武田邦彦 (中部大学)■■■ 論文・まとめシリーズ 2012年03月25日
南京事件(2)・・・国民同士の信頼関係を築くために名古屋の河村市長が「日中友好のために、南京事件のことを明らかにしたい」と発言したことで波紋を呼び、このブログでも取り上げた。このことについて、日中友好協会愛知県連合会が「南京大虐殺が無かったと言うと日中関係がこじれる」ということで河村市長の発言を撤回するように求めている。
中国と信頼関係を築こうと希望している人たちにとってはこの問題はかなり難しい。過去の歴史の中で行われた不確かなことを「悪い方にとった方が信頼関係が築かれる」か、「良い方に考えた方が良い」かという問題である。
河村市長は良い方に考えたら信頼関係が築かれるとお考えであり、連合会は悪い方に決めて謝れば信頼関係は築かれると主張する。
本当は、事実が何らかの方法で解明できれば、それで解決するが、事実がわからないのだから、事実を争っている限りは解決はできない。科学的事実は科学で証明できるが、歴史的事実は明確な証拠が残っていなければ、過去のことなので推定せざるを得ない。だからいつまでも事実は確定しない。
南京事件を解決しようとしている人の多くは「事実を確定しよう」として努力されているが、その全容を勉強すると、諸説紛々、なかなか難しいようだ。
科学が進み、今から100年ほど前の過去を見ることができるようになればはっきりするだろう。つまり、南京事件が起こった時に地上から宇宙へ発せられた光を受け取り反射している星があるので、その反射光を分析して画像を再生することができれば過去を見ることができる。でも現在はこのような技術はない。
私の関心は「事実が確定できないときに、国際的紛争をどのようにして解決したらよいか?」ということだ。日本と中国は隣り合わせの国であり、南京事件が紛争項目であることは明らかである。だから、この問題をどうするかは日本国民として議論しておかなければならない。
解決策はいくつかある。まず、日本と中国の事実認識が違い、最後まで折り合わず、いがみ合うか戦争をするかの道。第二に中国が力(経済的政治的)で日本を屈服させ日本が心にもないにの謝って済ませる(日中友好協会の意見)、第三に中国が日本に歩み寄って南京事件を誇大に宣伝することを止める(河村市長方式)、そして、第四が、私が整理したこのブログで示したいと思う方法である。
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先回、南京事件を戦争としてみると、「兵隊が軍服を着て、戦場で戦う」という旧来の戦争(日本の関ヶ原、ヨーロッパのワーテルローなど)から、市民を巻き込んだ戦闘(総力戦:重慶爆撃、ゲルニカ、ソ連焦土作戦(6000万人に死亡)、東京大空襲、広島長崎への原爆、ベトナム戦役など)に代わる途中の出来事だったことを示した。
中国軍は市民が残っている南京に籠城し、一部は軍服を着ないで銃を持った(便衣兵)。この南京の戦いが「現代戦の最初のもの」としてとらえるか、あるいは「旧来の戦争の延長線上」とするかは、人によって違う。どちらでも解釈できるのは、ちょうど旧来から現代へ代わる途中だからだ。だから、この議論は無意味というのが私の見解である。
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第二の注目点は、「時代に応じた正義」ということである。かつて戦争に勝った方が負けた国民を皆殺ししても良いし、奴隷として連れて帰っても良いと考えられていた。皆殺しの歴史はすこしでも世界史を勉強した人ならいくつでもあげられるだろう。
同じ民族の間でも大量に殺戮されることがあった。中国では前漢の終わりに漢民族の半分が殺害され、後漢の終わりには漢民族は9割がいなくなり、1割しか存在しなくなったとされている。それ以外に、中国の広野で100万人を超える殺戮の歴史は多い。
しかし、皆殺し、奴隷、大量殺戮などを現代の道徳観、倫理観だけで考えるは不適切である。中国共産党が長春を包囲して攻略した長春攻防戦では、林彪率いる共産党が包囲戦、餓死戦をとって33万人が餓死したと伝えられている。
でも、この包囲戦を「残虐だ」と結論することは難しい。当時の中国では33万人が餓死しても共産主義社会を作るのが大切だったかも知れない。文化大革命でも同じである。
歴史は代わり、人類は進歩している。人類が進歩しないと考えると、日本人はどうしても元寇を持ち出さざるを得なくなり、それはあまり生産性のある話ではない。また、私には次のグラフが心に引っかかっている。
このグラフはちょうど、南京事件が起こった頃、中国の覇権を狙った日本とイギリス、アメリカの投資競争のものである。19世紀の中国はまだイギリスの支配下にあり、イギリスが対華(対中)貿易のトップだったが、日清戦争で日本が主導権を握った。その後、アメリカの西に進みたいという衝動と中国が日本を牽制したいという希望からアメリカの対華貿易が盛んになり、ちょうど南京事件は日本が巻き返しにかかった頃のことだ。
この頃の日本の占領政策というのは、ヨーロッパ型とはかなり異なっていた。ヨーロッパは植民地をできるだけ発展させないで、そこから農業製品などを搾取することを目的としたが、日本は占領地に工業や大学を作り、占領地を発展させることによってその富を得る方式だった。
この写真はアメリカと中国への経済進出競争をしていた頃の日本が建設した工場群である。旧態依然とした中国の社会に日本は近代工業を持ち込んだ。このことが「良いことか悪いことか」というのはまた人によって違うが、事実はそうだった。
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この様な時代背景のもとで南京事件が起こったわけだが、今では歴史の彼方に消え去ったものである。だから真相は不明だ。不明というか、日本と中国の事実認識が統一できない歴史的な過去の事件である。
南京事件の研究を勉強すると、「普通に考えれば1万人程度の殺害があったかも知れないが、30万人は少し大げさではないか」というところだが、中国が1万人を問題にしているのか、30万人を問題にしているのか、対日関係が悪くなるのを承知で虐殺事件として記念館を作り、教育をしているのか、その真意はまだよくわからない。
南京虐殺が無かったと言う結論を言えば日本人が喜び、南京虐殺があったといえば中国人が喜ぶ。だから今の時点で一般人を含めて政治的に事実を明らかにしようとするのはタイミングが悪い。だから、日本としては将来の課題として議論を避けるのが良いが、どうしても中国が忘れられないというなら、日本は中国と疎遠にならざるをえない。日本もそれを覚悟しておく必要がある。
日本とアメリカの間でも、沖縄戦、本土爆撃、原爆などがあり、それを日本が忘れなければ日米の友好は達成されない。過去を強調するか、それとも未来に向くか、どちらかの国が屈服しなければ友好はないというなら、真の友好は実現しないだろう。
河村市長に発言の撤回を迫った日中友好協会は、「中国との貿易でお金が欲しいから、事実はどうでも中国に頭をさげてしまえ」という考え方かも知れないが、それでは国際的な友好関係は築くことができない。この歴史的問題こそ、冷静になって日中の歴史家が一緒になって研究をすることであり、それと国際関係を別にすることこそ解決の道であると考える。私なら「棚上げ」を提案し、拒否されたら中国との友好関係を見直すことが良いと思う。
(平成24年3月25日) 武田邦彦 (中部大学) ○○ 歴史・倫理・日本 2013年05月22日
隠しているのか?知らないのか? 南京事件反日報道が続くマスコミ.一度、報道してしまったので、引き返せないマスコミ.その中心にいるNHK。ずいぶん、巨大な腐敗構造を日本は引きずっているものです。
今回は南京事件報道を考えてみます.多くの日本人が「日中戦争の前に、南京で日本軍が大量の中国人を殺した」と信じています。その原因の多くは「本田記者の本と朝日新聞の記事」によっています。
日本軍が南京で大量虐殺を行ったとされていて、国際的な問題なのに自分は良く知らなかったので、南京事件関係の本を10冊ほど読み、更にネットや雑誌なども通読してみた.その結果、私は次のように理解した.
1)南京事件として知られている内容は「学問的研究」(事実研究)ではなく、東京裁判や朝日新聞などの政治的キッカケで作られたもの、
2)東京裁判は占領下の真偽で事実は明らかになっていない、
3)朝日新聞の本田記者のレポートは、南京に2,3日逗留して、現地の中国人から聞いたことから想像したものである、
4)その後は余りに政治的になり、事実研究の人がバッシングされているので、事実が良くわからない、
5)当時の戦争では「軍服の着用」、「降伏のしきたり」が国際法上で決まっていたが、中国軍は幹部が逃走したので、「軍服を着ていない中国軍人」や「国際法上の降伏のしきたりとは違う投降」がほとんどだから、本来は「敵として殺して良い」(戦争は殺した数が多い方が名誉)状態だった、
6)民間人は戦闘前で20万人、戦闘後で20万人だから、1万人を超える民間人の殺害はなかった。
ということだから、南京事件は事実では無いといった方が良いだろう.でも、このことが日本でハッキリとした形で報道されないのはなぜかという方が重要だ.
日中友好という意味でも、事実をハッキリさせた方が良いし、南京虐殺が無かった方が日本も中国も良いはずだから、日本のNHKは勇気を持って事実を報道するようにした方が良い。
しかし、それに踏み切れないのは、やはり「中国が怖い」、「事実は報道しなくて良い」、「日本軍が悪かったという方が日本人が喜ぶ」という事と考えられる。
(平成25年5月20日) 隠しているのか?知らないのか? 南京事件(中部大学教授 武田邦彦)執筆: この記事は武田邦彦さんのブログ『武田邦彦(中部大学)』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2013年05月23日時点のものです。
朝日新聞が避けて通れない、もう一つの「戦後責任」
本多勝一元記者が捏造認める!朝日新聞は速やかに「南京大虐殺」報道の検証と記事の取り消しを!かつて朝日新聞のスター記者だった本多勝一氏が、日本軍による虐殺の証拠として使ってきた写真が、実は捏造であったことを、本多氏自身が初めて認めました。
問題の写真は、本多勝一氏の『中国の日本軍』に掲載されたもので、日本兵が中国の婦女子をかり集めてこれから虐殺するところであるとの説明がなされています。
ところが、この写真の出所は、実は本多氏が当時勤めていた朝日新聞社発行の『アサヒグラフ』(一九三七年十一月十日号)に掲載されたもの。日本兵は家路につく少女たちを護っていたとのキャプションがついていて、少女たちの笑顔もはっきりと写っており、「南京大虐殺」とは何の関係もない写真であることは、誰の目にも明らかです。
武田邦彦来歴東京都出身。1962年、都立西高等学校、1966年3月、東京大学教養学部基礎科学科を卒業後、4月旭化成工業に入社。ウラン濃縮等の研究開発に携わり、1986年、論文「複合イオン交換反応系の理論と分離技術への応用」により東京大学から工学博士の学位を取得。[2]同年ウラン濃縮研究所長に就任[3]。自己代謝材料の開発に取組み、所長職を1991年まで勤める。
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