤を認め、パール判決文を支持したのであった。それどころか、マッカーサー元帥は1950(昭和25)年10月、トルーマン大統領に「東京裁判は間違いだった」と告白し、さらに1951(昭和26)年5月3日、米国議会上院の軍事外交合同委員会で次のように述べ、日本の侵略を根底から否定したのである。

潜在的に、日本の労働力は量と質の両面において、私が知る限り最良のものである。労働の尊厳とでも呼ぶべきもの、人は怠けているときよりも働いて築き上げるときの方がより幸福であるということを、彼らはどこかで完全に気付いたのである。
これほどの巨大な労働能力をもっているということは、何か働くための材料が必要だということを意味した。工場を建設し、労働力を得たが、彼らは手を加えるべき原料を持っていなかった。
日本原産の動植物は、蚕をのぞいてはほとんどないも同然である。綿がない、羊毛がない、石油の産出がない、錫がない、ゴムがない、ほかにもないものばかりだった。その全てが、アジアの海域に存在していたのである。
もしこれらの原料の供給を断ちきられたら、1000万人から1200万人の失業者が日本で発生するであろうことを彼らは恐れた。したがって、彼らが戦争に駆り立てられた動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだった。

では、主権を回復した日本ではどうであったのか。知識人と称する人々から一般の国民に至るまで、東京裁判を無批判に受け入れ、むしろこれを積極的に肯定してきたのである。日本を再び訪れたパール博士は、それを大変憂えたという。
戦争は好むと好まざるとにかかわらず繰り返される。そして戦争の勝敗とは時の運である。正しい者が勝利し、不正な者が敗れるとは限らないのである。無論、一方が正しく、一方が不正であると、単純に区別することは不可能であろう。しかし、勝者により一方的に敗者が裁かれることが認められるのなら、各国は正義や真理ではなく、敗者とならぬための軍事力、さらにはいかなる手段を用いても勝利することを求め続けねばならなくなる。
大東亜戦争では多数の国民が犠牲となった。そして日本は敗戦を喫した。当然、その指導者には責任があるであろう。しかし、「法律的責任」と「道義的責任」をここで混同してはならない。また、道義的責任とは処刑などによって償われるものではない。東京裁判は、我々から真理を奪い、歴史的事実を歪め、責任を問う術を失わせたのである。そもそも「A級戦犯」として彼らが選ばれたのは、彼らが東京裁判という復讐劇の仇役として相応しい、名の知れた「役者」であったからである。彼らに騙されたと責任をなすりつけ、いまもなお彼らの遺族を苦しめ続けている我々の道義的責任が問われる日も近いだろう。
国際法を逸脱した軍事行動に過ぎず、本質的に連合国側の政治的措置であった東京裁判とは、戦後の日本国民を卑屈にさせ、祖国の歴史を誇りを持って顧みることを忘れさせた病弊、愚民化政策に他ならない。そこには賛美も反省も存在しない。全てが欺瞞なのである。
東京裁判史観を克服する時こそが、「歴史を鏡とする」第一歩であり、真の戦後、精神的占領からの解放の時なのである。
最後に、東條英機の「もうひとつの遺言」を掲げる。この遺書は「生きて虜囚の辱を受けず」とし、自殺未遂を図った際に押収されたものである。

英米諸国人に告ぐ
今や諸君は勝者である。我が邦は敗者である。この深刻な事実は、私は固よりこれを認めるにやぶさかではない。しかし、諸君の勝利は力の勝利であって、正理公道の勝利ではない。私は今ここに諸君に向かってその事実を列挙する時間はない。しかし、諸君がもし虚心坦懐で公平な眼孔をもって、最近の歴史的推移を観察するなら、思い半ばに過ぎるものがあるであろう。我らはただ微力のために正理公道を蹂躙されるに到ったことを痛嘆するだけである。いかに戦争は手段を選ばずと言っても、原子爆弾を使用して、無辜の老若男女、数万もしくは十数万人を一挙に殺戮することを敢えて行うごときに到っては、あまりにも暴虐非道と言わざるを得ない。
もし諸般の行いを最後にして終えなければ、世界はさらに第3、第4、第5の世界戦争を惹起し、人類を絶滅するに到らしめるまでは止むことがないであろう。
諸君はすべからく一大猛省し、自らを省みて天地の大道に対し恥じることないよう努めよ。
日本同胞国民諸君
今はただ承詔必謹あるのみ。私も何も言う言葉がない。
ただ、大東亜戦争は彼の国より挑発されたものであり、我が国は国家生存、国民自衛のため、やむを得ず立ったのみである。この経緯は昭和16年12月8日の宣戦の大詔に特筆大書され、太陽のごとく明白である。ゆえにもし世界の公論が、戦争責任者を追求しようとするならば、その責任者は我が国にあらずして彼の国にあり、すなわち彼の国の中にもまたそのように明言するものがある。不幸にして我が国は力足らずして彼の国に敗れたが、正理公義は厳として我が国にあり、動かすことはできないのである。
力の強弱は、決して正邪善悪の基準としてはならない。人多ければ天に勝つ、天定まれば人を破る、これは天道の法則である。諸君にあっては大国民の誇りをもって、天定まる日を待たれんことを。日本は神国である。永久不滅の国家である。皇祖皇宗の神霊は畏くも照鏡を垂れ賜う。
諸君、願わくは自暴自棄となることなく、喪神落胆することなく、皇国の運命を確信し、精進努力をもってこの一大困難を克服し、もって天日復明の時を待たれんことを。
日本青年諸君に告ぐ 日本青年諸君、各位。
我が日本は神国なり。国家最後の望みはただ諸君一人ひとりの頭上にある。私は諸君が隠忍自重、何度失敗しても志をまげず気を養い、胆を練り、もって現下の時局に善処することを祈ってやまない。
そもそも皇国は不幸にして悲境の底に陥っている。しかし、これは多少や強弱の問題であり、正義公道は始終一貫して我が国にあることを毫も疑いをいれない。
また、幾百万の同胞がこの戦争のために国家に殉じたが、必ず永遠にこの英魂毅魄は国家の鎮護となるであろう。殉国の烈士は、決して徒死したのではない。諸君、願わくは大和民族である自信と矜持とをしっかり持ち、日本三千年来、国史の指導に従い、忠勇義烈なる先輩の遺旨を追い、もって皇運を無窮に扶翼し奉ずることを。これ実に私の最後の願いである。
思うに、今後強者に跪随して、世間におもねり、でたらめな邪説にむやみに同調する輩が少なくないだろう。しかし、諸君は日本男子の真骨頂を堅守せよ。
真骨頂とは何か。忠君愛国の日本精神、これのみである。


閉じる コメント(9)

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わぁ、これまた美味しいところを・・・(笑) でも、その通りなんだよね。おおお、ゴールした!

2005/6/8(水) 午後 9:05 [ - ]

パール判決文やマッカーサー証言を出すことは相当悩んだんですけどね・・・。

2005/6/8(水) 午後 9:56 [ teikokubungaku ]

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天皇陛下は戦後、虫食いの穴の開いた礼服を召し、侍従長一人を引きつれ、マッカーサーに面会した。「朕の一命を持って、我臣民の命をすくえるものなら・・」一命を日本国と国民のためにささげる事を申し出た。 マッカーサーは陛下の御心を受け取り、以後その誠意に答えようとしてくれたのであった。とチョイ右翼だった亡父に聞いております。 日本に罪は無いとは言いませんが、正義の名において戦勝国に裁かれたくは無いし、その尻馬に乗った中国には言わずもがな。親本土の台湾人を使った漁船終結騒動は、まさにスパイ戦。

2005/6/9(木) 午後 5:17 [ サスケとサイゾーの父 ]

台湾漁船のニュース、僕もそう思いました。昭和天皇について、マッカーサー会見も含め、近いうちに記事にしようかと思っているところです。今回の記事も、知っている人にはあたりまえのような記事だとは思ったのですが、あくまで中学生の教科書レベルの内容にしたいので記事にしました。僕は昭和の時代に生まれたことが誇りです。

2005/6/9(木) 午後 7:58 [ teikokubungaku ]

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ランダムより遊びに来ました。 ある程度知っている部分もありましたが 驚いたのが パール判決文 マッカーサー証言には 正直驚きました。 凄い良い記事です。

2005/8/16(火) 午前 8:25 [ - ]

jumbo_yanagiさん、コメントありがとうございます。わざわざマッカーサー証言を引き合いに出して「あれは侵略戦争ではない」と発言される方がいるのですが、ケロッグ・ブリアン条約における自己解釈権と戦時指導者の発言だけで十分ではないのかというのが僕の考えだったりしますので、これを書くのはイヤラシイかなと悩んだりもしたのですよ。

2005/8/16(火) 午後 6:03 [ teikokubungaku ]

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世間の人は、開戦指導者=戦犯 という図式で考えている人が多いようです。私に言わせれば、開戦の前に、ABCD包囲網、石油禁輸があったわけですから、開戦は当然の行為だと思います。 ABCD包囲網の原因は、日本が作ったと言われそうですが、 当時、中国侵略は、日本がしかなかったら、欧米がしてたわけですから、 5分と5分です。僕は右翼ではありませんが、歴史はフェアに見ないと、 いけないと思います。

2006/2/26(日) 午後 6:26 [ bosho_no_nushi ]

お久しぶりです。世間では東京裁判60年。とてもわかりやすくまとまっている記事で勉強になります。トラックバックさせて下さい。

2006/5/3(水) 午前 9:57 nanamama

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東條英機の「もうひとつの遺言」、特に興味深く読ませていただきました。まるで60年後の日本の姿を見透かされていたかの内容ですね。国を愛する心も誇りも投げ捨てた現在の日本が嘆かわしいと共に、自分を省みると・・・ちょっとツライなぁ・・・。

2006/8/17(木) 午後 8:40 寅屋

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