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みんなに 「すみっ子」と よばれている おんなのこ が いました
かのじょの ほんとうの なまえは もっと ほかにあったのですが
あまりに みんなが すみっ子 とよぶので
ほんとうの なまえは わたしもわすれてしまいました
すみっ子は あまり みんなと あそびませんでした
でも べつに ぐあいが わるいわけではなかったのです
すみっ子は そとで げんきに はしりまわったりはしませんでした
でも はしれない わけでは なかったのです
すみっ子は みんながわらっていても いっしょには わらいませんでした
でも たのしくなかったわけじゃありません
すみっ子は いつも きょうしつのすみにいて
いつも くらいすみっこを みつめていたのです
ある日 ひとりの やさしい おともだちが すみっ子のところにやってきて言いました
「ねぇ すみっ子ちゃん いっしょにあそぼうよ
いつも すみっこばかり みてたって ちっともたのしくないでしょう」
すみっ子は言いました
「ありがとう でもいいの わたしはここにいるわ」
「そう…」
おともだちは ざんねんそうに 言いました
けれど それいじょう むりにさそおうとも しませんでした
それから なん日かたって いつものように すみっこにいた すみっ子のところへ
すこし いじわるな おとこのこが やってきました
「やい、すみっ子! おまえ いつも すみっこ ばかり みつめて
なにか だいじなものでも かくしてるんだろう! みせろ!」
「だめ! やめて! やめて!」
すみっ子がいやがると いじわるな おとこのこは
よけいに すみになにがあるのかみたくなりました
「やっぱり なにかかくしてるんだな? どけ!」
おとこのこが すみっ子のかたに てをかけたので
たいじゅう の かるい すみっ子 は よろめいて しまいました
そのすきに おとこのこは すみっこをのぞきこみました
「なんだ? なにもないじゃないか」
げんきなおとこのこには、そこにはなにもない ように おもえました
すっかり きょうみをなくした おとこのこは すみっ子にあやまりもせず
みんなのところへ かえっていきました
「よかった あぶないところだった」
すみっ子はそうつぶやくと またすみっこの「かんし」をはじめました
ようちえんは すみっ子がいるかぎりへいわで あんしんでした
すみっ子がいた おかげで みんな げんきにすごせました
そのときより すこしだけ おとなになったすみっ子に
わたしが たずねて みたことがあります
「みんなといっしょじゃなくて さみしくなかった?」
すみっ子は言いました
「ううん 少しはさみしかったけど でもへいきだったよ」
「どうして?」
ききかえすと すみっ子は すこしなやんだあとで こう言いました
「あのね みんなは たいようなの
たいようはね せなかで感じたほうがあったかいし あんしんするの
たいようのほうを むこうとすると まぶしくて みてられないんだけどね
すみっこ ばかり みてたおかげで みんなが あったかいことに きづけたから だからいいの」
すみっ子は えがおで 言いました
そのえがおは とてもすてきでした
でもほんの少しだけ かげができていることを わたしは みのがしませんでした
わたしはそれが なぜだか すこし しんぱいでした
それからしばらあと またわたしは おとなになったすみっ子にあいました
わたしはそのとき すみっ子の ほんとうの名まえをききました
けれど やっぱり おぼえていません
そのときのすみっ子は もうすみっこを みつめてはいませんでした
「だって すみってくらいんだもん もうこれいじょう いんきだとおもわれるの わたし いやだし」
みけんに しわをよせて かのじょは そう言いました
わたしは もっと しんぱいになりました
それからしばらく わたしは すみっ子を はなれたところから みていました
あまり ちかくにいるのは きっと おたがいのために よくない とおもったからです
でも すこしずつ すみっ子の 「ものわすれ」が はじまると
わたしは また すこしずつ すみっ子に ちかづきはじめました
わたしが あまりに ちかづきすぎたところで 言葉 を 口にしてしまうと
すみっ子はいらだって わたしをはらいのけようとしました
「うるさい! じゃまよ! あっちいってちょうだい!」
そのときは すなおにあやまって またそばから はなれることにしました
でも すみっ子が いつも いらだっていたわけじゃありません
わたしが かのじょと いい「いち」をたもてているときには
かのじょは なみだを ながしながら わたしのことばに うなずきました
けれど かなしそうではありませんでした
すみっ子の 「ものわすれ」は どんどん すすんでいきました
すみっ子は いつのまにか すっかり おばあさん になっていたのです
いつのまにか「しわ」がふえ
いつのまにか かおに くらくて するどい かげが たくさんできていました
でも わたしは そうなった すみっ子のほうが すきでした
いぜんよりも なかよくなれた きが していたからです
すみっ子と わたしの「きょり」は どんどん ちかづいて いきました
すみっ子の 「ものわすれ」は どんどんひどくなり
すみっ子の 「しわ」は どんどん ふえ ふかくなって いきました
そして
わたしが すこし うたたねをした あとで めをさますと
すみっ子は もう うごかなくなっていました
わたしは なみだをながしませんでした
わたしは すみっ子を そっと だきしめました
わたしは すみっ子に そっと 「くちづけ」をしました
かのじょの かおは たいようのように かがやいていました
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