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日本とは、日本人とは

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NHKの特集番組が政治家の圧力によって改変させられたと朝日新聞が1月に報じた問題で、同紙は25日付紙面に検証記事を掲載した。これを受けてNHKは記者会見を開き、「当初の思い込みから抜け出ていない。極めて遺憾だ」とし、「朝日新聞の主張はまったく事実の裏付けのないもので、到底理解できない」と反論した。
また、NHKがこの問題をニュースで取り上げた際に「朝日新聞虚偽報道問題」という字幕を付け、NHK側の主張を長く報じたことにより「知る権利」を侵害されたとして、弁護士ら18人が25日、日弁連に人権救済の申し立てを行った。

「オールスターによる夢の競演」って感じかな。
相変わらず、訳の分からない記事を書いている朝日は当然のことであるが、あんな「裁判ごっこ」を番組として放送したNHKにも問題がある。そして、今回は「おまけ」まで付いてきた。
「責任あるメディア同士の論争になったことで高い関心が寄せられています」という朝日の記事は、読者を笑わせたいのか、それとも怒らせたいのか、はっきりしてくれと言いたい。
「今回の再取材で、記事の描いた『政治家の圧力による番組改変』という構図がより明確になったと考えます」とし、「現時点では記事を訂正する必要はないと判断します」としながら、「これらを直接裏付ける新たな文書や証言は得られておらず、真相がどうだったのか、十分に迫り切れていません」という朝日の主張に対し、NHKが「思い込みから抜け出ていない」と反論するのは、当然のことである。
そもそも、この「裁判ごっこ」を公共放送が取り上げ、特集番組として放送することは妥当であったのかどうかという点、朝日もNHKもこの点を避けずに「責任あるメディア」として検証してほしものだが、そこは「すりあわせ」、「調整」ができているのか、朝日にもNHKにも期待することが出来ず、残念である。
百人斬り“超記録”
1947(昭和22)年12月、南京で戦犯裁判が開かれ、捕虜と非戦闘員を殺害した戦争犯罪人として、向井敏明、野田毅は死刑を言い渡された。そして、その唯一の証拠とされたのが、1937(昭和12)年、毎日新聞の前身である東京日日新聞の浅海一男記者が、戦意高揚のために創作した「百人斬り競争」という記事であった。

南京入りまで“百人斬り競争”といふ珍競争をはじめた例の片桐部隊の勇士向井敏明、野田巌両少尉は十日の紫金山攻略戦のどさくさに百六対百五といふレコードを作つて十日正午両少尉はさすがに刃こぼれした日本刀を片手に対面した。
野田「おいおれは百五だが貴様は?」向井「おれは百六だ!」・・・・・・両少尉は“アハハハ”結局いつまでにいづれが先に百人斬つたかこれは不問、結局「ぢやドロンゲームと致さう。だが改めて百五十人はどうぢや」と忽ち意見一致して十一日からいよいよ百五十人斬りがはじまつた。十一日昼中山陵を眼下に見下す紫金山で敗残兵狩真最中の向井少尉が「百人斬ドロンゲーム」の顛末を語つてのち、
知らぬうちに両方で百人を超えていたのは愉快ぢや、俺の関孫六が刃こぼれしたのは、一人を鉄兜もろともに唐竹割にしたからぢや。戦ひ済んだらこの日本刀は貴社に寄贈すると約束したよ。十一日の午前三時友軍の珍戦術紫金山残敵あぶり出しには俺もあぶり出されて弾雨の中を「えいままよ」と刀をかついで棒立ちになつてゐたが一つもあたらずさ。これもこの孫六のおかげだ。 と飛来する敵弾の中で百六の生血を吸つた孫六を記者に示した。
(東京日日新聞、昭和12年12月13日付)

日本刀で数人も斬れば、どんな名刀であれ使い物にならなくなり、「鉄兜もろともに唐竹割」など到底不可能なことである。まして、向井は砲車小隊長、野田は大隊副官であり、白兵戦とは無縁であった。
辞世
向井氏らの家族は、記事を書いた浅海記者に、記事は創作であったということを明らかにして欲しいと頼むが、本人たちから聞いたことを自分は書いただけだとし、向井、野田の行為は捕虜や非戦闘員へのものではないとしながらも、創作であるという事実を認めようとはしなかった。
1948(昭和23)年1月28日、向井、野田の両氏はトラックの荷台に乗せられ、多くの罵声を浴びながら雨花台へと連行され、無数の銃弾を頭部に受け、処刑された。

我は天地神明に誓い 捕虜住民を殺害せる事全然なし 南京虐殺事件等の罪は 絶対に受けません 死は天命と思い日本男士として 立派に中国の土になります 然れ共魂は大八州島に帰ります 我が死を以て中国抗戦八年の 苦杯の遺恨流れ去り 日華親善 東洋平和の因とも なれば捨石となり幸ひです 中国の御奮闘を祈る 日本の敢奮を祈る 中国万歳 日本万歳 死して護国の鬼となります 天皇陛下万歳
(向井敏明)

南京大虐殺の罪名は絶対にお受けできません。お断りします。我々の死が中国と日本の楔となり両国の提携となり、ひいては世界平和が到来することを喜ぶものであります。何卒、我々の死を犬死、徒死たらしめないよう、これだけを祈願いたします。中国万歳 日本万歳 天皇陛下万歳
(野田毅)

その後、野田氏の獄中記が発見され、浅海記者が「記事は一切記者に任せて下さい」と持ちかけたものであることがわかった。また、不注意によって事実無根の虚報が出たことは自分らの責任であるとし、法廷を煩わし、世間を騒がしたことを詫びている。


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