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「百人斬り競争」をしたとする記事で名誉を傷つけられたとして、旧日本軍少尉2人の遺族が毎日新聞社、朝日新聞社、本多勝一元朝日新聞記者らに謝罪広告の掲載などを求めた訴訟で、東京地裁は23日、原告の請求を棄却した。
土肥章大裁判長は、1937年に「百人斬り競争」を報じた東京日日新聞の記事は両少尉が記者に話したことが契機となっていることなどから、「虚偽や誇張が含まれている可能性がないとはいえないが、記者の創作であるとまで認めるのは困難」と述べ、「あったかどうかについて歴史的事実としての評価が定まっておらず、明白な虚偽とは認められない」と判断した。 原告は控訴する方針。 記者「貴殿等ノ剣ノ名ハ何デスカ」 向井「関ノ孫六デス」 野田「無名デス」 記者「斬レマスカネ」 向井「サア未ダ斬ツタ経験ハアリマセンガ日本ニハ昔カラ百人斬トカ千人斬トカ云フ武勇伝ガアリマス。真実ニ昔ハ百人モ斬ツタモノカナア。上海方面デハ鉄兜ヲ、切ツタトカ云フガ」 記者「一体無錫カラ南京マデノ間ニ白兵戦デ何人位斬レルモノデセウカネ」 向井「常ニ第一線ニ立チ戦死サヘシナケレバネー」 記者「ドウデス無錫カラ南京マデ何人斬レルモノカ競争シテミタラ。記事の特種ヲ探シテヰルンデスガ」 向井「ソウデスネ無錫附近ノ戦斗デ向井二O人野田一O人トスルカ。無錫カラ常州マデノ間ノ戦斗デハ向井四O人野田三O人、無錫カラ丹陽マデ六O対五O、無錫カラ句容マデ九O対八O、無錫カラ南京マデノ間ノ戦斗デハ向井野田共ニ百人以上ト云フコトニシタラ、オイ野田ドウ考ヘルカ、小説ダガ」 野田「ソンナコトハ実行不可能ダ、武人トシテ虚名ヲ売ルコトハ乗気ニナレナイネ」 記者「百人斬競争ノ武勇伝ガ記事ニ出タラ花嫁サンガ殺到シマスゾ。ハハハ、写真ヲトリマセウ」 向井「チョット恥ヅカシイガ記事ノ種ガ無ケレバ気ノ毒デス。二人ノ名前ヲ貸シテアゲマセウカ」 記者「記事ハ一切記者ニ任セテ下サイ」 |
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「百人斬り競争」を考えると半分は遺族が正しく半分は本多氏らが正しいのではないか。これは二少尉の同意を得たうえでの(南京大虐殺をやった)中支那方面軍の戦意高揚のプロパガンダだろう。新聞に協力させて現地軍は「非常にうまくいっている」と宣伝したかったのだろう。軍の上層部は陸軍大臣などに出世の夢がある。また当時のマスコミは軍や政府の言いなりになるしかなかったから東京日々新聞を責めるのは酷です。
2005/8/25(木) 午後 10:04 [ マーヤ ]
次に二少尉を考えると軍上層部の「期待」に添うべく多少の捕虜などの斬殺をしただろう。しかし斬殺というのは所詮「手作業」で効率は悪い。これに比べると彼等は砲兵将校、大隊副官とのこと「本業」に身を入れた方が余程大規模な虐殺を効率よく短時間にやれただろう。なにしろ日本軍は捕虜、投降兵、その区別が不明であっても中国兵と見れば攻撃・虐殺した。だから遺族らの主張はとても苦しくなる。二少尉が「百人斬り競争」をしなかったとしてもそれ以上の虐殺を直接・間接やった可能性が極めて大きいのだ。
2005/8/25(木) 午後 10:19 [ マーヤ ]
二少尉は同意の上自ら「百人斬り競争」を宣伝した。それも極めてふざけた、人命を賭けにしたゲームだ。この報道は多くの日本人を楽しませ「ボクちゃんも大きくなったら向井少尉のような兵隊さんになってチャンコロを沢山殺すぞ」という子供が多く出ただろう。だだこれだけでも中国人にとって充分に犯罪ではないのか。二少尉は自らの意思で政治的宣伝をしそれ故に政治的に処刑されたのだ。日本軍はバーグ陸戦条約に違反し捕虜・投降兵・民間人を大規模に殺害しており(ね、SUNAO君)まして侵略軍の軍人は殺されても文句は言えない。
2005/8/25(木) 午後 10:43 [ マーヤ ]
侵略軍の軍人は殺されても文句は言えない、というのは「殺してもいい」でも「殺されるべきだ」でもない。が侵略軍とはそれだけ罪が大きいのだ。SUNAO君は条約、法律に拠り論をたてている。無論それは重要だが重要なもののひとつに過ぎない。なにしろ日本軍はハーグ条約(陸戦、空戦法規〈民間人攻撃禁止〉)など完全に無視し無意味化したからね。
2005/8/25(木) 午後 10:57 [ マーヤ ]
ミツバチ・マーヤか.そんなアニメ有ったな.顔が見えないと息巻く奴ってどこにでもいるんだな.
2005/8/26(金) 午前 10:34 [ - ]
昨日の夜って、ブログは軽かったのかな? 昼間はコメントを書き込むのに大変だったけど。しかし、よくもまあ、こんなに長々と・・・。
2005/8/26(金) 午後 4:35 [ teikokubungaku ]
現地軍上層部によるプロパガンダに彼等が政治的に使われ、蒋介石軍により政治的に処刑されたという私の意見はいかがですか?中国側としてもあれだけ大きく報道されては放っておけなかったでしょうね、面子にかけても。PONNKOさん、karyudo111さん、teikokubungakuさん、その他の皆さんのご意見をお聞きしたのですが。おっと、SUNAO君も。
2005/8/26(金) 午後 10:02 [ マーヤ ]
マーヤさん、あなたに対してはこのブログのどこかで、あるいは他の人のブログだったか、そこで相手にしないことを書いたと思ったのですが。SUNAOさんとの件、ここにいきなり書かれても僕も訳が分からず、グーグルで検索して見つけ、読みました。「議論から逃亡した」と書かれていますが、ネットの性質上、それは言いがかりになるのではないでしょうか。
2005/8/27(土) 午後 4:27 [ teikokubungaku ]
むしろ、マーヤさんこそ、「また逃亡した」などとコメントされることの方が多いでしょ。でも、それをマーヤさんが見ているのかどうかも、そもそもネットに繋ぐ環境にあるのかも分からないわけで。マーヤさんの文面からは、これまでのコメントを見ても、「意見をお聞きしたい」と口にしてみたところで、相手がその気になるようなものではないと思うけど。雰囲気だけで批判的なコメントをされているのではなく、勉強されていることはよく分かるのですが、少なくともネットという空間でそれを生かせてはいないのではないでしょうか。
2005/8/27(土) 午後 4:37 [ teikokubungaku ]
ちなみに、ヤフーのIDを持っていない人には書き込みできないようにしたらという意見や、コメントを削除したらという人もいますが、僕はそれは違うと思いますので、たとえば同じコメントを連続で投稿するとか、訳の分からない宣伝とか、そのようなものでない限りはそのままにする考えであることを、ついでに記しておきます。
2005/8/27(土) 午後 4:41 [ teikokubungaku ]
コメントに対する反対意見はあってもいいが、コメント作者への個人批判や攻撃に論点が移ってしまっては、不毛というか単なる荒らし行為にしか見えなくなるよ・・・もう少し大人にね。
2005/8/27(土) 午後 9:12 [ - ]
なるほど、teikokubungaku さんの言われるように私も反省すべき事はありますね。反省すべき事がない人(国)はないでしょうから私たちは歴史に謙虚たるべし、です。teikokubungaku さんも中国侵略という歴史を良くお考え下さい。
2005/8/28(日) 午前 7:49 [ マーヤ ]
相手にしない、基本的にこれに変わりはないのですが、ひとつだけ気になることがあります。なにをもって「侵略」とするのか、そこらへんの定義というか、考えというか。マーヤさんは、どこかでサイトやブログをされているのならアドレスを貼られるなり、ないのならば作られるなりすると良いのではないかな。おせっかいかもしれないけど、いまのままだと、今朝覚えたばかりの言葉を使わせてもらえば「きんもー☆」って言われるだけだと思う。
2005/8/28(日) 午後 5:21 [ teikokubungaku ]
そりゃ、いきなり「あなた方はものが分からないのですか?」なんて言われたら、議論なんてする気になれないですよね。
2005/8/29(月) 午前 1:36 [ マーやん ]
上のは別の人かな。言いたかったことは、SUNAOさんのようなケースを「逃亡した」というのはおかしいということ。今回の僕のケースで、マーヤさんが「逃げた」と僕を言うことは構わない。ここは僕のブログだから、基本的にはコメントを見ていないということはないのだから。
2005/8/29(月) 午後 7:29 [ teikokubungaku ]
ただし、ネットで「議論」をするということは、顔をつきあわせて議論するのとは違い、難しいというのはあると思う。相手が反応してくれるのかどうかわからず、そのためか饒舌になってしまい、「議論」をひとりで行ってしまう傾向がある。「朝まで生テレビ」のような「議論」というよりも「バラエティー」といえるものを望むなら別ですが、実りあるものにするならば、ひとつずつ、一句一句、積み重ねていく根気が必要となる。
2005/8/29(月) 午後 7:38 [ teikokubungaku ]
ブログにもいろいろあって、それこそ「議論」といって、相手のブログに誘いを掛けて、それをウリにしているもの。時間にゆとりがあって羨ましいと感じていますが。また、「これは日記ですから、基本的にはレスしません」としているもの。まあ、それもアリかと。あるいは、コメントを出来ないようにして、トラックバックもお断りとしているもの。これは、ブログの意味がないのではないかと思う。
2005/8/29(月) 午後 7:44 [ teikokubungaku ]
GHQのダイク民間情報教育長のメモ(1945年12月)に、「日本国民に戦争犯罪と戦争犯罪人に関して議論させるように仕向けること」というのがある。僕はこれを読んでから、少々臆病になった。考えてみれば、戦後の日本ではそれこそ「議論」を繰り返してきた。でも、上で述べた「朝まで生テレビ」ではないが、まるで「バラエティー」のようなことを繰り返しているだけではないか。違ったアプローチが必要ではないかと思うようになりました。
2005/8/29(月) 午後 7:52 [ teikokubungaku ]
このブログを始める前に、新聞の読者欄に何本か投稿し掲載され、反論されたときも、不毛なことをしていると感じた。読書欄で反論した相手は以前に掲載された僕の投書をすべて見ているわけではないのだから、グルグルとループするだけだと。このブログを始めるに当たって、とにかく自分の考えをひとつに纏めることというのがあった。いまでも「季節はずれ」ともいえる靖国関連本を読んで、いかにコンパクトに纏められるのかを考えている。実りのない「議論」には興味がない。
2005/8/29(月) 午後 8:03 [ teikokubungaku ]
長々と、それこそひとりで「議論」をしているかのように書いてしまいましたが、マーヤさんに対して、マーヤさんがかつてSUNAOさんに使ったコメントを逆手にとって、「意見をお聞きしたいって、それなら是非台湾国民党へお問い合わせ下さい」と返すこともできたのですが、それではまさに「不毛」であり、またマーヤさんのコメントからはなにを望んでいるのかが理解できなかったということです。推敲もせず、酔った勢いで書きましたから、矛盾点があったらごめんなさい。おしまい。
2005/8/29(月) 午後 8:11 [ teikokubungaku ]