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神奈川県立学校の教職員107人が27日、卒業式や入学式で国歌を斉唱する際に起立や唱和の義務はないとして、県に確認を求める訴訟を横浜地裁に起こした。
訴状によると、県教委は昨年11月、県立学校長に対し、国歌斉唱時の起立を徹底するよう通知。原告の教職員らは「国旗、国歌への忠誠の強制が推し進められ、思想、良心の自由は圧殺されようとしている」として、起立斉唱の義務はないと主張している。 しろじに あかく ひのまる そめて ああ うつくしい にほんの はたは |

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日教組にこそ、思想の押し付けを辞めてもらいたいです。
2005/7/28(木) 午後 5:10 [ - ]
どこの国で有れ国旗、国歌には敬意を払うのが当然。日の丸、君が代は世界に誇れるものです。可哀想なひとたちです。
2005/7/28(木) 午後 5:50 [ まさ ]
あっ、リンク先の説明が抜けていますね。えーと、この記事に対する模範解答(?)として、朝日新聞の社説3連発です。「大人がムキになる愚」「起立せずで処分とは」「甲子園とは話が違う」の3本です・・・って、「ササエさん」の予告みたいだなあ。
2005/7/28(木) 午後 7:22 [ teikokubungaku ]
Zak Betaさん、まささん、コメントありがとうございます。君が代を否定しても、君が代に代わる「国歌」を提言できない、地球市民。そのくせ、「他国の気持ちになって」などと言ったりしているのだから、笑ってしまいますね。国旗や国歌を蔑ろにして平気なのは日本くらいのものですから。まあ、憲法改正を謳うのが「保守」で、憲法改正に絶対反対が「左翼」という不思議の国ですから、仕方ないのかもしれません。
2005/7/28(木) 午後 7:27 [ teikokubungaku ]
こんにちは。必要ですよ、国旗も国歌も。どこの国の人でも自国に何らかの誇りを持っているのに対し、日本人はどうしてもそれが薄い。私の世代になると、愛国教育の薄さと長引く不景気とグローバリゼーション化でそれが殆んど無い。
2005/7/28(木) 午後 11:09
強制されるのが、気に入らないとか。教育とは、ある意味で強制だと思います。自分たちは強制していて、強制を認めないとは、どういうことでしょう。私もこの記事に疑問を持ちまいた。
2005/7/29(金) 午後 2:33 [ kim**3hiro ]
朝日新聞の記事から、原告の教職員の声。「一段と日の丸・君が代の強制を強められていると実感した。悩み、迷い、追いつめられ、心ならずも起立している教職員が大勢いる」「日の丸・君が代が好きだったり嫌だったり、いろんな考えの教職員がいるが、多くは強制には強い疑念と反発を持つ。子どもたちに日ごろ『自分で考え判断を』と言っていることになじまない。生徒への強制につながるという危惧も強い」 だって・・・。
2005/7/29(金) 午後 8:23 [ teikokubungaku ]
『「君が代」 が国歌とされ、又各学校も文部省の勧告に従って祝祭日に歌うことになっているとすれば、国歌というものがどんな意味を持っているものか、従って「君が代」にたいする礼儀についても知らなければならない。学校でもこれを教えておいてもらいたい。「君が代」は歌うばかりが、そのすべてではないのである。』昭和27年5月13日付朝日新聞より。
2005/7/29(金) 午後 8:31 [ まさ ]
まささん、ナイス。
2005/7/29(金) 午後 8:35 [ teikokubungaku ]
まささんGJ!
2005/7/30(土) 午前 8:20
●「国旗掲揚・国歌斉唱」をする教師、しないの教師を情報開示し、まず父兄に子供が授業を受ける教師を選択させる権利を与える。父兄に教師を選ぶ自由を与えていないのは、特に義務教育を過ぎた、高校からでは当然要求される、父兄の権利である。夢と希望と感動を生徒に与えない教師は必要としない。教員資格(信用)、良識(信頼)である。
国歌斉唱しない教師、国歌斉唱をするが声が小さい教師、国歌斉唱をするが音痴でへたな教師。卒業証書授与で生徒を一人ずつ大きな声で丁寧に名前を呼ぶ教師。卒業証書授与で生徒の呼ぶ名前にメリハリの無い教師。最後に、生徒全員から教師に対して、「●●先生ありがとう」で、一番大きな声を出したクラスは、国歌斉唱をするが音痴でへたな教師と卒業証書授与で生徒を一人ずつ大きな声で丁寧に名前を呼ぶ教師。これが結果である。
娘の卒業式に我が子を見ないで、七人の教師をずーーと観察していた、へんなおやじ。
2008/3/27(木) 午後 10:20 [ dr_k_mizuno ]