静岡県人だって古墳に興味が〜る

静岡って「古墳好き」って言うと「え?」って言われる県。に住まう、かつてはガールだった私。

古墳のお勉強

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本日は、雨。

巨大前方後円墳の移り変わり

についてお勉強しました♪
まず、巨大前方後円墳とは全長200メートル以上のものをいう。

箸墓古墳から始まる!
これは、初心者ながらに知っていました♪

奈良盆地 の神々の宿るとされる三輪山の麓 (=ヤマト王権の聖地!)に造られる!
ヤマト王権の発生した畿内地方っていわゆるどこだろうと思っていましたが、
具体的にそこだと知ることができました!!

中期にささしかる頃より、巨大前方後円墳の造られる場所が大阪平野に移る!
なぜか?それは、河内の勢力が成長し、政権を大和から舵手したとする「河内政権説」と、大和勢力が、河内平野の開発をすすめ、王宮は大和に置きながらも墓地だけを河内に築いたとする説がある。
うーん!後者はなんかひっかかる。神々の宿るとされる三輪山の麓を離れるだろうか?

でも後期後半で、
大王墓の所在地は奈良盆地へ戻る!!
謎!!

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古墳 副葬品

副葬品


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>>前期 → 中期 → 後期
  司祭 → 武人 → 官僚

と、その時期に埋葬された副葬品を見て、首長の性格が分かる!!!

面白い!!
※参考文献:松本清張『遊古疑考イメージ 1

側面部を正面とした場合
横穴式石室では、南、南方、西南の方向が多!北、東北、西北が少!
中国では、東・南を陽/西・北を陰とする思想がある。


しかし、前方後円墳は、勝手気ままな向きをしている!
これは、他の古墳の側面の視点を邪魔しないよう、
斜にしたり、ずらしたりしているからと考えられる。

前方後円墳の築造技術者は、応神系統の渡来人と考えられ、
その設計図には、朝鮮から来た風水説が盛り込まれていると考えられる。

そもそも、風水説とは

<地形や方位の吉凶を判断して、死者を葬るに適当な場所を占い求める理論。
地中に流通する生気が、水によって限られ、風によって散らぬ場所を山川の地勢に従って選び、そこに生者の住居を建てるか、または死者を埋葬すれば、子孫はその気を受けて富貴福寿を得ると進ぜられている。>

平凡社『世界大百科事典』より


ちなみに、四神についても

北=玄武=来竜 ・・・五行の気が躍動してくること恰も龍の隠顕伸縮するが如き!
東・西=青龍・白虎=衛護 ・・・来気がここに生気としての活動を開始する場合に、他より障害を受けざるよう!
南=朱雀=対朝 ・・・この地に朝貢する者の如何によって、主人の態度運命が変化するが如く、よくこの地の生気に重大な影響を及ぼすため、相対する者としての役目を果たす

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竪穴式 → 横穴式

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>>時代で変わるのですね
玄室に埋葬施設を書き加えた方がわかりやすかったカモ。。

埋葬施設の変遷

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>>古墳の形だけではなく、埋葬施設のつくり方にもランクがあるのですね!!りょーかい☆

古墳の形

古墳の様々な形

形のランク
 1位:前方後円墳
    この形の古墳に埋葬されている人は、天皇をはじめ、各地の有力な豪族、ごく一部の高貴な人。
    地域で最上位の首長が採用している場合は、ヤマト王権と密接な関係を結んだことを宣言している。
 2位:前方後方墳
    古墳前期に広く造られた。形のルーツは弥生時代の墳丘墓による。弥生終末から古墳前期にかけて、東   
    海地方の土器が東日本一帯に移動し、そのあとを追うように前方後方墳が出現している。このため、東方
    への古墳文化の波及には、最初に東海地方の勢力が関係したと考えれています。つづいてヤマト王権の
    影響が強くおよび、東日本の上位の首長墓は、前方後円墳に転換。前方後方墳は前期のうちに消滅。
    ※ただし、島根県西部には残る。
 3位:円墳
    一般的な古墳の形。数も一番多い。
 4位:方墳
    前方後円墳消滅後(飛鳥時代)に、大王稜として最上位に位置づく。
    しかし、古墳時代の方墳は別な系統であり、ランクは下位。
    5世紀の方墳の被葬者には、渡来人(鍛冶に関わっていた)を含む。


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前方後円墳は、時代(前期と中〜後期)によって、形が変わる!

・前期は、後円部と前方部に高低差があり、時を経て徐々に双子山になってゆく
・また前方部の広がりも、狭いしゃもじ型から、時を経て徐々に広くなってゆく
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前期(3−4C):前方部の幅が狭く細長い平面形、後円部より前方部が低い
         前期初頭は、山上や丘陵上に造られる→前期後半には平野部へ

中期(5C):前方部の幅は後円部の直径と同じくらい、高さも拮抗、墳丘は3段に整えられた
        墓域の拡張、広大な二重の周濠、墳丘の造り出しの出現

後期(6C-):前方部はさらに幅広く、高く発達

古墳の構成要素と名称

・古墳は精密な採寸により、規格通りに設計されている

・それぞれの部位に意味があり、その意味をひもといていくと、
古代人の価値観や文化に対する考えがみえてくる。
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<墳頂>古墳で一番高い部分。内部に石室あり
<墳丘>前期の古墳は山の裾野を削って、有効利用して造られているものもある。
<造り出し>半円や長方形で造られている場合が多い。祭事を行ったとされる
<陪塚>被葬者の親族や家臣が葬られている。副葬品の場合もある。
<葺き石>斜面は石で覆われ、石垣のようになっている場合もある。
<堀(壕)>当時、水は入っていなかった。

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