フーヴァー声明
ポツダム宣言第13条が明示すように、同宣言によって無条件降伏したのは「全日本国軍隊」であり、日本政府は同宣言の提示した条件を受諾しての「有条件降伏」であった。条件のひとつポツダム宣言第10条には「言論、宗教及び思想の自由並びに基本的人権の尊重は確立せらるべし」とある。占領期間を通じて、民間検閲支隊(CCD)をはじめとする占領軍検閲機関の存在が秘匿され続け、検閲への言及が厳禁された根本原因はポツダム宣言にあった。
占領当初、連合国と日本の地位は対等であり、相互の関係は双務的であって、その契約はポツダム宣言によって保証されていると日本の報道機関は確信していた。ところが、1945(昭和20)年9月14日、同盟通信社は24時間の業務停止を命じられ、民間検閲支隊長のフーヴァー大佐は翌日、同盟通信社社長、日本放送協会会長らを召致し、次のような声明を読み上げた。
諸君をここに召致したのは、新聞とラジオが日本全国に配布しているニュースの検閲について命令するためである。
マッカーサー元帥は、連合国がいかなる意味においても、日本を対等と見なしていないことを明瞭に理解するよう欲している。諸君が国民に提供してきた色つきのニュースの調子は、あたかも最高司令官が日本政府と交渉しているような印象をあたえている。交渉というものは存在しない。国民は連合国との関係においての日本政府の地位について、誤った観念を抱くことを許されるべきではない。
最高司令官は日本政府に命令する。交渉するのではない。交渉は対等のもの同士のあいだで行われるのである。日本人は、すでに世界の尊敬を獲得し、最高司令官の命令に関して交渉することのできる地位を得たと信じるようなことがあってはならない。
今後日本国民に配布される記事は、一層厳重な検閲を受けることになる。新聞とラジオは引き続き100パーセント検閲される。虚偽の報道や人心を誤らせる報道は許されない。連合国に対する破壊的批判も然りである。
フーヴァー大佐のこの声明は、ポツダム宣言の規定する日本と連合国との双務的な関係を否定する一方的な宣言であった。
プレス・コード
1945(昭和20)年9月21日、日本新聞遵則(日本出版法、プレス・コード)、日本放送遵則(ラジオ・コード)が報道関係者に公表された。
日本出版法
第1条 報道は厳に真実に則するを旨とすべし。
第2条 直接又は間接に公安を害するが如きものは之を掲載すべからず。
第3条 聯合国に関し虚偽的又は破壊的批評を加ふべからず。
第4条 聯合国進駐軍に関し破壊的批評を為し又は軍に対し不信又は憤激を招来するが如き記事は一切之を掲載すべからず。
第5条 聯合国軍隊の動向に関し、公式に記事解禁とならざる限り之を掲載し又は論議すべからず。
第6条 報道記事は事実に則して之を掲載し、何等筆者の意見を加ふべからず。
第7条 報道記事は宣伝の目的を以て之に色彩を施すべからず。
第8条 宣伝を強化拡大せんが為に報道記事中の些末的事項を過当に強調すべからず。
第9条 報道記事は関係事項又は細目の省略に依つて之を歪曲すべからず。
第10条 新聞の編輯に当り、何等かの宣伝方針を確立し、若しくは発展せしめんが為の目的を以て記事を不当に顕著ならしむべからず。
1945(昭和20)年9月29日には、言論機関がいかなる政策ないしは意見を表明しようとも、新聞、その発行者、または新聞社員に対して、日本政府は決して懲罰的措置を講じてはならないとする「新聞と言論の自由に関する新措置」が指令された。
遵則により連合国に不都合な記事は全て封じ込められ、「新聞と言論の自由に関する新措置」によって国家に対する忠誠義務から解放された日本の言論機関には、連合国の「政策ないしは意見を表明する」機関へとなる道しか残されていなかった。
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