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新天皇即位

新天皇即位

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昨日、天皇の即位を祝う宮中参賀に行ってきた。

当地から東京に行くには高速バスの利用が一番便利なのだが、連休の帰京ラッシュで上りの渋滞予報もあり、時間が心配だった。
朝7時のバスに乗ったが、意外にも中央高速は新宿まで渋滞は全くなく、定刻通りに着いた。

かく、東京駅までは順調だったが、東京駅から皇居正門までの1kmがは大変なことになっていた。
東京駅を背に皇居に向かって歩き始めると、とても尋常ではない人間の流れが目に入る。
国道1号線を超えると警察の規制が行われていた。
閉鎖された道路や歩道に数千人の塊が幾つも作られ、待機させられていた。

私がその塊の一つに組み込まれた時間は午前10時頃だったが、その時、何万人の群衆の一人になったのか、人の波を数えることもできず、予測も尽きなかった。
報道からすると既に10万人近くの人が居たのではないかと思われる。

10時の参賀に出た人たちが参賀を終え坂下門から出てくるのが見える。
規制を受けて1時間・・・参賀を終えて出てきた人の分だけ待機組が前に進む。
我々もようやく皇居前広場に向かって進む。
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皇居前広場に入ると手荷物検査と金属探知機の検査を受け、再び待たされることに。
炎天下で再び待つこと1時間、立ちっぱなしで身動きが自由にならない密度での待機に熱中症患者が出なければ良いがと思ったが、案の定少なくない人が救急のお世話になったようだ。
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立ちっぱなしですでに2時間、足の筋肉が固まってしまって足の動きもぎこちなくなる…と思った頃にようやく我々の集団が皇居正門、二重橋、そして参賀が行われる宮殿東庭に向かって動き出した。午後1時の参賀に向かって。
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これまでに宮中参賀は何回か来ているのだが、これだけ待たされ、これだけ多い人混みの中での参賀は初めてである。
宮殿東庭に着いたが、われわれの集団は最後尾で「おでまし」の舞台が見えない。
モニターを見ながら確認する有り様で参賀した気にならず、この後の2時の参賀までさらに1時間宮殿東庭で待つことにする。
「お出まし」となり、正面、前から中ほどの所に位置を得、天皇陛下、皇后陛下、秋篠宮さま、紀子さま、真子さま、佳子さまを拝見した。
お人柄そのままに優しい天皇陛下のお言葉、お声も耳にした。
心配された雅子さまも、婚約記者会見での決意を秘めた黄色の勝負衣装を再び装われ並々ならぬ決意のほどを思わせた。

「令和」の時代は厳しい時代となることが予想される。
が、国際感覚豊かで誠実さあふれる天皇陛下並びに皇后陛下であれば、象徴として相応しい天皇の道をさらに力強く歩まれることを確信し、また祈る次第である。

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         令和の政治は共同体思想で

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時代は、平成から令和に移った。
人生の通過儀礼のように、時代が新天皇の即位を借りて一つの節目を作った。

新天皇の即位は、国民においても生涯に滅多にお目にかかれない「ハレ」の日でもあった。
日本の「ハレ」は「晴れ」であり、非日常としての「晴れ舞台」は心機一転するための「場」の提供でもあったろう。
新年号にともない日常としての「ケ」・・・「気」「気枯れ」に「喝」を入れ直し「決意」を新たにした国民も少なくない事であろう。

また、国民から見る「ハレ」としての天皇の象徴行動に見る文化的・道義的純度の高さは、反射的に日常的な「ケ」としての政治の在り方を自ずと厳しく問うことになる。
日常としての政治の「ケ」が、「ケガレ=穢れ=気枯れ」を連想させるに十分な状況があるからである。

平成時代は、昭和の高度成長の成功体験にとらわれ、やるべきことから目をそらしてきた不作為の時代で、無目的に格差社会を築いた共同体崩壊の時代であったという評価が多い。
その舵取りをしてきた自民党には、ひときわ強く「共同体社会・日本」を意識した政治感覚を取り戻して欲しいと思うのは当然のことである。

小さな塊に満足している野党には期待できない以上、自民党自らが目覚めるほかに手立てはない…。

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「令和の時代」始まる!

新天皇が即位し令和の時代が始まった。
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譲位した上皇に「ご苦労様でした。感謝の念でいっぱいです」と屈託なく語る国民の姿を見ていると、政治権力を介せず直接国民に接点し寄り添う国民的な新しい象徴天皇制の道を切り開いたことを実感させる。

新天皇の今日のお言葉も「上皇陛下のこれまでの歩みにに深く思いをいたし、常に国民を思い、国民に寄り添いながら日本国および日本国民統合の象徴としての責務を果たす」とあり、国民目線に立つ国民の幸せへの直接的な「祈りの道」を歩むことを誓われている。

日本の秩序維持に必要とされて生まれ、有史以来維持されてきた天皇制である。
平成30年間における上皇の行動的な「国民の為の祈りの道」の実践が国民の共感を呼んだとも言えよう。
今日の天皇、および天皇制は、最も国民の支持を得ている時と言える。

天皇の国民との文化的で直接的で道義的な行動は、時に政治権力を凌駕しかねない。

「令和」は現政権が選んだ年号である。
「令和」を考案した中西進氏は「今日は野放図で社会に目標も目的もない。「令和」は美しく整い調和した社会をいう」とし、「社会目標として「令和」を提案した」と語っている。
時代精神と言うべきである。
英訳も「ューテイフル・ハーモニー」に決まったそうであるから、政治の世界も改めて凹凸の激しい社会の負の部分に目を向けるべきであろう。

昭和の時代にはみんなが助け合った家庭や職場、地域だったが、平成で随分と壊れてしまった。
壊れたまま新しい社会の姿が見えていない。
今さら3丁目の夕日の古き良き時代にも戻れない。

美しく整った共生・調和する「令和社会」を実現するには、自由も野放しではありえない。
「令和」に近づくには、改めて「公の心」「共同体精神」の再生を図る必要があろう。

日本は今、少子高齢化の波の中でもがいている。
中でも政治は新年号・令和の意味するところを良く含み、政党も政治家も国民の幸せに焦点を合わせ、未来に向かった魅力ある政策を競って欲しいと願うのである。

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令和の時代(下)

令和の時代(下)


昭和の、特に高度成長期の日本は「一億総中流時代」と言われたように国民の生活様式に特別大きな違いはなかった。
マルクスは「経済の仕組みが人間および社会を規定する」と言ったが、同じような経済生活は同じような国民意識を育てていたようにも思える「昭和の時代」であったように思う。

その「昭和」もバブルで「正気」を失い、大げさに言えば「平成」は道徳なき弱肉強食の「獣の時代」になったとも言えよう。
その象徴が「アベノミクス」であったろう。

「アベノミクス」は、一言で言えば中国の小平が唱えた「先富論」・・・先に豊かになれる人が豊かになり、豊かになった人は他の人も豊かになれるように助ける…の焼き直しであった。
日本では、「トリクルダウン」…富めるものが富めば貧しい者にも自然に富がしたたり落ちる…と。

しかし、中国がそうであるように豊かになった人はさらに富を求めて忙しく、とても他の人を豊かにする暇も気持ちもない…その結果が、日本の比ではない貧富差の激しい社会実態である。
程度の差こそあれ、日本も格差が拡大した…。

私が警鐘を鳴らしたいのは、この格差拡大にともなう副作用である。
アメリカの社会分裂…。
イギリスもブレグジットで社会分断が起きている。
フランスでも格差が暴力沙汰を生んでいる・・・。

日本だけは例外という訳には行かない。
このまま進めば、日本も欧米諸国と同じ道を歩むことになる・・・。

マルクスの言葉を借りれば「階級闘争」という事になる。
その道は「ご免」であるが、既にその「階級的な思考」の兆候が表れている。

そのひとつが昨日取り上げた「政治家の差別的で階級的な問題意識」である。
国民の側の意識でも「差別的で階級的な意識」が進んでいる。

身近な例として、先日10人の死傷者を出した東京・池袋での交通事故・・・運転していた87才は逮捕されなかった・・・逮捕されなかったからマスコミ報道でも「容疑者」とは言われなかった。
ところが、その翌々日に神戸・三宮で同じように8人の死傷者を出したバス事故が起きた…運転していた64才は現行犯逮捕され、容疑者報道された。
どちらも自動車運転処罰法違反(過失致死)なのだが、逮捕の有無、報道の容疑者扱いの有無・・・。
この扱いの差が国民の「差別意識・格差意識」を呼び覚ましている。
ネットでは、池袋での87才が旧通商産業省工業技術院院長であり、いわゆる「エリート」であるから逮捕されないんだと「上級国民」という言葉まで使って「差別扱い」を批判している。

池袋の87才は入院治療で逮捕されないだけなのだが、国民の側の意識としては、先の「モリカケ問題」もあり、扱いの違い・・・「格差意識」から「上級国民」とか「下級国民」とかの「差別語」?あるいは「区別語」をもちいてるようである。

物の見方の差は、考え方の差である…。
自覚がないままに階級的視点が誕生する…。
それがいつしか社会の分裂・分断を生み…。

私はマルクス主義を多くの点で認めていないが、しかし、経済構造が国の性格を規定することは多分に事実である。
中でも税制はその柱である。
国民の総中流化を目指して累進制税制の見直しと強化を図るべきであろう。
そして抜け穴だらけの金持ち優遇措置を即廃止するべきである。

「令和」の英訳は「ビューテイフル・ハーモニー」というそうだが、「令和」の考案者の言うように、それは「麗しい調和」でなければならない。
「令和の時代」は、今は昔の「先富論・経済成長万能主義」をはなれ、「心の豊かな時代」へと大きく舵を切り直す時と強く思う。




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令和の時代(中)

令和の時代(中)

超党派の国会議員勉強会・座長(馳元文部科学大臣)で議論している「いじめ防止対策推進法」の案に対し、いじめで子供を亡くした遺族らが反発している。
座長案の前に示された最初の案には、「いじめを放置した教員の懲戒処分」や「学校側がいじめ防止の基本計画を策定する」などの内容があったが、今回示された座長案ではそれらが削られ、いじめ防止の骨格が骨抜きにされ案が後退したように見えるからである。

座長の馳氏は「学校側の負担増を懸念し、教員を威圧するような表現は控えた」結果としている。
しかし、遺族側は「一体、誰を守るための法律なのか」「学校にガバナンスがないからいじめ死が起きているのに」などと批判している訳である。

ここで「いじめ防止論」を言いたい訳ではない。
私はこの記事を読んでいて、この国会議員の問題意識の在り方を疑った・・・。

この法律を創って「誰を守ろうとしているのか」…子供の命以外にないであろう。
それが、まさかの「学校を守る」という発想が上位に来ている…。
今どきの政治家の感覚とはこのようなものであろうか…。

私はこの国民を代表すべき政治家の感覚を狂わせた一つの理由として、やはり平成時代の政治を上げざるを得ない。
平成時代の最も大きな特徴は、日本はひたすらアメリカ社会を目指して進んだことだった。
富めるものを益々富ませ、上下に社会的格差を大きく広げた時代でもあった。

富裕層に恩恵のある累進的な所得税や法人税を下げ、国民には負担の大きい逆進的な消費増税で穴埋めをしてきた。
起きなかった「トリクルダウン」は経済を成長させるどころか社会保障の低下を招いている・・・。
平成時代はこの意味で「日本社会・分断の時代」だったとも言える。

「令和の時代」は、かつての「一様な日本」・・・「総中流階級の日本」を取り戻す時代にしなければならない。
比較的一様だった国民の風景を・・・つまりもっとも日本的な風景……習慣・文化・歴史・伝統・・・を取り戻さなければいけない。

格差の時代から「日本の心の豊かな時代」へと大きく舵を切らなければいけない。
「日本の心」とは、家族主義、郷土愛、共同体社会、共同体国家・日本に見られる「連帯の心・公徳心」である。

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