無芸大食

取り留めもなく色んなことを書いてますが、内容がなくて申し訳ありません。お立ち寄り戴けましたら狂喜乱舞致します。リズム音痴なのに?

音楽

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クララ ハスキル――

 以下に、記そうと(転記しようと)しているのは、
 ハスキルを初めて聴いたときの感想ですが、
 自分でも?ちょっと面白いです。
 (かなり入れ込んでいるようですが、
  今回、ベートーヴェンのピアノソナタを聴いて、さて……)

 ハスキルの演奏は、独特の淡々とした流れがありますから
 モーツァルトやシューベルトが良いように思います。
 最近、ベートーヴェンのソナタをいくつか聴きました。

 ベートーヴェンと言えば、
 バックハウスや、最近ではギーゼキングばかりを聴いていました。
 最近、フィッシャーのものも良く聴いています。
 (これは、以前、こちらでも書いていると思いますが、
  記事は流れてしまいますので、
  ヤフーブログは過去分を系統立ててというのには
  余りに不適ですね。まぁ、ブログなんですから、そういうもの?
  ところで、最近、珍しく記事をアップしていますけれど、
  あまり意味のないことばかり〜
  そもそもブログに意味を求めても?)
 端麗な演奏が実にお洒落ですね。
 フィッシャーのモーツァルトも素晴らしいですが、
 ハスキルのモーツァルトはこの独特の淡々としてところが好いのでしょう。
 ――いえ、モーツァルトに限らず、全ての演奏に当てはまるのでしょうけれど、
 でも、その中にもハスキルらしさが至る所に表れていますから、
 ハスキルの演奏は、飽きっぽいわたしも聴いてしまいます。
 この聴いてしまうということ、聴き入るということではなくて、
 自然と聴いてしまうのです。そうして、忘れっぽいわたしですが、
 脳裏に、ハスキルの演奏が確かに残っています。
 (もちろんエッセンスだけですが)

 ところで、ハスキルのベートーヴェンは
 果たして、ハスキルらしさがあって、
 女性的な側面をどうしても感じてしまうのですが
 ――そう、いくらハスキルが、怖い、顰めっ面をしても、
 そこには、独特のものがあって、ハスキルらしい……
 まぁ、ここでは語らず、以下に、引用して終わってしまいます。

------------//(引用;ここから)//------------
クララ ハスキル――

わたしには語るほどの感性を持ち合わせていないのですが、
彼女の奏でるピアノは、なにかを物語っていて、
静かに引き込まれていくのを覚えます。
奇を衒わない淡々とした弾き語りのようです。
そこにはハスキルがいて、
なにか真実を訴えてくるように感じられます。
不思議な魅力があって、気づいたときには、
ハスキルの世界へと包み込まれています。

悪魔に魂を売ってまでも(何かを殺して?)、その代わりに
神の声を代弁するかのような、
人間離れ(浮世離れ)したようなものを感じます。
冷徹なほどの透明感は
それを生き様にしているからでしょうか。

ハスキルほど虚飾から離れたピアニストはいないのかもしれません。
その純粋さからくる音色は大変美しく、
群青をたたえるかのような深さがあります。
淡々とした自然体の中にも、
ときに彼女の魂がふっと浮かび上がるような
一種凄絶なものも感じますが、
それでも実に典雅で、
ハスキル独特の美の世界がそこにあります。


モーツァルトのピアノコンチェルトは、
指揮がフリッチャイでしたから、
余計に?感じるところがあるのでしょうか。
フリッチャイは、既に晩年になってしまいますが、
復帰後のベルリンドイツオペラのこけら落とし公演の
『ドン・ジョバンニ』が耳(目?)に残っています。
(ほとんど、フリッチャイの演奏は知りませんが、
 こちらはLDになりますので、
 指揮振りが見られます)
若きディースカウの熱演と相俟って素晴らしいものでした。
静かに命が燃えるようにと思うのは、
その後のフリッチャイを思えばの感傷になるのかもしれませんが……


ハスキルの演奏はある意味で女性的なんですが、
シューベルトのソナタは、心の奥底で奏でられているように
地の底から静かに揺り動かされるような響きがあります。

ハスキルの若き頃のポートレートを見ると、
その繊細な美貌の奥に、
その後に待ち受けるものを思ってしまいます。
苦悩と病魔に打ちひしがれても、
ハスキルは、そこから不死鳥のように蘇りました。
精神と肉体とを燃焼させて時代を駆け抜けて行ったのでしょうか。
病的な苦悩を押し殺したまでの純粋さと変貌は、
ハスキルの奏でるピアノの音色にどんな影響を与えるのでしょうか。

ギーゼキングの優しさとはまた違ったものがあります。
地の底から語りかけるは、
ハスキルの優しさなのか、
透明感と繊細さとの紡ぎ出す世界は
一種、この世のものではないようです。
天性を具現するのにも才能がいるのだと思いますが、
ハスキルは生まれ変わったのかもしれません。
そうして、再びこの世に縛られることをよしとせず、
駆け抜けていったのでしょうか。
怖いぐらいに淡々とした、
冷徹、怜悧な演奏は
決して冷たいものではなく、
強く途切れることなく、
静かに何かを語っていきます。
そう、ハスキルがピアノの前から立ち去ったとしても、
その余韻は消えることなく紡がれていきます。
------------//(引用;ここまで)//------------

クララ ハスキル ―― プロローグとして

モノラル録音になりますが、
DENONのSC-210という小さなスピーカーが伸び伸びと鳴らして、
ハスキルを聴かせてくれます。
最近よく聴く、同じくDENONの、SC-104になると、
ピアノの音が強く感じられるので、
特に、高音部が強すぎて、しんどいですね。
ピアノが浮いていると言えばいいのでしょうか。

SC-210は、雰囲気を上手く醸し出して、
この小さなスピーカーのどこにそんな奥行きがあるのだろうかと
不可思議に思わせるほど、
そのまた奥へ、奥へと、そうして
不思議の世界へとわたしを誘ってくれます。
そう、そこは不思議な世界なのかもしれません。

スピーカーの再現する音――
その感じ方は人によってまた状況によって千差万別ですが、
この二つのスピーカーでは、
鮮明で、はっとするような音を聴いて驚きを覚えるときと、
雰囲気を感じて心地よくなるときとがあって、
興味深いものがあります。

 録音が古いので、SC-104では録音の粗が目立つのかもしれませんが、
 それだけではないようです。
 ちなみに、古さでいえば、どちらのスピーカーも古いものですが、
 SC-104の方がより20年近く古いかもしれません。
 相性と言ってしまえば、そうなるのでしょう。
 録音のされ方が、SC-210の音作りに合っているのでしょう。
 でも、思いますが、合っているというのは不思議なもので、
 理屈をどうつけようと、そこに表現される音場が心地好く聞こえています。
 そして、また思います。
 とにかく、そこに表現される音場に触れるしかありませんので、
 それはそれで唯一無二なのでしょう。
 そこにあるのは一つなんですね。
 そうして、今、それを聴いている。
 それしかなく、聴くということはどういうことだろうと思います。

スピーカーからの音、音楽――
暫く聞いていると、スピーカーの存在が消えてしまいますが、
そこから音楽が始まるのでしょう。
そうして、音楽は通路だということをつくづく思います。
すると音は、音楽への通路ということになるのでしょう。

今、聴いている曲は、フィッシャーのピアノソナタですが、なにか引き込まれるものがあります。

エドウィン フィッシャーのピアノは一つ一つの音が端麗で美しいですね。
なのに力強さもあって、こう生きるというメッセージのようなものがあります。
強く美しく――時代を生き抜いたのでしょう。
そして、その篤い思いは、素晴らしい世界への扉がそこにあることを、そうして
それを心で感じとることを伝えてくれているような気がします。


最近、オイストラフの演奏を聴いて、これまでにない親近感を感じたのですが、
(特にチャイコフスキーのバイオリンコンチェルトに)
それは、オイストラフの泥臭、、、いや、違った、、、温かさなんですね。
演奏家が伝えたいものは(わたしにとって?)、それは温かさなんしょう。
あとはどう表現するかは、テクニカルな問題なので、それはそれです。
(確かにテクニックがないと伝えられないものがありますが……)

ところで、フイッシャーのセンスが光ります。昨日、ピアノコンチェルトを聴きました。
ベートーヴェンのピアノコンチェルト#4はヨッフムが指揮をしていましたが、
片や、#5ではフルトヴェングラーが指揮をしていました。
#4とヨッフムには思い入れがあるので、どうしても#4の方を聴き入ってしまいます。
モーツァルトに通じるような、不思議な曲ですね。
まぁ、なにが不思議かは、ブルックナーの#8と同じような
ミステリアスなところがあってと、、、まぁ、書くのはやめておきます。

と、書くのをやめてしまえば、ここで終わってしまいますので、
どこかで書いたコメントを寄せ集めて終わっておきます。

----------------------//(ここから)//----------------------
最近、良く寝る(寝られる)ときと、夜更かししていても、
不思議と朝早く目が覚めるときとがあります。

どこかで帳尻を取っているのだとは思いますけれど、
睡眠はほんと大事です。
あと、気合いも……
(そうじゃないと力が入らない。
 いえいえ、力とは不思議なもので、
 入り過ぎてもダメなものですから、
 意外と、寝不足のまま、任せていると、
 上手くいくときがあります。
 が、これは、それを狙ってやると、
 まさかのときに寝てしまうということになるかもしれないので、
 狙ってはできないものなのでしょう。
 となると、睡眠は静かに時を経るために必要なんでしょうか?
 と、繋ぎのために、この括弧内は付け足しました)

音を通して、何かを感じたいと思っているのかもしれません。
失われた音を求めてとか、書いていましたけれど、
本当は、失ったものはなんだったのろう、と思います。
見ようとしなかったものかなぁ〜とか、
歳月が経ってそう思うようになりました。

ところで、音は主観的というか、
同じ音を聞いていても人それぞれなんだと思います。
同じ絵画を見ても、同じ花を見ても、
感じ方は異なりますし、そういうものだと思います。
どう感じるかについては、その人のものですから、
とやかく言う気は毛頭ないのですが、
音から音楽になる、と言えば、得手勝手に?
またまた大層なことを言って、
いえいえ、法螺を吹きたいのかもしれません。

聴く側の経験とか、そういうものを全て総動員して感じているのでしょう。

でも、そういうのは自然と行われるので、凄いことなんですけど、
意識としてはそういうことをほとんど感じていません。
感じていなから、淵源の付近をうろうろしているだけなのかなぁ〜とも。
でも、思えば、音に限らず、みな同じ?
声とかはほんと心に直截に働きかけてきますよね。

昔々(あるところで?)道に迷って、
なんどか(片手では無理です。足の指も総動員しても全然足りません)
人に尋ねたことがあるのですが、
凄く、素敵な人がいらして、
懇切丁寧に教えてくださるのですけれど、
大変お美しいので(声がです。でも、それだけではなかったかも〜)
「何かの可視できない信号のようなものなのかもしれません」
(どなたかの言葉です)
ほんと仰るとおりです、なにか見えない、赤い糸に手繰られて?
じゃないのですが、、、大変、お美しいので、言われてしまいました。
「ちゃんと、聞いていますか!?」
それでも、なんども懇切丁寧に教えていただけて、
一種の、一期一会なんでしょうけど、凄く心地よくて、
でも、それが全てではないのでしょうけれど、
たとえ仮初めであったとしても、それはたしかにあったんだと。
そこに人がいる、介在するので、
より深く感じることができるのかもしれません。

結局は自身が感じているのでしょうけど、
自身もより深くなると、
静かに潜行していくと?
他者と渾然としてくるような気もします。
結局は表層で生きている、
生きなければならないのでしょうけど、
ええ、生きるということでは表層が凄く大切なので、
それでも、そこぞこで、自分がどう感じるかは大切にしたいものです。
----------------------//(ここまで)//----------------------

結局はなにかに通じているのでしょう。

時代、その時代によっての趨勢な考え方をしないといけないようなことを
ある方に言ったのですが、どうも全く理解されなかったようです。

半年前にお会いしたときには、5年ぐらい先を行ってしまいましたと、わたし。
今回お会いして、また5年ぐらい先を行ってしまいましたと、わたし。
都合10年も先を行ってしまうと、一つの時代を過ぎてしまいます。

時代というと大層なので、時期という言葉に代えると、
時期によって、そのときに必要な考え方に染まらないとやってはいけないのかもしれないというようなことを言いたかったわけですが、
はてさて、10年も過ぎてしまうと、どうなるのでしょうか。

まぁ、思い立ったが吉日で、今が出発点になるぐらいの気持ちになるのがいいのでしょう。
話が逸れていきましたので、ここらでやめておきます。

 先日、昨年(でしたっけ?)、販売されたドイツ・グラモフォン111周年記念コレクターズ・エディション(55CD)が、再び日本に入ってきたので、思わず(迷わず?)買ってしまいました。

 昨年の販売時には、どうせ大したことないだろうと(イソップの狐よろしく)二の足を踏んでしまいました。確かに、既に持っているのもありますし、あまり好きじゃない演奏(家)のものもありますし、これだけ枚数があると曲目からして今更という気がしないでもありませんでした。
 
 昨年は意外と?あっという間に割り当て分?が完売されて、再入荷もされたように思うのですが、こちらもすぐに完売したようで、通常ルートでは手に入りませんでした。こういうのは縁のものだと思っていますので、あくせくしてまで手に入れようとは思いません。が、最近、再プレスされたのでしょうか? その辺りの事情は皆目分かりませんが、HMVで予約販売が行われていました(エディション2だとは、この時点は気づいていませんでした。後日談) 完売してから、また後で四の五思うのは嫌なので、こういうのはすぐに予約しておきました。発送予定日は多分本日だったと思うのですが、数日前に到着して、現在、既に完売となっていました。
 
 ところで、USからの輸入盤もあるようで、ヨーロッパ版とは色合いが異なるようです。文字色と地色が逆転しています。Amazon.co.jpで、「111 Years of Deutsche Grammoph Various (CD - 2010) - Import,From US 新品: ¥ 9,898」となっています。こちらは円高の恩恵を受けているのでしょうか。わたしが購入予約したHMVより安価になっています。どちらにしようか迷ったのですが、Amazonはサービスデータがなかったので、やめました。
 
 さて、このAmazon(import from US)ですが、文字色と地色が逆転していると書きましたが、果たして先行(ヨーロッパ版)と同じ内容なのでしょうか? 先々週にHMVで予約した際には、Aamazonのimport from USを見て、面倒くさいことをするものだと訝しくも思いながらも、USバージョンなので色合いが異なるのだと思い込みました。が、実のところは良く分かりません。
 
 本日、HMVを見ると、「ドイツ・グラモフォン111周年記念コレクターズ・エディション2(56CD)」が販売されているではありませんか。これで、先行の55CDと併せて111枚になります。エディション2(56CD)の方は、まさにAmazonで販売されているものと色合いが同じです。が、Amazonで販売されているもの(import from US)が、エディション2(56CD)なのかどうかはわたしには分かりません。一枚一枚のサービスデータがなく、画像には、何枚か(5枚ほど)ジャケットが転がっていますが、一々自分の持っているエディション1と比べるほどの酔狂さは持ち合わせていません。そもそも、当初の思い込み――販売地域が異なるからと言って、一つの版で色合いを変えるなんてことはあまり考えられないのかもしれませんが。
 
 ちなみに、HMVではエディション2は、同じく送料込みで10,332円でした。こちらは一枚一枚のデータが記載されていますので、迷わずHMVで申し込みました。面倒くさいのは最近嫌になっていますから。
 
 わたしが最初にAmazonで見かけた、赤字に黄色の地色は、エディション2なのかもしれません。それで、タイトルは「大きな勘違い」という表記になっていますが、この表記が正しいのか、ことの真意は良く分かりません(これを見て迷われた方には申し訳ありません) 
 
 Amazonでは現在も予約販売受付中です。販売予定日は2010年10月4日になっています。HMVではエディション2は既に販売が開始されています。US版では輸送の関係で販売日が遅れているのでしょうか。ちなみに、Amazonは、わたしの見方が悪いのか、いつもCDの詳細な内容を見ることができないので、ままよということになります。が、見落としているかもしれませんので、事実はよく分かりません。
 一方、(Amazonに貼付されている画像の)転がっているジャケットから判断しなさいよという陰の声が聞こえてきそうですが、そんな手間をかけるぐらいでしたら、この値段ですから、迷わず買っておいても損はないのでしょう。といういうわけで香里の実家用に買うことに決めました。出費が重なりましたが、まぁ仕方ないでしょう。購入手続きをしていると、どうも、エディション1のような気がしないではありません。まぁ、どちらが送られてくるか、来ての楽しみにしておきます。
 
 とりあえず、暫くは、寝ながら、音楽を聴くということができそうです。うたた寝の中で聴く音楽ほど素敵なものはありません。
 
 ただ、ほとんど同じ曲(演奏)ばかりを好き好んで聴いているわたしですから、いつまで「ドイツ・グラモフォン111周年記念コレクターズ・エディション」を聴き続けられるか分かりません。事実、CD5にまできて、寝ていたのがむくっと起き出して、やはりいつもの音楽(演奏)にかけ直していますから。習慣(刻まれたもの)とは怖ろしいものです。わたしは慣れ親しんだものしか聴けないのでしょうか。そう、融通性がきっとないのでしょう。
 こうなれば、モノラルであろうが(いえ、モノラルは美しいのです)、MP3であろうが、音楽が雑音の中に埋もれていようが、実際、どのようなものであろうが関係ないようです。ピアノがピアノらしく聞こえなくても、鼻息が聞こえていればそれで十分なのでしょう。
 だとすると、111枚も要りません。この一枚で十分なのでしょう。つまりは、気づけばそれで十分で、不器用なわたしは端から多くの音楽は聴けない。音楽であって音楽でないようような、そんなところに惹かれているのかもしれません。それだけに心を打つものがあります。美しく弾こうとしないからこそ、これほどまで美しいのでしょう。と、すぐに関係ないことを書いてしまう悪い癖があって、恐縮します。
 きっと、わたしは、音楽を、芸術として鑑賞する能力に欠けているのかもしれません。どのように聴いているのか分かりませんが、対峙していればそれで十分なのでしょう。
 
 
 何事も中途半端になっていますわたしがそもそも断り書きから記すこともないとは思いますが……
 
「ギーゼキングはたましいの音楽」その2 ―― 懐かしいMDプレーヤーにて
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 FC2のブログとヤフーブログとの棲み分けを行う、と言ったら大層ですが、パージされたHPも復活したいと思っています。
 不器用なあなたが三つも管理できるの?!と訝しく思われる向きもあるかと思いますが(誰となく)、今は過渡期ということで、記載する内容が交錯しています。
 たぶん、こういう内容はFC2ブログには載せないということが仕切りのためには良いのでしょう。
 「徒然日記」なるものがコンテンツとして掲げたのが間違いと言えば間違いかもしれませんが、少しは花を添えたいという気持ちがあったのかもしれません。
 「ギーゼキングはたましいの音楽」というコンテンツの掲載予告から、横道に逸れる、逸れるという感がありますが、まぁ、わたしの独白です。こういう遊びもあっていいのでしょう。ただ、ブログ自体のレゾンデートルには懐疑を覚えています。
 ところで、最近、ポータブルのMDプレーヤーを聞いています。
 ここ7、8年ほどはCreativeのMP3プレーヤーを聞いていましたが、音飛びがしだしましたので、初期化して音楽ファイルを入れ直さなければならず、すべてのMP3 ファイルをPCに保存していないわたしは、作業が面倒くさいのでそのままになっています。
 それで? MDプレーヤー復活? まぁ、そういうことになるのかもしれませんが、少しばかり驚いています。
 さて、MDはもう過去のものとなったのでしょうか? それ以前にもデジタルオーディオではDATが発売されたことがありましたが、これも残念な結果になりました。結局は、著作権(隣接権)からみで、ユーザーの方を向けなかったのが一番残念といえば残念ですが、この辺りの確執(権益への固執)はかなり以前からありました。
 この件りのことは、ヤフーブログの方に記載していますが、途中で息切れというか、戦意喪失してしまっておざなりになっています。
 FC2ブログでは、ヤフーブログとの棲み分けを行いたいので、オーディオ関係を含め、記載することは控えたいと思っています。と、同じことを何度も書く悪い癖がありますが、ブログですから、日記風の記事も少しは残さないと、化石ばかりでは陳列棚も黴臭くなりそうですね。そう書きつつ、逡巡する悪い癖があります。まぁ、なくて七癖と言いますから、癖の悪いわたしはいったい何癖(難癖)あるのでしょう?
 据え置きのMDプレーヤーを未だ保有していますが、CDは複製を作るのが簡便ですから、もっぱら音楽CDはCDプレーヤーで聴くことになります。据え置き型の場合、特にMDプレーヤーで聴くことはないのかもしれません。
 一方携帯する場合では、ポータブルCDプレーヤーにしても言わずもがな大きいですから、音質もそれほど変わりませんからポータブルMDプレーヤーの方が遙かに有利です。
 が、容量の大きいMP3の携帯プレーヤーの登場によって、より小さく、しかも遙かに多くの曲数を保存して持ち歩くことができることがなりましたので、簡便性という点でその座を譲ってしまいました。
 そういうわけで、MDは、わたし自身の中では打ち捨てられていましたが、今回、聞いてみて再評価と相成りました。
 冒頭に戻って、最近、ポータブルのMDプレーヤーを聞いていますが、少しばかり驚きを覚えています。こんなに良い音だったのかと感慨が深いものがあります。でも、音ってなんだろう?
 メディアの問題もあるのでしょうけれど、機器側の再生能力によるところが大きいのかもしれません。
 この小さなポータブル機器に、ソニーはウォークマンの魂を吹き込んでいるのですね。
 ソニーは、音の傾向としては好きではないのですが、流石、一つのウォークマン文化を築き上げた末裔だけに、気合いというか、築き上げた伝統の力を感じます。
 音が良いということは人によって千差万別なのでしょう。抽象的に書くと、意味が幾通りにも取れてしまいますが、敢えてこのままにしておきます。
 音楽を聴いているわけですから、音を聞くものではないのだと苦言を呈したいところですが、これは自省を込めてということになります。
 でも、音が良いと思うのですから、これはこれでわたしにとっての真実なのでしょう。そうして、わたしにとって、音が良いということはどういうことだろうと思いました。直感によるところが多いのですが、話端折って、音楽再生でより重要になるのは、音以外のところではないかと思っています。すると、情報量では、音は視覚には勝てないので、不自由なことになってしまいますが、それでも、視覚に縛られない分、有利なこともあるのでしょう。ただしそこには補完するものが必要で、それが想像力になるのだと思っていますが、現実を過去及び未来へと結ぶものとして想像力があって、心に強く惹起するものがあるのでしょう。
 そうして、ギーゼキングのピアノを聴いて感動するときは、音ということを消し去ったところにあります。警句だけ書いて、なにも説明しませんが、音楽は音を消し去ったところに現れるのだということでしょうか。これはわたしの聴き方にもよるのかもしれませんが。
 MDプレーヤー(ウォークマン)で、ギーゼキングのベートーヴェンのピアノソナタを聴きましたが、音の粒が鮮明で、驚きました。MDプレーヤーは音が良くて、ギーゼキングの、あの掌で転がすような独特のタッチが美しくて、この世のものとは思えないほどです。感慨新たと言えばいいのでしょうか。聴く側の精神状態もあるのかもしれませんが……
 不覚にも美しいと思ってしまうのですが、バックハウス大好きなわたしには、実は、ギーゼキングは鬼門です。この辺りのことをヤフーブログには書いていますが、FC2ブログでは初出ですね。
 ギーゼキングは体力的にも勝れ――あの体躯ですから、まるでピアノが玩具のピアノのように、そう、猛獣使いが猛獣を手なずけるように、ピアノがギーゼキングの掌中にあって、自由自在にころころと音を奏でます。まるで魔法にかけられたように、自尊心の高い猫がころころと喉を鳴らすように、そう、巨大なピアノがまるで玩具のピアノとなって、従順になってしまうのです。
 嗚呼、ギーゼキングは鬼門です。一旦、ギーゼキングの美しさに触れてしまうと、そこから抜け出すことはできないようです。バックハウス好きのわたしとしては鬼門となります。あのごつい体躯に厳めしい顔つき――まぁ、厳めしいとなるとバックハウスも引けをとりませんが、そのギーゼンキングに至高の美しさを感じるのは、バックハウス大好きなわたしにとっては如何にも不覚です。が、これはもう、美しいものは文句なしに美しいという世界に入ってしまいます。音楽は生き様ですから。
 このことは、MP3プレーヤー(Creative)で感じなかったわけではないのですが、MDプレーヤー(SONYウォークマン)ではより鮮明に鍵盤へのタッチやペダル使いなどが感じられました。ただ、LP2で録音していますから、通常のMDよりも高圧縮になります。それでも、かなりの高音質(前出MP3プレーヤーと比べて)ですから、再生機器側の問題がより大きいと思っています。
 そうして思うのですが、再生装置に求められるものは、所謂音の良さ(違い)ではなくて、音以外のところの再生能力――というとわかりにくいのですが、例えば、ギーゼキングの意気込みが(決して鼻息とは言ってませんので為念)やグールドの口ずさむメロディーが伝わってくる方がよほど重要に思えます。
 音には関係ないと言われればそうなんですが、音楽を聴くということは、音を聞くことではなくて、演奏家が虚空に感じているものを共有することだと思っています。
 つまりは聴き手によって千差万別なのかもしれませんが、せっかくですから、音ではなくて、魂を感じたいものです、ということにでもして、長くなったので、竜頭蛇尾のような気もしますが、この辺りで一区切りつけることにします。
 
 
 (例によってFC2ブログには未だ載せられていません。彷徨っている感がありますが、まぁ、こういうのは寝ぼけながらでも歩けば、落ち着くところに辿り着くのだと、嘯いておきましょう)
 

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