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日中戦争における映像を含む、記録映画。恐らく昭和40年代の日中国交正常化前後に作られた映像と思われる。昭和12年8月13日の第二次上海事変から蒋介石が台湾へのがれるまでの映像を含む。
この映像は98年、某亜細亜大学教授へ資料として渡したのち無断で著作で使用された映像です。 この大学教授は他人の資料を無断で使用して写真検証を行ったと自称していますがパクりばかりの盗作者です。 |
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こんにちは、ゲストさん
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日中戦争における映像を含む、記録映画。恐らく昭和40年代の日中国交正常化前後に作られた映像と思われる。昭和12年8月13日の第二次上海事変から蒋介石が台湾へのがれるまでの映像を含む。
この映像は98年、某亜細亜大学教授へ資料として渡したのち無断で著作で使用された映像です。 この大学教授は他人の資料を無断で使用して写真検証を行ったと自称していますがパクりばかりの盗作者です。 |
日本を激怒させ国民党政府軍と戦争をさせる為に、中国保安隊によって日本人婦女子を含む二百二十三人が残虐に虐殺された「通州事件」や、「大山大尉惨殺事件」、更には、国民党政府軍に潜入していたコミンテルンのスパイである南京上海防衛隊司令官の張治中の謀略によって、上海に合法的に駐留していた日本海軍陸戦隊四千二百人に対して、三万人の国民党政府軍が総攻撃を仕掛けた第二次上海事変を起こすなど、中国は日本に対して次々に挑発を繰り返し、それまで自重し冷静な対応を取っていた日本も、中国との全面戦争を余儀なくされたのであり、不当に日本が中国を侵略したわけではない。
(中略)そもそも既に南京を攻略した日本軍にとって、南京で虐殺行為をする理由はない。
一方、通州事件や大山大尉惨殺事件、第二次上海事件などでの日本人に対する残虐行為には、日本軍を挑発し、国民党政府軍との戦争に引きずり込むというコミンテルンの明確な意図があったのである。
アパより
2017/2/18(土) 午前 11:59 [ 日中国交正常化45年南京80年に学ぶ ]