http://www.kbc.co.jp/tv/kanemi/image/midashi_outline.gif概要http://www.kbc.co.jp/tv/kanemi/image/image_outline.jpg1968年、北九州市に本社を置くカネミ倉庫が製造した食用の米ぬか油を食べた西日本一帯の1万4000人以上が吹き出物や内臓の疾患、がんなどの被害を訴えた。原因は油に含まれた猛毒のダイオキシン類。患者の症状は44年がたった今も続く。認定患者は2012年3月末現在、1966人(うち死亡者数596人)にのぼる。
被害の発覚カネミ油症事件は1968年(昭和43年)10月10日、朝日新聞が「正体不明の奇病続出」と第一報を報じたのが発覚の発端だった。西日本各地で吹き出物や手足のしびれ、倦怠感などの健康被害を訴え出る人が相次いだのである。原因は北九州市に本社を置くカネミ倉庫の米ぬか油「カネミライスオイル」。被害は福岡県を中心に西日本一帯に及び、1万4000人以上が被害を訴え出る「国内最大の食品公害」となった。
人類初のダイオキシン類による食中毒被害中毒の原因は当初、油の臭みを取る工程の熱媒体として使われた有機塩素化合物PCB(ポリ塩化ビフェ二ール)とされ、患者の症状は次第に軽減されると考えられていた。しかし1974年、油にはPCBが加熱されることで変性した猛毒のダイオキシン類、PCDF(ポリ塩化ジベンゾフラン)が主な原因物質であることが判明する。2001年には国もダイオキシン類が主原因であることを認め、カネミ油症事件は「人類が初めてダイオキシン類を直接口から食べた」事件であることが明らかとなった。
患者の症状ダイオキシン類はベトナム戦争(1960年〜1975年)でアメリカ軍が使用した「枯葉剤」にも含まれていたことで知られる。症状は吹き出物などの皮膚症状や手足の痺れといったものから、肝機能障害、骨の変形、歯の異常や頭髪の脱毛、流産、がんに至るまで全身の多岐に及び、カネミ油症は「病気のデパート」とも言われる。
これまで多くの被害者たちが、がんなどを発症し、死亡している。ダイオキシン類は体内での残留性が高いことでも知られており、患者たちの症状は44年がたった今も続いているのが現状である。 次世代被害ダイオキシン類の大きな特徴の1つは被害が子や孫の世代に引き継がれることである。事件発生当時には油を食べた女性患者から皮膚の色が黒ずんだ「黒い赤ちゃん」が生まれるケースが数多く報告され、社会に大きな衝撃を与えた。2010年5月、国は認定患者を対象に実施した健康実態調査の結果を公表したが、子供、もしくは孫に「吹き出物がある」、「疲れやすい」などといった被害を訴える患者が調査対象者ののべ半数以上に及んでいる。
差別と偏見カネミ油症の根本的な治療法は今も見つかっていない。また「黒い赤ちゃん」など被害が次世代に引き継がれていく懸念などから患者たちは事件発生当初から結婚や就職などで激しい差別や偏見に見舞われた。患者たちは次第に被害について口をつぐむようになり、毎年一部の自治体で実施される油症検診すら受診しない患者が相次ぐようになるなど、被害の実態把握は大きく遅れた。また患者の多くが家庭の食卓でカネミ油を食べたケースが多いことから、家族ぐるみで油症の症状に苦しみ、働けなくなったり、医療費がかさむなどして生活困窮に陥るケースが相次いだ。
未認定問題と認定基準2012年3月末現在、カネミ油症患者として認定されたのは1966人(うち死亡者は596人)。被害を訴え出た1万4000人の約14%に過ぎない。厚生労働省の全国油症治療研究班が定めた認定基準によって被害者の認定、未認定が振り分けられ、現在は血中のダイオキシン濃度が最も重要視されている。しかし、その基準の妥当性には疑問の声も上がっている。
裁判と仮払金問題カネミ油症をめぐる民事裁判は発覚の翌年1969年に始まった。裁判は責任企業のカネミ倉庫やPCBを製造したカネカを相手取り1986年までに8件が提起され、うち5件については被害の拡大責任を問われた国も相手取って行われた。原告は1985年までにカネミ倉庫だけでなく、国にも2度勝訴。しかし、翌86年5月、全国統一民事訴訟第二陣の二審判決で流れは変わり、国に逆転敗訴した。その後最高裁も原告敗訴の見通しを示したことから、原告は国への訴えを取り下げる。その結果原告は先に受け取った1人当たり約300万円の賠償金の仮払金を返還する義務が生じ、すでに医療費や生活費などにつぎこんでいた原告たちの中には返還に応じきれず、自殺者も現れるようになった。その事態を重く見た当時の自公政権は2007年に仮払金返還を免除する特例措置法を成立させ、仮払金問題は一定の解決に至る。
2008年には87年の裁判終了後に新たに認定された新認定患者がカネミ倉庫を相手取り損害賠償請求訴訟をおこし、現在も裁判は続いている。 取り残されていた患者救済(〜2013年3月)カネミ油症の被害者は油症検診を受診して患者と認定されない限り、一切の医療費助成を受けることができない。さらに認定されても責任企業のカネミ倉庫からは見舞金23万円の支給(認定時のみ)と、認定後の医療費の一部が支給されるだけで、過去の裁判の原告への賠償金500万円も経営難を理由に支払いが凍結されたままである。国は治療研究の資金として全国油症治療研究班に約2億円の研究費(2012年度)を、そしてカネミ倉庫には経営を支援するため政府米の倉庫代 およそ1億5000万円(2011年度)を支払っているが、過去の裁判で原告側が国への訴えを取り下げたことを根拠に、患者に直接、医療費などの公的支援を行うことを一貫して拒んでいる。
政権交代で芽生えた救済の機運事件から42年が経過した2010年、患者の高齢化が進む中、患者と支援者は政権交代を機に2010年1月以降、医療費の公的負担などを盛り込んだ「カネミ油症被害者救済法案」の成立を求めて全国で被害者集会を開催し救済を訴えた。そして3月には、患者と支援者が民主党幹事長室に救済法案の成立を陳情。民主党内でも一部の議員が救済法案の議員立法の検討を進めるなど、法案成立への機運が高まっていたが、2010年6月の鳩山総理辞任などの 政局の混乱を受け、法案の通常国会提出は断念された。
被害者救済法の成立2011年8月、被害者からの声を受けて民主、自民、公明など有志の国会議員は超党派の国会議員連盟を設立。被害者救済法成立に向けた機運が再び高まりはじめた。そして、翌2012年3月には自民、公明両党がまとめた救済法案に民主も合意し、救済法成立は現実性を帯び始める。しかし厚生労働省などが「食中毒は原因企業による補償が原則」などとして法制化に強く反発。それを受けて民主党は一転、法案ではなく国の予算措置による救済案に傾くなど救済へ向けた動きは迷走する。結局、自民、公明が民主を引き込む形で超党派の議員連盟は法案をまとめ議員立法で国会へ提出。2012年8月29日の参院本会議で救済法は可決、成立された。
医療費の公的支給ならず・・・ カネミ油症被害者救済法国は救済法に基づく支援策として2013年度から当面、認定患者を対象に毎年1回健康実態調査を実施し「支援金」として年19万円を支給。また従来からカネミ倉庫に対し行われている備蓄米などの保管委託を拡大してカネミ倉庫の経営支援策を拡充させ、カネミ倉庫からも年5万円を支給する。さらに認定基準も見直し、被害発覚当時に認定患者と同居していた家族などで未だ未認定のままの患者も認定することになった。しかし、患者の医療費については国からの支給は見送られ、従来通りカネミ倉庫から支給されることとなり、国からの直接救済を望んでいた患者からは失望の声が相次いだ。
残された次世代被害今回の救済法成立は、患者にとって完全救済への「大きな一歩」に過ぎないと言える。認定基準が見直されたとはいえ、大半の未認定患者は救済されないままであり、被害者が高齢化する中、未だ根本的な治療法の開発にも至っていない。また子や孫への「次世代被害」に対する救済も手付かずの ままである。カネミ油症被害者の完全救済には未だ多くの課題が残されたままとなっている。
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読売新聞、11月10日
研究は、母親の胎盤を通じて胎児がダイオキシン類にさらされる被害の世代間連鎖を裏付けるため、宮 田教授とカネミ油症被害者支援センターによって行われた。女性被害者5人(うち認定被害者1人)の子供9人、孫2人にへその緒を提供してもらい、ダイオキシン類の濃度を測定した。 孫2人は、1995年と2000年生まれのきょうだいで、濃度は乾燥したへその緒1グラム当たり220ピコ・グラム(ピコは1兆分の1)と130ピコ・グラム。同年代の人の平均とされる85ピコ・グラムと比べて高濃度だった。家族によると、2人とも病弱という。子供9人については、350ピコ・グラムから1万1000ピコ・グラムと幅があった。へその緒の濃度と、子どもの体内の濃度とはどのような関係があるのか、この記事には書かれていない。「同年代の人の平均」より高い220pgや130pgという測定値が、「同年代の人」では、どのぐらいの頻度で観察されるかが書いていないので、どのぐらい高い濃度なのか良くわからない。「子供9人については、350ピコ・グラムから1万1000ピコ・グラムと幅があった。」とあるが、孫の親のへその緒中の濃度は、測定の有無を含めて書いていない。「子供9人」のうち、1人が親である「孫2人」について、測定しているが、他の子どもには、子どもがいないのだろうか。さらに、「孫2人」は、女性被害者の娘の子供か、息子の子供かについても書かれていない。 この記事を読む限りでは、どうして血液中の濃度でなく、へその緒中の濃度を測定したかがよくわからない。以前は、カネミ油症は、PCBによって引き起こされたと考えられていたと記憶しているが、今はPCBについては、濃度測定の必要もないぐらいの影響と考えられているのだろうか。わかりにくい記事だと思う。
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活動名, ・中学生を対象とした出前講座・総合学習活動・大学生を対象とした講座活動・ ダイオキシン汚染など「食品公害」に関する啓発活動. 目 的, カネミ油症被害の全体像の 解明と、次世代への継承. 日 程. 平成25年6月〜平成26年1月. 対 象(参加者数). www.yusho.hosp.kyushu-u.ac.jp/seminar/index.html - キャッシュ
九州大学病院油症ダイオキシン研究診療センターのご案内。 ... 油症ダイオキシン研究 診療センターでは、「ダイオキシン類の毒性を抑制する可能性がある食物とその成分」を 紹介しております。 ... 5月28日(木), 場所, 奈留保健センター(長崎県五島市奈留町). www.yusho.hosp.kyushu-u.ac.jp/gairai/ - キャッシュ
油症外来は九州大学病院、長崎大学病院、長崎県五島中央病院の3施設で連携をとり ながら、油症患者さんのニーズに応えることのできる体制づくりを行っています。お気軽 にお近くの外来にご相談ください。 また、スムーズな診療を行えるように、ご来院の際は ... blue.ap.teacup.com/documentary/366.html - キャッシュ
2005年10月5日に掲載した「五島で初のPCB・ダイオキシンシンポジウム」(記事 カテゴリは「ニュース」)関連の長崎新聞の記事をまとめました。 PCB・ダイオキシン シンポ9日開催へ準備着々 カネミ油症関連写真展示 五島【五島】国内最大規模の食品 公害、 ...
「PCB・ダイオキシンシンポジウムin五島」関連記事 公害・薬害・環境・医療問題
2005年10月5日に掲載した「五島で初のPCB・ダイオキシンシンポジウム」(記事カテゴリは「ニュース」)関連の長崎新聞の記事をまとめました。
PCB・ダイオキシンシンポ 9日開催へ準備着々 カネミ油症関連写真展示 五島 【五島】国内最大規模の食品公害、カネミ油症事件と環境問題について考える「第一回PCB・ダイオキシンシンポジウムin五島」が(実行委主催)の五島市開催を九日に控え、実行委メンバーは六日、市内の事務所で配付資料の作成など準備を進めた。 同市は油症患者が集中し、今も複合的な症状や生活苦に悩む人は多い。実行委は患者と一般市民で構成。カネミ油症五島市の会など後援。シンポでは厳然と続く油症被害の実態や油症の主因物質、ダイオキシン類などの問題を詳細に伝える。油症関連の本格的シンポは同市で初めて。 実行委メンバーは六日、浦口一郎委員長(38)の事務所で、会場に展示する写真やパネルをチェック。患者の生活の様子や吹き出物で覆われた皮膚、「黒い赤ちゃん」など百点に上る写真の展示方法などを検討した。 実行委の新垣優子さん(39)は「カネミ油症の問題をもっと知り、伝え、子どもたちが安全に暮らせる環境と国の在り方を考えたい」と話した。 九日は午後一時から三尾野一丁目の市福江総合福祉保健センターで開催。患者が被害実態を訴えるほか、弁護士や研究者らが講演。歌手の加藤登紀子さんら著名人のビデオレター上映もある。 (長崎新聞、10月7日掲載) 聞きたい言いたい ◆PCB・ダイオキシンシンポジウムin五島実行委員長 浦口一郎さん(38) うらぐち・いちろう 五島市玉之浦町出身。1歳のころカネミ油を母乳や離乳食などを通じて摂取。県立五島商高(現五島海陽高)を卒業後、島外で商業写真の修業を積み同市にUターン。現在は、総合防災のアール・テクノ・サービス代表社員。2002年に結成したダイオキシンを考える会の共同代表。同市吉田町在住。 油症の教訓次世代へ <カネミ油症事件の被害者が集中する五島市。一九六八年の事件発生から三十七年がたった今、カネミ油症とダイオキシン問題のシンポジウムが九日午後一時から同市の福江総合福祉保健センターで開かれる。広く市民に参加を呼び掛ける実行委の思いと今後の展開を聞いた> ―浦口さん自身が油症患者ですね。 発症は一歳ごろ。小さいころから体調は悪く、ぜんそくの発作でもよく入院した。両親も非常に苦しんだらしい。でも当時の記憶はなく、自分自身は油症のことはあまり気に留めず生きてきた。油症の患者会の活動に参加したことはない。 ―油症やダイオキシンの問題に踏み出したきっかけは。 ダイオキシン汚染はいつ自分に降り掛かってくるか分からない問題で関心があり、調べていくうちにカネミ油症にたどり着いた。油症の主因物質は、ダイオキシンのポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)。社会の関心が高いダイオキシンの問題と絡め、油症への認識を広げたい。 ―シンポは五島市で初めて。どのような点を参加者に伝えたいか。 若い人の多くはカネミ油症の実態を知らないし、子どもたちの教科書でもほとんど取り上げられていない。とにかくカネミ油症事件が五島で起きたということをまず分かってもらうことが第一段階。そして、幾つもの症状に苦しんでいる人は今も数多くいて救済されていない。加えて現在、国は患者に損害賠償仮払金の返済を迫っている。私の祖母も請求された。国はカネミ倉庫を救い、被害者を追い詰めるという信じられないことをしている。その現実を知ってほしい。 ―今後の目標は。 患者会は高齢化が進んでおり、油症事件への取り組みも世代交代の時期。私たち若手ができることを考えたとき、市民と手をつないで患者会をバックアップしながら事件の教訓を次世代につないでいくことが大切。いつかダイオキシンなど環境問題を考える世界会議を五島で開きたい。「カネミ油」というダイオキシンを直接食べてしまった私たちの情報を世界に発信し、人類に役立てていく。五島市を、そんな街にしたい。(聞き手は五島支局・山田貴己) (長崎新聞、10月8日掲載) カネミ油症の被害訴える 五島でPCBシンポ 国内最大規模の食品公害、カネミ油症事件などについて考える「第一回PCB・ダイオキシンシンポジウムin五島」(実行委主催)が九日、油症被害者が集中する五島市で開かれた。市民ら約百五十人は、事件発生から三十七年がたった今も苦しみ続ける被害者の訴えなどを通じ、事件の背景と被害実態への認識を深めた。 カネミ油症事件は一九六八年、ポリ塩化ビフェニール(PCB)などが混入したカネミ倉庫(北九州市)の食用油により西日本を中心に発生。油症の主因物質はダイオキシン類のポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)。 シンポは、八月に五島市内の被害者で発足したカネミ油症五島市の会(矢口哲雄会長、約八十人)の結成記念。被害者の苦しみを伝えることなどが目的。 浦口一郎実行委員長(38)は「五島市で起きた事件の真実を考えてほしい」、来賓の中尾市長はあいさつで「自分のこととして憤りを感じる。国は手を差し伸べるべきだ」と述べた。 同会事務局の宿輪敏子さん(44)は内臓疾患や腕のまひなど複合的症状、精神的苦痛を語り、カネミ倉庫や仮払金返済を被害者に迫る国を厳しく批判。被害者救済を求めた。 引き続き、女性三人が被害実態を証言。小学一年のころ発症した四十歳代の女性は「ぶつぶつが体中に広がり、うみが魚の目玉のように取れ、そこに穴が開き血がにじみ悪臭を放った。いじめの格好の標的になった」と涙を流した。 幾つもの症状と生活苦の中で成長し、都会で働き始めても苦しみは付いて回り、死に場所を探したこともあったという。女性は「自殺者をこれ以上一人も出さぬよう救済の道を開いてほしい。私たちには教訓を次の世代へ渡す責務がある」と訴えた。 研究者や弁護士らが講演。原田正純熊本学園大教授は油症が皮膚、腫瘍(しゅよう)、婦人科、内科、骨・関節、自律神経などに影響を及ぼす「全身病」である点、油症認定基準が極度に厳密な点を指摘。「皮膚症状は軽減しても全身症状は悪化している。目の前の人間に症状があるのになぜ認定できないのか」と批判した。 (長崎新聞10月10日掲載) www.nagasaki-np.co.jp/douga/20081215/08.shtml - キャッシュ
カネミ油症四十年シンポジウムin五島 ダイオキシン被害をともに考えよう」(実行委主催) が十四日、五島市福江総合福祉保健センターであった。被害者や市民ら約二百人は、 油症事件の複雑な経過を踏まえ、未認定問題など山積する課題の解決を目指すことを ... www.nagasaki-np.co.jp/press/kanemi/kikaku2/05.html - キャッシュ
たった三人の船出だった。五島市の宿輪敏子(45)、浦口一郎(40)、同年代の女性の若手患者は二〇〇二年、「ダイオキシンを考える会」を発足させる。ルポ「黒い赤ちゃん」の著者、明石昇二郎(45)が三人を引き合わせた。「高齢者ばかりでなく、若い人も油症で苦しんでいる。彼らが声を上げれば、油症が決して過去の問題でないことを、社会に認知してもらえる」。明石はそう考えた。
油症患者への差別や偏見は、身をもって感じていた。「夫や子ども、兄弟に迷惑が掛かるのではないか」。宿輪は当初、人前に出るのをためらった。だが、徐々に使命感が芽生えていった。「隠れながら訴えてもなかなか社会に届かない。誰かが顔を出して告発しなければ」。〇三年から省庁交渉などにも参加。〇四年ごろには集会で発言するようになり、カメラ取材に対しても顔をさらし、実名を名乗った。 ダイオキシンを考える会は、一般市民の若手を加え、〇五年十月、患者組織のカネミ油症五島市の会発足を記念し「PCB・ダイオキシンシンポジウム」を同市で開催。患者らは、健康被害や後世への不安、仮払金の苦悩などを赤裸々に証言し、中尾市長や市議、一般市民らに衝撃を与えた。シンポは、その後の市議会、県議会における患者救済を国に求める意見書の可決など、救済の声が拡大していく一つのきっかけとなった。
〇五年十一月、五島市の会の宿輪と矢口哲雄(83)は五島出身の自民党衆院議員、谷川弥一を訪ねた。「患者は差別を恐れ、声を上げられなかったんです」。話が終わらないうちに、谷川は携帯電話のボタンを押した。相手は県五島保健所長。「被害実態を早急に上げるように」。短く指示した。「人命にかかわることだ。おれがやる」。谷川は確約した。目の前で動いてくれた政治家は初めてだった。
カネミ油症被害者支援センターなどが進める日弁連への人権救済申し立ては、〇四年四月から〇六年一月までに、未認定を含む五百十九人が参加。日弁連は五島市などで聞き取り調査を進めた。 同センターと患者の結束も強まり、〇六年四月十六日、北九州市で約二十年ぶりの全被害者集会が実現する。与野党国会議員、全国各地の患者や支援者ら約二百五十人を前に、宿輪と浦口もマイクを握った。 翌日、日弁連は国とカネミ倉庫の油症患者に対する人権侵害を認め、救済を勧告した。(敬称略) 2007年6月6日長崎新聞掲載
seesaawiki.jp/kanemi-yusyo/d/PCBとダイオキシン類 - キャッシュ
「PCB」「ダイオキシン」一度は耳にしたことはあっても、詳しく知らない方が多いのでは ないかと思います。 .... 誌ー』第1章,カネミ油症40年記念誌編さん委員会 長崎県五島市 環境省(2012)「ダイオキシン類2012」(関係省庁共通パンフレット) www.jca.apc.org/tcsse/kaiho/kaiho-66/kaiho66-22.html - キャッシュ
カネミ油症事件とは何か(その2)□カネミ油症事件との出会い
カネミ油症事件の出会いは、ダイオシン問題がきっかけでした。ごみを燃やすとダイオキシンが出るので、脱焼却・脱埋立のごみゼロ資源循環型社会をめざす運動をしていました。 ある時、厚生省と環境庁(当時)を渡りあるいているある官僚が全国各地で「ダイオキシンと人は騒ぐが、ダイオキシンで人が死んだためしがない」と講演している事実を知りました。正直ショックでした。たしかにごみ焼却場の周りで死者が出たという情報はありませんでしたが、健康被害はたくさん出ていました。 そんな時、あるジャ−ナリストから「カネミ油症事件というのは、ダイオキシン入りの食用油を食べた事件で、何人も被害者は死んでいる」というのを聞きました。それがカネミ油症事件を知ったきっかけです。 1999年には市民団体「止めよう!ダイオキシン汚染・関東ネットワ−ク」で、カネミ油症患者と共に、ダイオキシン国際会議でカネミ油症事件を訴えようと決まったからです。 □ダイオキシン国際会議に参加して ダイオキシン国際会議は1980年に発足し、毎年1回、世界各地で世界の科学者や政府関係者を集めて開く国際会議です。 1999年の第19回ダイオキシン国際会議はイタリアのベネチアで開かれました。国際会議は約1週間開かれます。公用語は英語ということで、英語のチラシを持ち、下手な英語でどうやったらカネミ油症事件を説明できるかしらと思いつつ、ベネチアに患者夫妻を連れて行きました。 ベネチア国際会議には1千人が参加しました。国際会議は各分科会に分かれますが、開会前日の前夜祭には参加者全員が一同に会します。そこで参加者にどれだけ訴えられるかが勝負です。カネミ油症被害の大きなパネル写真を持って、カネミ油症を英語で訴えようとしたその時、異変が起こりました。なんと参加者は全員カネミ油症を知っていたのです。 □「YUSHO」は世界語 日本ではカネミ油症事件は、水俣病や広島と長崎の原爆症ほど知られていません。しかし、ダイオキシン国際会議では、イタリアのセベソ事件(1976年に農薬工場が爆発して高濃度のダイオキシンが空から降ってきた事件)と日本のカネミ油症事件と台湾の油症事件(日本のカネミ油症事件から約10年遅れて、台湾でも油症事件が起こった)の3つが専門家、研究者の間では有名な出来事だったのです。「SEVESO」(セベソ)と「YUSHO」(油症)と「YUCHEN」(ユ−チェン=台湾油症をそう発音する)は、「MINAMATA」「HIROSHIMA」と同じく日本語のまま通じる世界語だったのです。 □犯罪的な日本の研究者発表 被害者が国際会議に直接参加したのは、後にも先にもこれが唯一です。私たちは、イタリアのセベソに行き、そこで被害者の代表の人と直接会いましたし、グリ−ピ−スの計らいで現地で記者会見を行い、反響を呼びました。 しかし、驚いたのは、セベソとカネミ油症と台湾油症の分科会で、カネミ油症について発表した、日本の研究者の発表内容です。厚生省(当時)が認知する全国油症治療研究班に属する研究者ですが、「カネミ油症事件は当初(1968年)は被害が激甚だったが、31年経った(1999年当時)現在では症状が軽減している」と発表しているのです。全国油症治療研究班は九州大学医学部が中心ですが、彼らは当初の皮膚科が中心で、しかもその研究者が継続して観察している、九州電力社宅の被害者の状況を、あたかも被害者全体の病像であるかのように報告しているのです。 本当に重症の患者は、九大付属病院のような大きな病院まで来ることができず、自宅で苦しんでいます。年1回の検診も2〜3分しか診ないお座成りな検診であることと、医師が皮膚症状中心にしか診ないため、内臓疾患や生殖器疾患や精神疾患などの重篤な被害者は、あんな検診受けてもしょうがないと忌避しているのです。 □原田正純医師中心に自主検診を開始 とにかく、被害者の実態を知ろうということになり、水俣病で有名な、原田正純医師にお願いし、2000年に初めて長崎県五島列島の福江島と奈留島に、自主検診とヒアリング調査に行きました。 原田正純医師は熊本学園大学教授ですが、精神神経科が専門で、世界で初めて胎児性水俣病を発見された医師です。それまでは、胎児は胎盤に守られ、母親の体内の毒は胎児にはいかないと思われていました。しかし、有機水銀のような重金属はへその緒を通過し、母親は子どもを生む度に子どもに毒素を移し、母親は毒が軽減するという事実を発見した人です。 原田正純医師は人脈が広く、その呼び掛けで、医師や看護師たちが私たちの自主検診に参加してくれました。自主検診やヒアリング調査は、これまでに10回近く行なわれてきました。疫学が専門の津田敏秀岡山大学医学部教授とは、この自主検診活動で知合いました。 □初めは警戒していた被害者がやがて カネミ米ぬか油は高級な植物油として知られていました。皇后陛下も愛用しているとか、健康にも美容にもいいというのがカネミ油の売りでした。 五島列島(福江島、奈留島、久賀島、若松島、中通島)は漁業が主の島で、有名な五島椿の産地で、油は椿油を使っていたので、本来はカネミ油とは無縁でした。 ところが、事件が起こった1968年は、たまたま椿油が不作な年で、そこに、高級なカネミ油を格安で販売すると、カネミ油が島に持ち込まれました。あとでわかったことですが、再脱臭した劣悪なカネミ油が持ち込まれたので安かったのだと言われています。 何も知らない島民は、カネミ油で魚を天ぷらにして食べました。ダイオキシンの毒入り油で元気がなくなると、もっと精をつけようとさらに天ぷらを食べたり、美容に良いと、そのままカネミ油を飲んだ人もいました。 五島列島は隠れキリシタンの里です。島のあちこちに教会が立ち、異国情緒のただよう美しい島です。黒い赤ちゃんが多く生まれたのも、堕胎を避けるキリスト教の影響があったと言われています。 かくして、カネミ認定患者の約2割が五島市に集中したのです。 初めて自主検診やヒアリング調査に入った時は、多くの被害者は私たちを警戒しました。何の血縁も地縁もないよそ者が、事件から30年以上も経ってから、なんで来るんだというのが警戒の理由です。今では笑い話ですが、カネミ油症被害者五島市の会会長がこう言いました。「やって来た人たちは、今はやりのオレオレ詐欺の仲間だと思った」。 こんなこともありました。ある被害者の家に原田正純医師たちと訪問しました。その家の奥さんは複数の黒い赤ちゃんを生んだ人です。ぜひ原田先生に診てもらいたいというので訪問したのですが、家に入ったとたんに主人が出てきて、「お前ら、今ごろ何しにきた。来るなら仮払い金を払う前に来い」とどなり、殴りかからんばかりの勢いでした。私たちは急いで家を出ましたが、その家の奥さんが出てきて言うことには、「お父さんを許してください。カネミを食べる前は人一倍元気な人でした。健康な人を見ると悔しいんです」。 その後、私たちが何回も島に足を運ぶことで、私たちの本気さ真剣さが伝わりはじめ、やがて、被害者とネミ油症被害者支援支援センタ−のきずなが生まれるようになっていきました。 www.wesleyan.ac.jp/~peace/2foods/02nagasaki_siborto.htm - キャッシュ
食品を介したダイオキシン類等の人体への影響の把握とその治療法の開発. PDF1. 14MB 添付資料 PDF632KB 全国油症治療研究班 班長 九州大学病院油症 ダイオキシン研究診療センター長 ... 五島市の概要/五島市支援行動計画/ 五島市食育 推進計画/
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ダイオキシン類
ダイオキシン類(ダイオキシンるい、Dioxins and dioxin-like compounds)は、ポリ塩化ジベンゾパラジオキシン (PCDD)、ポリ塩化ジベンゾフラン (PCDF)、ダイオキシン様ポリ塩化ビフェニル (DL-PCB) の総称である。これらは塩素で置換された2つのベンゼン環という共通の構造を持ち、類似した毒性を示す。
2,3,7,8-テトラクロロジベンゾパラダイオキシン(2,3,7,8-Tetrachlorodibenzodioxin, TCDD)はダイオキシン類の中では最も毒性が高く、IARCにより「人に対する発がん性がある」と評価されている。マウスならびにラットの動物実験では催奇性が確認されている。
定義
これらの定義に当てはまる化学物質の異性体は計419あるが、そのうち31に顕著な毒性がある。
ただしダイオキシン類という言葉の範囲は実際には一定していない。1998年5月まで、WHOはDL-PCBをダイオキシン類に加えていなかった。また、ジオキシン環(ダイオキシンはジオキシンの英語読みである)を持つPCDDのみをダイオキシン類とする厳密な語法もある。
しかし、ダイオキシン類という言葉の範囲に関わらず、似た毒性を示すこれら全てを合わせて論ずることが多い。そのためダイオキシン様・ダイオキシン類似 (dioxin-like) という言葉を使い、「ダイオキシン類とダイオキシン様化合物 (dioxins and dioxin-like compounds)」、あるいはダイオキシン様化学物質 (dioxin-like chemicals)、ダイオキシン様物質 (dioxin-like substances)、ダイオキシン様PCB (dioxin-like PCBs) などと言い、これら全てを含むことを明確に示す。
ダイオキシン類に含める物質 PCDD +PCDF +DL-PCB 全てを含む表現 ダイオキシン類 ダイオキシン類とダイオキシン様PCB ダイオキシン類とダイオキシン様化合物 PCDD、PCDF、ダイオキシン様PCB
△ : 冗長だが誤解を避けるためには有効
ダイオキシン ダイオキシン類の用語としては、最も有名なダイオキシン類である2,3,7,8-テトラクロロジベンゾジオキシンとされることもある[1]。
ダイオキシン様PCB ダイオキシン様PCBは、オルト位(ベンゼン環同士の結合の隣)にある塩素原子の数により、オルト位に塩素がないノンオルト置換PCBと、1つだけのモノオルト置換PCBに分かれる。毒性は、ノンオルト置換PCBは比較的強く、モノオルト置換PCBは比較的弱い。なお、非ダイオキシン様PCBも、甲状腺異常などの、PCB特有の非ダイオキシン様毒性は示す。
ダイオキシン様毒性が特に強いのが、コプラナーPCB (coplanar-PCB, Co-PCB) である。ビフェニルの2つのベンゼン環は回転可能だが、PCBのビフェニル構造は、置換する塩素の位置によっては共平面構造(コプラナリティ)を取る。このようなPCBがコプラナーPCBである。厳密には、ノンオルト置換PCBがコプラナーPCBとされる。オルト位の塩素は共平面構造を妨げるからである[2]。ただし、ダイオキシン様PCB全てをコプラナーPCBと呼ぶこともある。
毒性当量因子 ダイオキシン類の毒性(後述)の性質は似ているがその強さは化学式・異性体によって異なるため、毒性当量因子TEF (toxic equivalency factors) をかけて、比較・加算可能な毒性当量TEQ (toxic equivalent) に換算する。
TEFは数度改訂されており、表はWHOによる2005年の改定値[3]。
化学的性質 常温で、無色の固体。蒸発しにくく、水には溶けにくいが、油脂類には溶けやすい。他の化学物質、酸、アルカリなどと反応せず、自然には分解しにくく比較的安定した状態を保つ。大気のダイオキシン類測定にはガスクロマトグラフ質量分析法による高分解能のガスクロマトグラフ質量分析計が用いられている。しかし、紫外線により徐々に分解される。
発生源 ごみの焼却などによる燃焼や薬品類の合成に際して、意図しない副生成物(非意図的生成物)として生じる。過去においては、米軍がベトナム戦争で散布した枯葉剤の中に2,3,7,8-TCDDが不純物として含まれていたことは有名である。日本においても、PCBや農薬の一部に不純物として含まれて、環境中に排出されたという研究結果もある。
現在では、廃棄物の焼却処理過程においての発生が一番多く、その他、金属精錬施設、自動車排ガス、たばこの煙などから発生するほか、山火事や火山活動などの自然現象などによっても発生する。
一方で横浜国立大学の益永茂樹らは、過去に環境中に排出されたダイオキシン類として塩素系農薬、ペンタクロロフェノールおよびポリクロロフェニルニトロフェニルエーテル製造の副反応が主要な発生源であり、過去のこれらの農薬に不純物として含まれていたダイオキシン類が海に運ばれ魚を通じヒトに影響しているという推定を述べた。
益永らによれば、この過去の排出の影響は現在の焼却過程によるものの4倍ほどとなっているという。
焼却炉や電気炉などの対策 800℃以上の高温での保持時間を長くし完全燃焼させ、300℃程度の温度の滞留時間を短くするため急速冷却し、活性炭により生成された微量のダイオキシン類を吸着しバグフィルターでろ過してから再加熱し大気中に放出している。
家庭における非意図的な発生 プラスティックや食品トレイの燃焼によって発生する。
毒性一般毒性 急性毒性試験結果を見ると、致死毒性は、生物種差が極めて大きく現われる。感受性の最も高いモルモット(雄)の半数致死量は600ng/kgであるのに対してハムスター(雄)では5,000,000ng/kg(=5mg/kg)である。すなわちモルモットとハムスターとでは半数致死量は8000倍も異なっている。その為ヒトに対する致死毒性量はよくわかっていない。また急性毒性の発現は雌雄差があり雌の方に毒性が現れやすい傾向がある[4]。
2,3,7,8-TCDDに暴露したヒトや実験動物の事例よりダイオキシン類に暴露すると急性・亜急性に次の現象・症状が現れると考えられている。
遺伝毒性 実験動物(ラット、マウス及びハムスター)による長期毒性試験ではダイオキシン類の発癌性を示唆する報告がなされている。 ラットにおいては、Kocibaら(1978)が肝細胞の過形成結節及び肝細胞がん、硬口蓋及び鼻甲介、肺の扁平上皮がんの有意な増加を報告している。NTP毒性評価試験(1982)では肝の腫瘍結節(NOAELで1ng/kg/day)、甲状腺濾胞細胞腺腫(NOAELで1.4ng/kg/day)の増加を報告している。
ラット及びマウスの肝臓、肺と皮膚の二段階発がんモデルによるとダイオキシン類のプロモーター作用が認められ、EGF受容体及びエストロジェン受容体との相互作用の関与が示唆されている。このような2,3,7,8-TCDDには間接的なDNA障害は認められるが、直接的な結合〈記事 インターカレーションに詳しい〉は認められないと考えられている。
各種の変異原性試験等においても陰性を示す結果が多く、ダイオキシン類自体がDNAに影響を与える遺伝毒性はないものと総合的に判断される。また、ダイオキシン類のプロモーター作用と併せて考慮すると2,3,7,8-TCDDの発がん機構には閾値があり、一定量以上の存在が作用発見に必要であることが示唆される[4]。
WHOの下部機関であるIARCは1997年に2,3,7,8-TCDDの発がん性評価を「人に対する発がん性がある」とした(IARC発がん性リスク一覧・Group1に詳しい)、その一方、2,3,7,8-TCDD以外のダイオキシン類についてはGroup3(ヒトでの発がん性の有無は不明)と評価している。
生殖毒性 ベトナム戦争時の枯葉剤に2,3,7,8-TCDDが副産物として含まれており、散布地域での奇形出産・発育異常の増加に対し、2,3,7,8-TCDDの催奇性との関連が取り上げられる。ただし、ダイオキシンによる催奇性はマウスでの実験においては確認されているものの、ヒトへの実験は不可能のためヒトに対する催奇形性は未確認である。
セベソでのダイオキシン類暴露事故(セベソ事故)後のある限定的範囲の疫学調査では、高汚染地域の14年間の198人の出生のうち奇形児は0人である[8]。 同調査では、事故後はじめの7年間(2,3,7,8-TCDDの半減期にあたる)では、出生数が男児26人に対し女児48人であり、男児の出生低下が確認された。次の7年間では男児60人に対し女児64人であり、既に有差はない。こうした調査は実際に被曝した人的地理的範囲に対し調査対象数が少なく調査地域の選定も不明な点が多く、注意が必要である。
2,3,7,8-TCDDの生殖毒性は動物実験で胚や胎児の段階で強く現れることが知られており、代表的な催奇形性としてマウスにおける口蓋裂、水腎症などがある[10]。動物実験で妊娠中及び授乳中の2,3,7,8-TCDDの暴露による仔の生殖機能、甲状腺機能、免疫機能への影響が低レベルで認められている。ラットを用いた3世代実験ではF0世代では100ng/kg/day、F1及びF2世代では、10ng/kg/dayより妊娠率の低下、出生仔の低体重及び性周期に影響を与えると考えられている。
生殖に影響するダイオキシン類レベル(NOAEL)はラットの3世代実験に基づくと1ng/kg/day程度、アカゲザルのデータに基づくと0.126ng/kg/day程度推定される。Mablyらによると64ng/kgのダイオキシンを含む飼料の一回投与した際に付属生殖器官の重量、精子形成の減少が見られたと報告している。これらの作用は2,3,7,8-TCDDが酵素の誘導、成長因子、ホルモン及びそれらの受容体の変化を通して、通常のホメオスタシスとホルモンバランスを変化させ、内分泌攪乱因子としての作用を及ぼしている為と考えられている[4]。
免疫毒性
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