精神的武装解除
占領下の日本では、民間情報教育局(CI&E)による「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画、WGIP)」が展開され、日本人の歴史観、道徳観を悉く否定し、徹底的に破壊しようとする試みがなされた。
ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムは、日本人に戦争の罪悪感を植えつけ、民族の誇りと自尊心を奪い、日本が再びアメリカ及び連合国の脅威とならないよう、徹底的に無力化、弱体化させることが目的であった。
民間検閲支隊による検閲と民間情報教育局による宣伝は相乗効果をなし、日本人の精神的武装解除、「去勢」のプログラムは動き始めたのだった。
太平洋戦争史
1945(昭和20)年12月8日、「太平洋戦争史」の掲載が新聞各紙で始まった。「連合軍司令部提供」の同記事は、「今や日本国民が今次戦争の完全なる歴史を知ることは絶対に必要である」とし、日本軍がいかに残虐であったか、日本の軍国主義者がいかに非道であったかを強調するものであった。
「太平洋戦争史」掲載開始から1週間後の12月15日、所謂「神道指令」により、「大東亜戦争」という呼称は禁止となった。これは、単なる言葉の入れ替えにとどまらず、その言葉に託された一切の意味と価値観を必然的に入れ替えるものであった。日本人の立場からの「大東亜戦争」史観は抹殺され、連合国の立場による「太平洋戦争」史観が強要されたのだ。
江藤淳氏は著書『閉された言語空間』の中で、「歴史記述をよそおってはいるが、これが宣伝文書以外のなにものでもない」とし、次のような指摘をしている。
そこにはまず、「日本の軍国主義者」と「国民」とを対立させようという意図が潜められ、この対立を仮構することによって、実際には日本と連合国、特に日本と米国とのあいだの戦いであった大戦を、現実には存在しなかった「軍国主義者」と「国民」とのあいだの戦いにすり替えようとする底意が秘められている。
これは、いうまでもなく、戦争の内在化、あるいは革命にほかならない。「軍国主義者」と「国民」の対立という架空の図式を導入することによって、「国民」に対する「罪」を犯したのも、「現在および将来の日本の苦難と窮乏」も、すべて「軍国主義者」の責任であって、米国には何らの責任もないという論理が成立可能になる。大都市の無差別爆撃も、広島・長崎への原爆投下も、「軍国主義者」が悪かったから起った災厄であって、実際に爆弾を落した米国人には少しも悪いところはない、ということになるのである。
そして、もしこの架空の対立の図式を、現実と錯覚し、あるいは何らかの理由で錯覚したふりをする日本人が出現すれば、CI&Eの「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」は、一応所期の目的を達成したといってよい。つまり、そのとき、日本における伝統的秩序破壊のための、永久革命の図式が成立する。以後日本人が大戦のために傾注した夥しいエネルギーは、二度と米国に向けられることなく、もっぱら「軍国主義者」と旧秩序の破壊に向けられるにちがいないから。
1945(昭和20)年12月31日、民間情報教育局は、修身、国史、地理の授業を即時中止するよう指令し、翌年4月、文部省は、新聞連載終了後に単行本として刊行された『太平洋戦争史』を、国史等授業停止中の教材として使用するよう通達した。
10万部の『太平洋戦争史』は教育現場に浸透し、戦後の日本に深刻な影響力を及ぼすのであった。
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