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日本とは、日本人とは

憂国への提言

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2008年日本の旅

ハンチントンが指摘するように日本文明とは、それ自体独立した一個の文明であり、他の主要な文明が複数の国によって構成されているのに対し、日本文明は日本という国と一致した、一国一文明という特異なものである。
日本とは、日本人とは何なのかといったことを考えるための雑記帳、備忘録といった感覚で始めたブログであるが、そこでいう「日本」とは、「日本国」のことを指すのか、それとも「日本文明」のことを指すのかといったことを常に念頭に置く必要を最近は強く感じるようになった。たとえば、「日本にとって天皇とは」といった問いも、「日本国」にとっての天皇、「日本文明」にとっての天皇、さらに「日本国」と「日本文明」とを繋ぐ紐帯としての天皇など、どのような視点から語られ、語るのかといったことに注意を払うべきではないかということである。先月31日付読売新聞で筑波大学教授の古田博司氏は、「アジアの一員」という視点からだけではなく、「日本文明の一員」としての視点からも所謂「靖国問題」を論じていたが、このような見方をすることによってはじめて、一国一文明という日本の「国益」が見えてくるように思われるのである。大根が3本売れた、人参が2本売れ残った、明日は売れるだろうか的な感覚で語られる「国益」は国益とはいえない。
インターネットの登場によって、自らの意見を発信することが容易な時代となった。まさに、「一億総コメンテーター時代」とでもいうべきだろうか。しかし、匿名の世界だからとして発言に対する責任がそれで薄まったとは限らない。「炎上」するブログなどを見ていると、むしろそれは強まったようにも感じられる。
「時代の閉塞感からの右傾化」として「ネットウヨク」や「プチナショナリズム」なる言葉を多用し現実逃避する者たちに与するつもりはないが、2ちゃんねるなどを見ていると、うんざりしてしまうような書き込みが彼らのいう「ネットウヨク」の側からあるのも事実である。「おまえもそのひとりではないか」と指摘されてはそれまでであるが、しっかりとした知識を持たず、ファッションとしての、雰囲気だけの「保守」であっては、「ゲンジツサヨク」と同じ悲惨な末路を辿るのではないかといった危機感を持ってはいる。彼らのような愚を犯すほど、我々に「余裕」があるとも思えない。彼らのようにならぬため、今こそさらなる知識と思考力が必要なときなのである。
さて、そんなこともあって、じっくりと学ぶ時間を優先させるべきではないかとブログを休止してから半年が経ちました。その間にも多くの方が訪問され、コメントを残され、新たにファン登録された方も多数おります。
この半年の間、さまざまな書物に触れ、さまざまなことを考えてきましたが、当然といえば当然で、時間はあっという間に過ぎ去り、多くのことを学ぶには至りませんでした。
あと、2年。現時点で最低限必要であると思われる時間である。最低限それだけの時間を費やして学ばなければ、ただ支離滅裂な文章を並べ、時間を浪費するだけではないか。
ファン登録をそのままにされている方が大勢いるなかで、これ以上中途半端な状況では申し訳ないと思い、けじめとして、あと一本の記事をもって「最後の記事」とすることにしました。「最後の記事」は長くなることも考えられ、複数に分けることも検討しています。このブログは削除せず、みなさんのブログに足を運ぶことはこれまで通りですので、その際はよろしくお願いします。
2年後、2008年には北京オリンピック、米国の大統領選挙、そして台湾の総統選挙、さらにロシアでも大統領選挙が行われます。それらに先駆けて、2007年の末には韓国の大統領選挙もあります。その時、日本の首相は誰であるのか、どのような政治状況にあるのか、それまでに克服すべき課題とは何か。
日本国民として、日本人として、自分をさらに磨き上げようと思っております。

親王殿下御誕生

此度待望の新宮様御降誕という慶事に接し、国民ひとしく心からのお喜びを申し上げます。秋篠宮同妃両殿下のお心持ちは申すに及ばず、天皇皇后両陛下のお喜びはいかばかりかと拝察いたします。親王殿下の御誕生は皇室の一層の御繁栄を象徴するものであり、この日を迎えたことは、国民のあげて喜びとするところであります。ここに、謹んで親王殿下のお健やかな御成長と、皇室の一層の御隆運を衷心よりお祈り申し上げます。

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皇室典範改正案の今国会への提出が断念されたことでほっと胸をなで下ろしたのだが、つぎに同じような動きがあったときには相当厳しいものになるのではないかといった不安が、この数か月の動向によって芽生えはじめ、自分の中では以前にも増して危機感が広がるといった変化が起きている。
「天皇」という存在は、他の問題と違って悪意に満ちた言葉に晒されたくはない、このようなところであれ、あれこれと述べることには当初から躊躇いがあったのだが、「そういう畏れ多いことに対して、われわれ草莽の臣が口出しすべきではないかと思っておりまして・・・・・・」という考えから、「畏れ多いと言っていたら、畏れ多いということをいっさい知らない連中にこの問題を引きずり回されてしまうのではないか。もはや畏れ多いなどと言っている段階ではない」という結論に達した小堀桂一郎氏のように、ほとんど影響力のないブログであったとしても、いまは自分の意見を述べるときではないか、これまでそんな思いで続けていた。
中西輝政氏は著書『国民の文明史』で、現在の日本は「歴史的危機」の入り口に立っており、その対応いかんによっては「破局」に至るかもしれないとしたうえで、より我々らしく、本来の自分らしく、すなわち深い自己像を回復し、自分たちの奥深い強みというものを、いちばんはっきりと出せるやり方で対処することがその克服には必要であると指摘し、歴史を大きく見る姿勢、つまり泰然とした歴史観や文明史観を持つことによって、克服するための方策、つまり「戻るべき日本」のありかを深いところで見つけることができると述べている。
日本とは、日本人とは何なのかといったことを考えるための雑記帳、備忘録といった感覚で始めたこのブログでは、明治以降の日本、さらには占領下における日本を取り上げてきた。そこには「戻るべき日本」のありかに繋がるヒント、そして、それを遮る大きな壁があるのだということを改めて確認するだけにすぎなかったのだが、それでも、自分の考えを纏めるうえでは有意義なことであった。
まだまだ取り上げるべきこと、考えを纏めるべきことは残されているのだが、いずれ再び訪れるであろう男系維持の危機、いや、正しくは、皇統断絶の危機に備え、じっくりと学ぶ時間を優先させるべきではないか。そういった思いから、今回、この記事をもってブログを休止することにした。
これまで、多くの方に訪問していただき、勇気付けられたことに、感謝しています。短い間でしたけど、ありがとうございました。
ヨーロッパ征服を夢みる、ある国家の元首が、小さなスイスを武器で従わせるのは無駄だと判断することは、だれにも納得できる話である。単なる宣伝の力だけでスイスをいわゆる「新秩序」の下に置くことができると思われるときに、少しばかりの成果をあげるために軍隊を動かしてみたところで、何の役に立つだろうか。
国を内部から崩壊させるための活動は、スパイと新秩序のイデオロギーを信奉する者の秘密地下組織をつくることから始まる。この地下組織は、最も活動的で、かつ、危険なメンバーを、国の政治上層部に潜り込ませようとするのである。彼らの餌食となって利用される「革新者」や「進歩主義者」なるものは、新しいものを待つ構えだけはあるが社会生活の具体的問題の解決には不慣れな知識階級の中から、目をつけられて引き入れられることが、よくあるものだということを忘れてはならない。
数多くの組織が、巧みに偽装して、社会的進歩とか、正義、すべての人々の福祉の追求、平和というような口実のもとに、いわゆる「新秩序」の思想を少しずつ宣伝していく。この「新秩序」は、すべての社会的不平等に終止符を打つとか、世界を地上の楽園に変えるとか、文化的な仕事を重んじるとか、知識階級の耳に入りやすい美辞麗句を用いて・・・・・・。
不満な者、欺かれた者、弱い者、理解されない者、落伍した者、こういう人たちは、すべて、このような美しいことばが気に入るに違いない。ジャーナリスト、作家、教授たちを引き入れることは、秘密組織にとって重要なことである。彼らの言動は、せっかちに黄金時代を夢みる青年たちに対して、特に効果的であり、影響力が強いから。
また、これらのインテリたちは、ほんとうに非合法な激しい活動はすべて避けるから、ますます多くの同調者を引きつけるに違いない。彼らの活動は“表現の自由”の名のもとに行われるのだ。
(スイス政府編『民間防衛』)

廃墟と窮乏の中、生活に追われ、虚脱状態に襲われ、欺瞞を正すのに疲れ果て、流れに身を任せ、次第に沈黙していく。占領下、日本人は生きるために必死であった。そして、貧しさに耐え、苦しみを噛み締め、復興を成し遂げたのだった。
しかしながら、GHQによって作り出された「装置」は、占領が解かれ半世紀となるいまもなお、休むことなく動き続けているのである。
公職追放から逃れるため自国の歴史を侮蔑し、占領政策に協力することによって自己を保身した見苦しき者。日本の歴史を歪め、伝統を破壊し、国民を分裂させることによって革命またはイデオロギーを拡張しようと夢みて祖国を見失った者。あるいは、戦犯として抑留され、「人道的」で「暖かい」待遇に、大きな「感動」と「反省」とを呼び起こされ、過去の罪を「告白」して「謝罪」することに目覚めた語り部たち。彼らは、それぞれの思惑から、その「装置」を動かし続けた。
日本国内に日本人の敵を作りだし、日本を内部から蝕ませ、弱体化させるというGHQの政策は見事なまでに成功した。それは、彼らが望んでいた以上の効果であったのかもしれない。「装置」によって産み落とされた者たちが無自覚に、「装置」を利用しようとする者たちが自覚して、ことさらに国を恨み、日本人として生まれたことは恥辱であるとさえ信じるような者を次々と作り出していく。
いま、われわれはこの「装置」が具体的に、どういったものなのか、どのような効果があるのか、だれによって動かされているのか、そのからくりを見抜き、これを克服しなければならない時にある。「日本」を取り戻すために。


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時が熱狂と偏見をやわらげたあかつきには、また理性が虚偽からその仮面を剥ぎとったあかつきには、そのときこそ、正義の女神は、その秤を平衡に保ちながら、過去の賞罰の多くに、そのところを変えることを要求するだろう

極東国際軍事裁判、通称東京裁判において、インドのラダ・ビノード・パール判事は被告人全員無罪の判決を下した。パール判事は膨大な資料から、日本が戦争に至った経緯を調べ上げ、「共同謀議」などが存在せぬことを証明し、東京裁判そのものが正当な裁判とはいえぬものであると痛烈に批判したのだった。「裁判」という名の仮面を被り、法の真理を破壊するこの復讐劇を認めることは、判事の中で唯一の国際法学者であったパール博士としては許すことができなかったのである。
東京裁判では少数意見として葬り去られたパール判決文であるが、欧米の法曹界、言論界において大きな波紋を呼ぶこととなる。世界の権威ある国際法学者は、次々と東京裁判の非合法性とその過誤を認め、パール判決文を支持したのであった。それどころか、マッカーサー元帥は1950(昭和25)年10月、トルーマン大統領に「東京裁判は間違いだった」と告白し、さらに1951(昭和26)年5月3日、米国議会上院の軍事外交合同委員会で次のように述べ、日本の侵略を根底から否定したのである。

潜在的に、日本の労働力は量と質の両面において、私が知る限り最良のものである。労働の尊厳とでも呼ぶべきもの、人は怠けているときよりも働いて築き上げるときの方がより幸福であるということを、彼らはどこかで完全に気付いたのである。
これほどの巨大な労働能力をもっているということは、何か働くための材料が必要だということを意味した。工場を建設し、労働力を得たが、彼らは手を加えるべき原料を持っていなかった。
日本原産の動植物は、蚕をのぞいてはほとんどないも同然である。綿がない、羊毛がない、石油の産出がない、錫がない、ゴムがない、ほかにもないものばかりだった。その全てが、アジアの海域に存在していたのである。
もしこれらの原料の供給を断ちきられたら、1000万人から1200万人の失業者が日本で発生するであろうことを彼らは恐れた。したがって、彼らが戦争に駆り立てられた動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだった。

では、主権を回復した日本ではどうであったのか。知識人と称する人々から一般の国民に至るまで、東京裁判を無批判に受け入れ、むしろこれを積極的に肯定してきたのである。日本を再び訪れたパール博士は、それを大変憂えたという。
戦争は好むと好まざるとにかかわらず繰り返される。そして戦争の勝敗とは時の運である。正しい者が勝利し、不正な者が敗れるとは限らないのである。無論、一方が正しく、一方が不正であると、単純に区別することは不可能であろう。しかし、勝者により一方的に敗者が裁かれることが認められるのなら、各国は正義や真理ではなく、敗者とならぬための軍事力、さらにはいかなる手段を用いても勝利することを求め続けねばならなくなる。
大東亜戦争では多数の国民が犠牲となった。そして日本は敗戦を喫した。当然、その指導者には責任があるであろう。しかし、「法律的責任」と「道義的責任」をここで混同してはならない。また、道義的責任とは処刑などによって償われるものではない。東京裁判は、我々から真理を奪い、歴史的事実を歪め、責任を問う術を失わせたのである。そもそも「A級戦犯」として彼らが選ばれたのは、彼らが東京裁判という復讐劇の仇役として相応しい、名の知れた「役者」であったからである。彼らに騙されたと責任をなすりつけ、いまもなお彼らの遺族を苦しめ続けている我々の道義的責任が問われる日も近いだろう。
国際法を逸脱した軍事行動に過ぎず、本質的に連合国側の政治的措置であった東京裁判とは、戦後の日本国民を卑屈にさせ、祖国の歴史を誇りを持って顧みることを忘れさせた病弊、愚民化政策に他ならない。そこには賛美も反省も存在しない。全てが欺瞞なのである。
東京裁判史観を克服する時こそが、「歴史を鏡とする」第一歩であり、真の戦後、精神的占領からの解放の時なのである。
最後に、東條英機の「もうひとつの遺言」を掲げる。この遺書は「生きて虜囚の辱を受けず」とし、自殺未遂を図った際に押収されたものである。

英米諸国人に告ぐ
今や諸君は勝者である。我が邦は敗者である。この深刻な事実は、私は固よりこれを認めるにやぶさかではない。しかし、諸君の勝利は力の勝利であって、正理公道の勝利ではない。私は今ここに諸君に向かってその事実を列挙する時間はない。しかし、諸君がもし虚心坦懐で公平な眼孔をもって、最近の歴史的推移を観察するなら、思い半ばに過ぎるものがあるであろう。我らはただ微力のために正理公道を蹂躙されるに到ったことを痛嘆するだけである。いかに戦争は手段を選ばずと言っても、原子爆弾を使用して、無辜の老若男女、数万もしくは十数万人を一挙に殺戮することを敢えて行うごときに到っては、あまりにも暴虐非道と言わざるを得ない。
もし諸般の行いを最後にして終えなければ、世界はさらに第3、第4、第5の世界戦争を惹起し、人類を絶滅するに到らしめるまでは止むことがないであろう。
諸君はすべからく一大猛省し、自らを省みて天地の大道に対し恥じることないよう努めよ。
日本同胞国民諸君
今はただ承詔必謹あるのみ。私も何も言う言葉がない。
ただ、大東亜戦争は彼の国より挑発されたものであり、我が国は国家生存、国民自衛のため、やむを得ず立ったのみである。この経緯は昭和16年12月8日の宣戦の大詔に特筆大書され、太陽のごとく明白である。ゆえにもし世界の公論が、戦争責任者を追求しようとするならば、その責任者は我が国にあらずして彼の国にあり、すなわち彼の国の中にもまたそのように明言するものがある。不幸にして我が国は力足らずして彼の国に敗れたが、正理公義は厳として我が国にあり、動かすことはできないのである。
力の強弱は、決して正邪善悪の基準としてはならない。人多ければ天に勝つ、天定まれば人を破る、これは天道の法則である。諸君にあっては大国民の誇りをもって、天定まる日を待たれんことを。日本は神国である。永久不滅の国家である。皇祖皇宗の神霊は畏くも照鏡を垂れ賜う。
諸君、願わくは自暴自棄となることなく、喪神落胆することなく、皇国の運命を確信し、精進努力をもってこの一大困難を克服し、もって天日復明の時を待たれんことを。
日本青年諸君に告ぐ 日本青年諸君、各位。
我が日本は神国なり。国家最後の望みはただ諸君一人ひとりの頭上にある。私は諸君が隠忍自重、何度失敗しても志をまげず気を養い、胆を練り、もって現下の時局に善処することを祈ってやまない。
そもそも皇国は不幸にして悲境の底に陥っている。しかし、これは多少や強弱の問題であり、正義公道は始終一貫して我が国にあることを毫も疑いをいれない。
また、幾百万の同胞がこの戦争のために国家に殉じたが、必ず永遠にこの英魂毅魄は国家の鎮護となるであろう。殉国の烈士は、決して徒死したのではない。諸君、願わくは大和民族である自信と矜持とをしっかり持ち、日本三千年来、国史の指導に従い、忠勇義烈なる先輩の遺旨を追い、もって皇運を無窮に扶翼し奉ずることを。これ実に私の最後の願いである。
思うに、今後強者に跪随して、世間におもねり、でたらめな邪説にむやみに同調する輩が少なくないだろう。しかし、諸君は日本男子の真骨頂を堅守せよ。
真骨頂とは何か。忠君愛国の日本精神、これのみである。


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