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2018年在庫一掃 東郷会バス旅行・後編』  茨城県

 東郷会バスツアーも笠間稲荷の参拝が終わると、とりあえず昼食の料亭に向かう。『割烹天芳』 これだけのお昼とお酒とで(バスの中でもお茶ビールおやつ色々)ツアー代金6000円ですからね、東郷会の年会費ほんとお安い。

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せっかくカメラ持参なんでここに載せませんが会員さんたちや役員さんたちの会食風景も撮って回ります。1時間ほどなんで慌てて食べなきゃいけませんがね。

そこから次は「予科練平和祈念館」に立ち寄ります。本来的にはこれがツアーの一番の目的です。

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ここも滞在1時間なんで、ほんとまじめに資料見てたらあっというまなんですが。

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内部は撮影禁止なのでHPからお写真借りておきます。







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館内には土門拳のすばらしい写真が大きく展示されてますが、
土門のことで納得いくまでやると、いつまでも掛かるので、彼的には不満であろうが予科練側で「言葉は悪いが、いわゆる、やらせ」になったシーンもあると。日常絶対非演出を貫くのは大変(笑)

そこでさっきの笠間稲荷の「創成期土浦花火」の筒が伏線なのですが、三大競技花火として有名な土浦の花火大会の創始は、あの山本五十六が関わっていたのだと。
予科練の霞ヶ浦海軍航空隊の練習機が、かなしいことに当初余りにも性能が悪く、若い生徒たちの訓練中の犠牲が絶えなかった。3年で25名とは多すぎ、これに当時の副長・教頭の海軍大佐山本五十六は激しく心を痛めた。戦死した部下たちの名前を逐一手帳に書き込んでよく見返してしたというほどの山本五十六であるから、悩みは深く気持ちは病んだ。当時下宿も同然だった神龍寺の梅峯和尚に相談しているうちに、殉職者と関東大震災犠牲者の供養として行ったのが、土浦の花火の始まりだと。その花火を山本五十六も見たに違いないが、長岡育ちの花火好きがやはりバックボーンにあったのだろう。長岡花火のさらに源流といえる三河豊川の血を引き、花火の文化に生きる者としては、ここでも山本元帥との不思議な繋がりに、色々と物思うのだった。

最後の訪問地は牛久シャトー。国産ワインの生産拠点でもあったが、ここはもうじき閉鎖になるという。国産ワインでも欧州レベルの産地と違い、中途半端なところは難しいだとうと思う。

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行こうと思えば今や気軽に海外のワイナリーも訪問できる時代。文化輸入の時代には貴重な場所だっただろうが、よほどの個性を持ってないと、観光じたいも競合が激しい。難しい。バブル時代でさえわりと手軽に買っていた3級クラスやクリュブルジョワのフランスワインが「えっ今こんな高いの!?」ってびびりましたけどね。

さてシャトーを出たらもう日暮れが近い。バスは都心に向かって帰り路をたどりました。

3月20日、東郷会名誉会長の東久邇信彦様(陛下の甥にあたる)が永眠されました。例大祭の直会でしかお目に掛かれませんでしたが、長岡の花火の関係のお役目のあってお詳しく、お酒がお好きで、私のお持ちした純米吟醸をいつも実においしそうに召し上がって、気さくなお人柄が好きでした。もうお会いできないと思うと残念です。ご冥福お祈り申し上げます。










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