光、射る

光が、絶対的なものから相対的なものへと価値を変えようとしているから、僕も変わろうと思う。

『灰の形容』

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青…漠とした色。広がりを持った、それは自由の象徴。また、春の息吹のようでもある。

赤…明るい色。強さを固めた、それは真理の象徴。また、夏の陽射しのようでもある。

白…顕らかな色。潔さをまとった、それは無垢の象徴。また、秋の夜に浮かぶ月のようでもある。

黒…暗い色。重く沈んだ、それは沈黙の象徴。また、闇を映す冬の水面のようでもある。


灰…何かが燃えたあとに残ったもの。燃えかす。
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白の寛解(10)

 ****
 
                青を失い 生んだ幻
          がし取られた 大事な記憶
 白井は 泳ぐ 剥き出しの魚
 
 孤独な鬼は 白井を求め
        一人  始めた 鬼ごっこ
今の 自分を 磔にして
 
 叫んだ声が 響き渡る
 剥がれた 鎖骨の 記憶と共に
      針の 先から 痛みが 漏れる
 
青が 消えたと 白井は 知った
      ミイラと鬼は 沈んで 黙る
          彼らが 守った 孤独と幻
 
 白井は 砕く 冷たい氷
     それが 彼に できること
    角を 落として □を ○に
 
     鬼ごっこは もう 終わり
疲れた 鬼は 動けない
糸の 切られた マリオネット
 
 鱗は がれ 流した涙
       赤い瞳に 隠した痛痒
     求めた 世界に 心を明かす
 
 ミイラの 塞いだ  口と青
      彼が 守った  の幻
      風が 散らした 暗い雲
 
下手な強がり 止まぬ懊悩
それでも ミイラは 隠したつもり
     ようやく自ら ほどいた包帯
 
       青を 失くした 空は 退屈
       うつむく人の 出会う 場所
  歪んだ 鏡の 曲がり角
 
 鏡が 消した 自分の姿
            自分の いない 不安な世界
 曲がり角から 進めない
 
 立ち止まったら 後戻り
        不安を 消しに さかのぼる
       そして ぶつかる 別れ道
 
鏡に 映る 自分の姿
後ろに 伸びる 暗い影
         動かぬ形を 受け容れて
 
色に染まった 人の ( なり )
燃やせぬ 過去の 灰の色
焦げた 幻   掬った 現実
 
赤  の痛みを 抱えた人の
目には 世界が 歪んで 見える
真っ直ぐ立てば 全ては 曲がる
 
黒  の悩みに 沈んだ人の
頭は 岩より 重く垂れ
切られた 手足は 動かない
 
青  の高さを 知る人の
世界は  正しく 傾いて
鏡の 先に 伸びる道
 
白 のほどいた 糸屑が
       痛みをつなぎ 悩みを むすぶ
    編まれた 糸の 形を なぞる
 
                                              〔了〕

白の寛解(9)

 彼の自転車屋を訪ねるのは、多分二度目くらいだった。一度は確実にある。二度目があったかどうかは分からない。来たことがあるかもしれないし、忘れてしまった。ただ道順はしっかりと覚えていた。
「いらっしゃいませ こんにちは」
 ゆったりとした口調と物腰で迎えてくれた。彼には驚きというものがないのだろうか。全てを当たり前のこととして受け容れているように見える。
「白井は思い出したみたいだ」
 俺がわざわざ報告になど来なくとも、彼には分かっていたのだと思う。
「青のことも。傷のことも」
 特にうなずくこともせず、彼は淡々と自転車の整備を続ける。
 ぐるりと店内を見回す。まだタイヤもついていない自転車のフレームが天井からぶら下がっていた。わずかずつ色も形も違うフレーム。一つとして同じものはないように見える。真っ黒なタイヤのチューブも、微妙に溝の深さや模様、太さが異なっているようだった。
「これだけあれば、俺に合った自転車も見つかりそうだな」
 ふと、自分専用の自転車というのが欲しくなった。
「必要なら 作ります」
 白井が言っていたことを思い出した俺は、心の中で首を傾げた。自転車を欲しがった紺野さんには作ることを拒んだのではなかったか。
「今やってるそれが終わったらお願いできるかな」
「はい 少しだけ 待ってください」
 彼の作業が終わるのを待ちながら、改めて店内を眺めてみた。フレームのほとんどは▽だったが、一辺一辺の長さを見ると、その比が少しずつ違う。シャフトも丸かったり、平べったかったり、角ばっていたりした。色はフレームの数以上に多く取り揃えられていた。
 店の角にカーブミラーが置かれているのに気付く。縁は土で汚れていて、鏡面は石でも当てられたのか、いくつもの凹みがあった。
「お待たせ しました」
「すごい種類だな。白井もこの中から選んで決めたのか」
 俺が言うと、彼は店内をぐるりと見渡して指差し始めた。
「フレームは あれに近い タイヤはこれ 色は ここにはありません」
「覚えてるんだな」
 思わず感心した。もしかしたら白井に限らず、お客全ての分を覚えているのかもしれない。
「違います ここに 白井を 探しただけです」
 彼を探した。
 その言葉の意味を反芻したあと、ひょっとしてと思って訊ねてみた。
「紺野さんに自転車を作らなかったのは、ここに彼女が見つからなかったからなのか」
「彼女が 見つかる場所を ぼくが たまたま知っていた」
 質問に対する答えになっているのかなっていないのか、けれどそれが雲川君の答えだった。
「選んでもらえるかな」
「分かりました」
 先ほど店内を見渡したときに大体の選別はできていた。けれど、それはあえて言うまいと心に決めた。彼に、この中から俺を見つけてもらおうと思ったのだ。
 迷っている素振りなど、少しも見せなかった。天井近くに吊るしてあったうちから一つを取って降ろす。慣れた手つきだ。危うさなど全くない。
「フレームは これ」
 驚く俺をよそに、彼はタイヤの選別に移っていた。
 俺はあてがわれたフレームから目が離せない。
「タイヤは これ」
 こちらはしっかりとした太さで自分の好みとも合っていた。
「少し派手過ぎやしないかな」
 彼は首を振り、俺の抗弁はゆるやかに退けられた。
 目の醒めるくらい真っ青なフレームに照れる俺に、彼はゆったりとうなずいた。

白の寛解(8)

 ***
 
 嵐が過ぎたあとのようだった。
 突然の来訪者たちは寝静まり、診療所内で起きているのは俺一人となった。急激によりのかかった緊張の糸が、少しずつほぐれていくのが分かる。
 暗がりの中で薬の入った棚をあさり、一週間分の痛み止めを袋に詰めた。朝が来たとき、何となく白井たちがいなくなっている予感があった。
 予感というより、不安と言ったほうが正確か。
 自分勝手な患者の世話を看るのも、相手が患者である以上は医者の役目。心配をかける患者ほど可愛いなどとは思わないが、自分の目が届く場所にいる限り放っておくわけにもいかない。
 それに――。
 誰かの面倒を見ていれば、自分自身のことで悩まずに済む。白井が急に電話を寄越して診療所に飛び込んできてから、今の今まで忘れていた。手首に巻いた包帯のことも、その下にあるひりつくような痛みのことも。
 彼の靴と紺野さんの靴が並んでいる。紺野さんの靴の間に挟みこむようにして袋を立てた。白井の分を用意するべきかどうか迷った。以前処方したときのものが残っているはずだし、仮に用意したとしても持って帰ってくれるか分からない。結局は彼女の分だけを用意した。
 待合室のソファに、一人の女性が崩れ落ちている。この人が紺野さんを刺した張本人。昂奮が解けないのか、眠っているはずなのに身体が妙に強張っている。
 紺野さんの応急処置を終えて白井を呼びに行ったとき、一瞬だが確かに彼女の顔を見た。赤い目をした人間なんて初めて見たが、不思議と違和感はなかった。違和感もなければ、驚きもなく、そこに彼女がいるということを案外自然と受け容れていた。
 誰かが罰を与える前から、彼女は既に罪を被っている。何となくそんな風に見えた。空ろな目と沈んだ肩は、罪の重さにくたびれていた。
「彼なら帰りましたよ」
 白井の姿を探す赤い目に向かって俺は言った。俺を見たその目はあからさまな落胆を示した。俺は半分厭味を込めて、もう半分は医師としての純粋な気持ちから彼女の意向を質した。
 帰るか、それとも診察を受けるか。
 結局彼女は帰ることを選択した。頼らない者まで面倒は見ない。面倒を見たって、そんなのはおせっかいと言うにも度を超し過ぎている。去り際、彼女は言った。
「彼のこと、よろしくおねがいします」
 俺は何の返事もしなかった。よろしくと言われたところで一体どうしろと言うのだろう。良かれと思ってしたことさえ、相手にとってはかえって迷惑になるかもしれないというのに。今回のことにしたってそうだ。どれが正しくて何が間違っていたのか、俺にはさっぱり判断がつかない。
 白井は青を見つけた。俺がカーブミラーを動かしたことで。雲川君が俺の手を阻んだことで。青を失くしたままだった彼は、亡くしたことを知った。確かな不在を知った。幻のように不確かだった存在は、彼の中で確かな不在へと変わった。
 俺は思い違いをしていたのだろうか。青を失うことを恐れたからこそ、彼は幻を見続けたのだと思っていた。けれど、青が消えたと訴えてきた時点で、彼にはもう幻なんて必要なくなっていたのかもしれない。あるいは、もっと別の形で青を受け容れる準備を始めていたのかもしれない。もちろん正確なところは何も分からない。ほとんど全てのことは、無意識という卑怯にして曖昧な世界の中に隠されている。
「顔色がよくありませんよ」
 困ったような表情で、受付の彼女が言った。
「あなたのほうこそ疲れているみたいだ」
「私は大丈夫です。そんなときの過ごし方も心得ていますから。年の功というやつです」
 彼女の言葉は疲れていることを認めたようなものだった。
「美味しいものでも食べに行きませんか。元気が出るようなものを」
「ええ」
 彼女は簡単な返事と笑顔をくれた。

白の寛解(7)

「彼なら帰りましたよ」
 左手首に包帯を巻いた男が言った。白衣は着ていないが、どうやらここの先生らしい。
「あなたはどうしますか。そろそろ開業時間になります。このままここにいて、診察を受けていきますか」
「遠慮しておくわ」
「いつでもお待ちしていますよ。必要とあれば、いつでも」
 私があの女を刺したことは知っているはずなのに、なぜかそのことは咎められなかった。
「彼のこと、よろしくおねがいします」
 去り際、私はそんなことを口走っていた。
 彼はもうきっと、私の店にはやってこない。この手から離れ、どこかへ行ってしまう。それは仕方のないこと。自業自得。誰を責めることもできない。
 
 一縷の望みすらなくても、あそこは私の店。夜が深まってから家を出た。着いたときには閉店間際だった。そこに彼の姿を見つけたとき、飛び跳ねるような気持ちと沈み込むような気持ちが同時に起きて気分が悪くなった。彼の目の前に座るのは勇気が要った。注文するのも迷った。いつもの飲み物を頼むことは、憚られるべきことのようにも思えた。
「レッド・アイ」
 他には何も思いつかなかった。頭がひどくぼんやりとして、考えるということができなかった。口が覚えていた唯一の名前。私はいつも告白のつもりで、それを頼んでいたような気がする。私のことを認めてもらいたくて、祈るように注文を告げる。彼が応える。私が飲む。そうやって私たちの関係は成り立っていた。
 彼は気付いただろうか。私の目を見た彼には、私がレッド・アイにこだわる意味が分かったに違いない。彼なら、きっと気付いている。だから、あえて説明もしない。説明すれば、多分何かが壊れてしまう。
「この店は好き?」
 慎重に選んだはずなのに、その言葉は関係をさらに破綻させてしまう可能性を孕んでいた。しかし今さら言い直すこともできない。私は怯えながら、彼の答えを待った。
「この仕事は自分の性に合っていると思います」
 彼の答えは、微妙に外れた角度から返ってきた。問いに答えたようでいて答えていない。けれどむしろそれが嬉しかった。
 今、彼はここにいる。カウンターを挟んでいるけれど、私の近くにいてくれる。
 きっとこれ以上を望んではいけないのだ。言い聞かせるように思った。
 
 店を出ると、そこには彼が待っていた。私の赤い目を褒めてくれる彼が。
「こんなところまで迎えに来なくても、家で待っていてくれればよかったのに」
「心配だったんだよ」
 それにしてもどうしてだろう。
 誰も私を咎めない。
 この人も、あの医者も、そして白井君でさえ。
 私は鬼で、悪者で、のけ者で、皆に逃げられてばかりで、だから私は追いかけて、いじけて、悪さをした。みんな優しすぎる。甘すぎる。私は許されていい存在じゃない。罰を与えられずに逃げていいはずがない。鬼が逃げてしまったら、その時点で鬼ごっこは成立しないんだから。
「ねえ」
「何?」
「どうして私のことを責めないの?」
 どうせ私は鬼なんだから、もっと鬼らしくさせてくれればいいのに。
「何か悪いことでもしたの?」
 どうしてこんなに信じてくれるんだろう。私なんかのことを。
 全く。青すぎて目がしみる。

白の寛解(6)

**
 
 優越感と達成感。それから喪失感と屈辱感。
 そういう感情がぐちゃぐちゃにこんがらがって、結果的には笑うしかなかった。多分、本能的にはしてはいけないことだと分かっていたんだと思う。アイスピックがあの女を貫いたとき、ぞくぞくとして鳥肌が立った。大切だったはずの何かを踏み超えてしまった感覚。あそこには液状の重く厚い壁があった。壁を通り抜ける瞬間、私の世界はこれまでになく歪んで見えた。
 小学生のとき、私は私をいじめていた男の子の手を刺した。あの頃は良くも悪くも自分の感情に対してとても素直だった。刺されて当然。迷いなどありはしなかった。
 今回も同じだと思っていた。
 ストーカー女がタクシーの後部座席で喚き続けている。どれだけ痛かろうが、私の知ったことじゃない。泣き喚いて、それで痛みが分かってもらえるなら、いくらだって泣けばいい。でも、泣いてみたところで痛みとか孤独が洗い流されるわけじゃない。なら泣いたって無駄だ。
 さっさと泣き止め。うるさい。静かにして。
 白井君の誘導に従い、タクシーは大通りから一本路地へ入った。そして、看板に電気の点いた診療所の前で止まる。
 ああ、ここだったのね。
 白井君の通院先を初めて知った。またひとつ彼のことを知ったというのに、何だかちっとも近づけた気がしない。急いでタクシーを降りた白井君の背中を、私はぼんやりと見つめていた。
 靴を脱ぎ、スリッパも履かずに待合室に上がった。受付は暗く、カーテンも閉まっている。私は受け付けてもらえない。白井君が白衣を着た男の人とやり取りをしている。けれど、ストーカー女の喚き声が大きすぎて何を話しているのかちっとも聞き取れない。聞こえたのは私の舌打ちだけだった。
 やがて診察室の奥の喚き声が消えた。ようやく静かになった。
「ねえ、白井君?」
 私は彼に呼びかける。呼びかけたあとで、何を話そうかと考えた。
「青は見つかった?」
 彼にとって何より大事なこと。青という猫がいなくなってしまったから、白井君の様子が変になった。彼には青が必要だった。私の問いかけに白井君は黙ったまま。彼の頭の中が見えない。不安になってまた口を開く。
「探してるんでしょう? 私も探すわ。追いかけるのは得意なのよ」
「その必要はありません」
 彼とつながる糸が絶たれた気がした。彼は私を必要としていない。どれほど私が彼を求めても、彼が求めてくれなければ、この手はいつまでも届かない。
 私は追いかけてばかりだ。追いかけるのが得意なんじゃない。追いかけることしか知らなかった。なりたくて鬼になったわけじゃない。私の意志なんかとは一切関係なく、私が鬼をすることは決められていて、私はただそれを受け容れてきただけだった。近づこうとすれば逃げていく人たちを追いかけて、しだいに私は鬼であることに慣れていった。
 そんなことを考えていると、涙が出た。白井君の前で初めて泣いた。
 白井君が診察室に連れて行かれたあと、私は待合室で一人になった。帰ろうと思えば帰れた。けど、白井君に「あんたも来るんだ」と言われて連れて来られた私が、彼の許可なしに帰ることはできない。力の入らない体に閉じ込められた私に与えられた自由。それは唯一目を動かすことだけだった。待合室の壁を眺める。ポスターの類が一枚も貼られていない。ここを訪れる人たちにそういったものは必要ないのだろうか。雑誌もない。情報という情報の一切が棄てられてしまっている。
 お尻に当たる椅子は固く、お世辞にも質がいいとは言えない。居心地が悪い。けれど、それはどこにいたって同じこと。私の居場所なんてどこにもない。

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