誓約生み
天照大御神と月読命は、イザナキノ命の委任に従ったが、スサノヲノ命だけは委任された国を治めず、長い顎鬚が胸元にとどくようになるまで、長い間泣きわめいていた。そこでイザナキノ命は「どういうわけで、あなたは私の委任した国を治めないで泣きわめいているのだ」と尋ねた。するとスサノヲノ命は、「私は亡き母のいる根の堅州国(ねのかたすくに)に参りたいと思うので泣いているのです」と答えた。イザナキノ命はひどく怒り「それならば、この国には住んではならない」と、ただちにスサノヲノ命を追放した。
スサノヲノ命は、「天照大御神に事情を申し上げてから、根の国に参りましょう」と言って天に上ってゆくが、このとき国土がすべて震動した。天照大御神がその音に驚き、国を奪いに来たものと思い、武装して待ち受けた。天照大御神は「どういうわけで上って来たのか」とスサノヲノ命に尋ねると、スサノヲノ命は、イザナキノ命との一件を説明し、「謀反の心など抱いてはおりません」と答えた。天照大御神は「あなたの心に邪心のないことを、どのようにして知ればよいのですか」と問うと、スサノヲノ命は「それぞれ誓約(うけひ)をして子を生みましょう」と言った。こうして、それぞれ誓約をすることになり、天照大御神がまずスサノヲノ命の帯びている十拳剣を受け取って、これを三つに折り、天の真名井(あめのまない)の水に振り濯いで、これを噛み砕くと、吐き出す息の霧から三神が誕生した。スサノヲノ命は、天照大御神の髪に巻かれている勾玉を貫き通した長い玉の緒を受け取り、天の真名井の水に振り濯いで、これを噛み砕くと、吐き出す息の霧からアメノオシホミミノ命が誕生した。その後も天照大御神から玉の緒を受け取ってこれを繰り返し、合わせて五神が誕生した。そこで天照大御神は「後に生まれた五柱の男の子は、私の物から誕生したのだから当然私の子です。先に生まれた三柱の女の子はあなたの物から誕生したのだからあなたの子です」と言った。
スサノヲノ命は「私の心が潔白である証拠として、私の生んだ子はやさしい女の子でした。これによって、私が誓約に勝ったのです」と言って、勝ちに乗じて天照大御神の田の畦を切り、田に水を引く溝を埋め、新嘗祭(にいなめまつり)をする神殿に糞を撒き散らかした。天照大御神はこれを咎めずに、「あの糞のように見えるのは、酔ってへどを吐いたのでしょう。田の畦を切ったり、溝を埋めたのは、土地をもったいないと思ってしたのでしょう」と庇ったが、スサノヲノ命の乱暴な振る舞いは止むことなく、ますます激しくなった。
天の石屋戸
天照大御神が神衣を機織女に織らせていると、スサノヲノ命は機屋の棟に穴をあけ、皮を剥ぎ取った馬を穴から投げ落とした。機織女はこれを見て驚いて死んでしまった。天照大御神は恐れて、天の石屋の戸を開いて中に籠もってしまった。そのために天上界である高天原はすっかり暗くなり、地上界である葦原中国(あしはらのなかつくに)もすべて暗闇となった。こうして永い暗闇が続き、あらゆる禍がいっせいに発生した。
このようになって八百万の神々は天の安河の河原に集って相談を始めた。そして、常世国の長鳴き鳥を集めて鳴かせ、鏡を作らせ、たくさんの勾玉を貫き通した長い玉の緒を作らせた。次に天の香具山の雄鹿の肩骨を灼いて占い、神意を待ち伺った。さらに、天の香具山の枝葉の繁った賢木(さかき)を根ごと掘り起こして来て、上の枝に勾玉を通した長い玉の緒を懸け、中の枝に八咫鏡(やたのかがみ)を懸け、下の枝に楮の白い布帛と麻の青い布帛を垂れかけ、祝詞を唱えて祝福した。そして、アメノウズメノ命が天の石屋戸(あめのいわやど)の前に桶を伏せてこれを踏み鳴らし、乳房をかき出し裳の紐を陰部までおし下げて踊り狂った。すると、高天原が鳴りとどろくばかりに八百万の神々がどっといっせいに笑った。天照大御神はふしぎに思い、天の石屋戸を細めに開けて、「どういうわけでアメノウズメノ命は舞楽をし、八百万の神々はみな笑っているのですか」と尋ねた。アメノウズメノ命は「あなた様にもまさる貴い神がおいでになりますので、喜び笑っております」と言った。そして、ほかの神が八咫鏡をさし出して天照大御神に見せた。天照大御神はいよいよふしぎに思い、そろそろと石屋戸から出て鏡の中をのぞくと、戸の側に隠れ立っていた天手力男神が天照大御神の手を取って外に引き出した。石屋にはただちに注連縄(しめなわ)が張られた。こうしして高天原も葦原中国も太陽が照り、明るくなった。八百万の神々は、スサノヲノ命に贖罪の品物を科し、鬚と手足の爪とを切って祓えを科して、高天原から追放した。
八俣の大蛇
高天原を追われたスサノヲノ命は、出雲国の肥河の川上の鳥髪に降ると、箸がその川を流れ下って来た。スサノヲノ命は、その川上に人が住んでいると思い、尋ね探して上って行くと、おじいさんとおばあさんが少女を間に置いて泣いていた。スサノヲノ命が泣いているわけを尋ねると、「私の娘はもともと八人おりましたが、八俣の大蛇(やまたのおろち)が毎年襲ってきて、娘を食ってしまいました。今年も大蛇がやってくる時期となったので泣いているのです」と言った。スサノヲノ命は「その大蛇はどんな形をしているのか」と尋ねると、「目はほおずきのように真っ赤で、胴体一つに八つの頭と八つの尾があり、体には檜や杉が生えていて、その長さは八つの谷、八つの峰にわたっており、その腹は一面にいつも血がにじんで爛れています」とおじいさんが答えた。スサノヲノ命は「あなたの娘を私に下さらないか」と言った。おじいさんは「恐れ入ります。しかしあなたのお名前を存じませんので」と答えた。するとスサノヲノ命は「私は天照大御神の弟である。いま高天原から降って来たところだ」と言った。「それは恐れ多いことです。娘を差し上げましょう」とおじいさんが言うと、スサノヲノ命はそのクシナダヒメという少女を櫛に変えて自分の髪に挿し、「あなた方は濃い酒を造り、それから垣を作り廻らし、その垣に八つの門を作り、門ごとに八つの桟敷を作り、その桟敷ごとに酒槽を置き、槽ごとにその濃い酒を満たして待ち受けなさい」と命じた。
命じられたとおりに準備して待ち受けていると、八俣の大蛇が現れた。大蛇はただちに酒槽ごとに頭を垂れ入れて酒を飲んだ。そして酒に酔って寝てしまった。このときスサノヲノ命は十拳剣を抜いて、大蛇をずたずたに切った。肥河の水は真っ赤な血となって流れた。そして大蛇の尾を切ったとき十拳剣の刃が毀れた。不審に思って剣の先で尾を刺し割くと、すばらしい大刀があった。スサノヲノ命は大刀を取り出し、不思議な物だと思って、天照大御神に事情を説明し献上した。これが天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)である。
スサノヲノ命とクシナダヒメは結婚し、その六代の孫に大国主神(おほくにぬしのかみ)が誕生した。
|