無芸大食

取り留めもなく色んなことを書いてますが、内容がなくて申し訳ありません。お立ち寄り戴けましたら狂喜乱舞致します。リズム音痴なのに?

書簡より

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 こんなの送りつけているわたしは一体どんな輩なんだろう?

 こんなこと、ここ(ブログ)に転記したら、お姉様(実際はわたしよりかなり?年下です;筆者註)から、きっと、きついお仕置きが待っているに違いない。

 でも、暑いもん。。。

 タイトルからですが、タイトルからして遊んでいます。
 「短くいこうと思ったのですが(階段でのスカートの丈(註1:筆者)ではないので念のため〜)長くなった」

(註1 お姉様の「私もWikipediaを見てみましたが、すごいですね。メルモちゃんがこんなに詳細に記述されているなんて驚きです。子供の頃、どきどきして見た事を思いだしますね。
最近は階段を上ったときぐらいしか、どきどきを感じません。」を受けて)

 さて、以下から本文です。

○○お姉様〜(と呼びかけても、タイトルには関係ありませんので、為念)

 言い間違いって、わたしは良くします〜
 わたしの場合、なんだろう?
 パパンがパン!
 パパンがパン!
 と、なんでかしりませんけど、パタリロが踊り出すんですけど〜
 ああ、危ないかも。。。
 ああ、まるで心ここに非ず? なんか関係ないこと書いた?!


 「間違えた!!無意識の願望?」とは、○○お姉様、造詣の深い言葉ですね〜
 わたしのacting outは、名前を間違う?とか良くありそうです〜
 えっ、早発性痴呆症? 最近では、痴呆症は使わないんですね。じゃあ、早発性認知症? あまり言うと阿呆をさらけだしそうなので、、、閑話休題。

 女性は皆そう(年取った、とよく口にしますよね。それと男性化も!!!)ですよね〜でも、男性もそうかな? と、この話題は次回回しにして、と。次回ってなんだろう?

 さて、くだんのWikipediaは、ほんと凄いですよね〜 例の記載(註2:筆者)なんて、もう、見てきたような嘘を言い、

(註2「子供から一気に20代の大人の女性になる。姿が変わるのは身体のみで、普段着ている紺色のブラウスに黄色いスカートのままキャンディーを食べると、大きく膨らんだ胸や、スカートからはみ出た下着が著しく目立つ格好になる。同じ青いキャンディーを複数食べると中年女性になり、大量に食べると老女になってしまう。
 キャンデーを食べると光に包まれながら大人へと変身していく。
 姿が変わるのは身体のみなので、大人の姿でも老女でも心は子供のままである。
 大人のメルモ(20歳)はスーパーモデル並みのプロポーションである。また、運動神経は抜群で、大人の男たちを相手に格闘したこともある。
(後略)」(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

 じゃなくて、余程、鮮烈にイメージ化されているのか、もしかして、夜な夜な見ているんじゃないの〜と思わせるに十分な気合いを感じさせます。
 よほど、メルモちゃんが好きなのでしょう〜
 まぁ、みんなから愛されるメルモちゃんでしたけど、そう言っていると、わたしにもなんかイメージが浮かんできました。
 わたしの場合は(きっと、かの記載箇所をわざと避けようとしたのかもしれませんが、ああ、やはり成人女性のそういうものに目がくらむのは正常なのでしょう?)なんでかしりませんが、潤んだ唇が〜
 というと、変態と間違われそうですね。えっ、正常? でも、ちょっと芸が細かい?
 やはり、大人のイメージとしてそういうものがあったのかもしれませんね。

 ところで、○○お姉様、 子供の頃、どきどきして見ていらしたんですね。
 子供心に大人の世界に入り込む、それも大人の姿になってというのは、快哉〜なんでしょう。
 と、言っても、メルモちゃんの変身を見て、女の子と男の子とでは感じるものがかなり異なるのでしょう。
 あの頃の○○お姉様にとって、これから(まだまだ?)思春期を迎えて、女性になるということは大変なことなんだろうと思います。
 ああやって、アニメにしても、身体の劇的な変化を見せつけられると、女の子が女性になるのは大変だと内心で思うのかもしれません。
 次はわたしの番? そう、思うとどきどきしてくるのは、なんとなく分かるような気がします。えっ、そんなこと思ってないって?! 勝手に想像するな!って? セクハラで訴えてやる!って? 


追伸
 わたしの周りは、結構、性別でいうと、女性が多いのですが、
 ああ、怖い〜 というか、わたしの女性観がおかしくなりそうです。
 (いえいえ、実は、そんなものだと思っています。
  このご時世ですから、たとえ、女性らしい方も、心は大変お強くあられて、
  めそめそなんかしていたら、きっと流されてしまうのでしょう。
  それで、そんな素敵な方にしても、少し、少し、男性化していくのかも……
  端から、男性化している方はこの括弧書きでは対象外です、為念)

 今、通り過ぎて行かれた方、般若のようなお顔してます。
 今、コピーされている方、肘が外を向いています。足は? 言いません。
 今、目の前に立っている方、鬼に金棒のように、踏みしめてはります。

 嗚呼、追伸がどんどん長くなっていく〜
 昔のことを思い出しました。誰のことかお分かりでしょう?
 ボックスの前で仁王立ち。挙げ句の果てには、わたしの足を踵で思いっきり踏んでも、知らん顔で、踏んだまま(分かってないのかなぁ〜 わたしの靴は地面じゃないけど……)
 すれ違うときにも避けはらへんかったから、あるとき、Hさんと、さもありなん、正面衝突してはりました。
 でも、わたしは、妙に納得。お互い、よけへんかったら、当たるしかありまへん。
 車同士ならば、大惨事ですけど、女性同士で良かった。セクハラで訴えられることもありまへんから。
 えーっと、どなたでしたっけ? と嘯いておきます。
 ああ、でも、女性って、こんなんやったん?(こんなんばっかり?)
 何かが間違ってます。
 それで、職場で一番身近な(筆者註:物理的な距離のこと)女性は、実はパタリロです〜
 パパンがパン〜
 パパンがパン〜
 と、踊り出すのではないかと心配しています。
 でも、わたしの心配なんて、要らんお世話なんでしょう。

 そういうわたしにも、癒される方はいはります。
 素敵な方は稀有だからこそ、貴いのでしょう〜

 竜頭蛇尾――ちょっと、暑いので、遊んでしまいました。すみません。
 (結構疲れているのかもしれません。ストレス? 車で言うと、アクセル踏んでも加速しない。ブレーキを踏んでも停まらない? ああ、中年のクライシスなんですね、きっと。(筆者後日談))
 時節柄、くれぐれもご自愛ください。

 ほんと、季節は夏なんですけど……

 と言いつつ、もう立秋を迎えて、時節は残暑厳しくというところなんですね。
 お昼間に少し外に出たのですが、くらくらと、暑さで眩暈がするほどでした。
 なのに、夏をどこかで感じていない自分がいるというのは不思議です。

「私も、夏という感じがしません。暑いし、ちびっ子達も夏休みで、
 夏なんだとハダで感じてはいるのですが、脳が反応しませんし、
 なんとなく、私の中で夏が終わってしまっているかんじがします。
 本当に今年は不思議な夏です。」

 ほんとそうですね。夏なのに、夏ではないような妙な感覚がします。
 これまで培われたもの――時節感があったのだと思いますが、それが失われています。
 自分の中でもそうなのですが、ふと、環境の方もちょっと妙な感じがします。
 この時期(まだ少し早いかもしれませんが)、空を見上げると、筋雲が見られると言いますが、眩しい空には、入道雲になりそうな雲ばかりが浮かんでいます。

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 なんだか最近、亜熱帯化してませんか?
 最近、スコールのような雨が降っていませんか?
 去年までこんなことがあったかなと思うくらい
 突然の雨が降っています。
 ついさっきまで天気がよかったのに、
 雷を鳴らしながら近づいてきて突然の雨。
 まさにスコールです。
 日本も亜熱帯化しているんでしょうか?
------------------------------------------
 面白かったので、そのまま引用してしまいました。
 でも、言われてみれば、確かに……
 これってスコール?
 ゲリラ豪雨とか呼ばれていますが、夕立ちにしては、凄すぎですよね。
 しかも結構な豪雨が続きます。
 これでは、風情も何もあったものじゃない。

 スコールとは雨の成り方が異なるのかもしれませんが、これまでの夕立の範囲では捉えられません。
 だとすると、日本もとうとう亜熱帯化?
 早計かもしれませんが、日本の四季に亜熱帯が入ってきたんですね。
 生活そのものを考え直すときがきたのでしょう。

 このお陰で被害に遭われた方もいらして、天災に対しては憤りももっていく場がない。
 すると、「面白かった」や「風情もなにも」という表現は実に不適切なものです。
 また、遠く、ミャンマーのサイクロン被害を思うと、胸が痛みます。
 今、気候に関しては軽々しく対岸の火事のような言い方はできないんだと痛感します。


 ところで、エネルギー資源の構図はシフトしていくのでしょうね。
 これまでの石油偏重が、かなり替わるのではないかと思っています。
 アメリカではもう大きな車は要らない、という方向に進むのでしょう。
 そうして、代替エネルギーの方に移行したものはもう引き返すことができないでしょうから、生活が替わるのもごく自然なことと思います。
 日本の、「もったいない」という生き方を思い出すべきなのですが、日本人は自身の生き方をとうに捨ててしまっているんですね。
 なのに、中国の環境問題を一方的に非難する。
 環境汚染は無定見に放ったらかしに思えますし、CO2排出量も経済規模(市場)から考えると桁違いに多いようです。
 でも、戦後、無定見に西洋近代化を取り入れたのはわたしたちだったのに。
 その前に、自分たちの魂は一体どこへ行ったのか、考えてみるべきだと思います。

 月日は足早に過ぎていき、昨年末も遠くになりました。
 晩秋に知恩院を訪れました。
 ライトアップされていて、どこか異郷の地にいるような感覚になりました。
 画像がないのが残念です。
 携帯で撮った画像はありますけど、PCに取り込んでいません。
 取り込んだところで、暗かったので、上手く撮れていないと思います。
 以下はメールから引用しました。
 今の時節に合うように少し修正を加えようとしましたが、そのままにしておきます。
 内容は何もないです。ほんと画像が欲しいところです。

------------------------------------------------------------------------- (以下メールより)
 先週、嵯峨野(嵐山)に行ってきました。
 といっても、大覚寺を見て、トロッコ列車に乗って終わりです。
 嵯峨野に行く途中に瀟洒な喫茶店があって(名前を忘れてしまいました)、ほっこりしてしまいました。
 料理屋なんですけど、離れがあって、またその離れに喫茶を楽しむところがあってと、まるで隠れ家のようでした。
 BGMはシェフの好みなんでしょうか。フレンチのアンニュイなボーカルがかかっていました。大貫妙子好き(昔の)のわたしには合っていましたけど。
 そうそう、ケーキセット、大変美味しかったです。流石フレンチですね。また、訪れたいものです。

 ちょっとゆっくりし過ぎて、竹林にも、天竜寺にも行けず仕舞でした。途中、時雨れて、風吹いて、濡れて、寒くてと……

 京都を楽しむということは殆どありませんけど、やはり風情がありますね。
 市内に帰ってきてから、ふらっと知恩院に寄ったのですけど、ライトアップされていました。幻想的ですね。
 京都観光――近場なのに殆どしていなくて、ライトアップは初めてでした。
 寺院の夜の景色なんてと思っていたのですけど――ちょっと怖いというイメージがあったのですが――まだ少し早い紅葉にスポットライトがあたって、池に映し出される影と、灯火が連なって夢幻の境地を醸し出していました。お寺というイメージではなかったですね。どこか異郷の地のような。すると、昔の人は、心の中にこのような境地を描いていたのかなとも、少し神妙な思いがしました。
 法要が営まれていて、僧侶が列をなして歩いていました。延々と続くその姿に、寺院の歴史の長さ、仏教の教えの深甚さを覚えました。
 厳粛な光景に、ふと、お隣の方が大晦日のよう…… 確かに、厳粛というと、現代人はそういうものしか浮かばないのですね。節目節目の切りがなくなって、果たしてずるずると日常を怠惰に過ごしてしまっていることに、わたし自身反省を促されました。

 知恩院の山門では、「ごとく」というグループがライブコンサートをしていました。日替わり(週替わり)で催しは変わるようです。
 「ごとく」はジャズボーカルらしいんですけど、女性ペアです。わたしは親子と間違えてしまって…… 「どういう意味?」と詰め寄られてしまいました。冷や汗です。近くで見ると、お二人とも同じ年齢ぐらいでした。わたしの隣の方が、きっと親子だわ、とか言ってたんですけど、そのときはまるで他人の振りで、助け船はなかったですね。
 ヴォーカルの方の歌の回しは凄く独特でした。キーボードを担当されている方も歌っていましたが、此方はニューミュージックぽかったです。

 出不精ですが、たまにぶらっと歩いてみるのもいいものですね。なにか新しい発見のようなものがあって、それは外界と内界と言えばいいのでしょうか。生きている証のようなものですね。
 時代劇のロケをしていたり、いろんな方が活動されているのを目の当たりにして、心に新しい風が、少しですけど、吹き過ぎていったように思えます。
------------------------------------------------------------------------- 

取りあえず第2弾

(続き)

 ある人の言葉を思い出します。
 「今ある状況に感謝し、その幸運にだけ浴するべきで、それ以上のことを望むことは、分際をわきまえないことである。今ある偶然にこそ、感謝すべきだ」と。

 出会いは様々な形で現れます。必然的な出会いもあれば、偶然、恩恵に浴しての出会いもあります。ある人の戒めはもちろん後者に対してのことですが……

 ところで、もう一人、特筆すべき方――
 今回、彼女のことを書こうとして、前説が長くなってしまいました。既に、彼女の名前も忘れてしまっています。申し訳なく…… でも、心に刻まれた、そのときの不可思議さは永遠に忘れないでしょう。

---------------------------------------

 もうかなり前のことです。
 一緒に歩いているだけで、この上なく温かいものを感じて、それが高じていきます。
 暖かくて、暖かくて、ほんと揺籃の中にいるような心地良さでした。
 一緒にいるだけで、こんなにも気持ちよくなるものなの?!と、言いしれぬ感動のようなものが込み上げていきます。
 彼女は、数歩下がって付いてくるようなお淑やかさを持っているのに、それでも、しっかりと自分というものがあって、こういう雰囲気というか、バリアようなオーラを生じさせるのでしょうか。

 不思議なものです。彼女といるときはいつもそんな名状しがたい気持ち良さに浸っていました。
 彼女自身、自然とそういう世界を築き上げてくれるのでしょう。彼女は、素敵な方でした。そうして、そこには信頼と尊敬のようなものが自然と生まれていたのかもしれません。
 わたしは、その中に、ずーっと留まっていたいと思う気持ちと、惹かれるものから離脱しなければならないという複雑な思いの中にあって葛藤していました。


---------------------------------------(書簡より/ここから)

 彼女は、不思議な凄い力をもったヒトだと、当時、わたしは思っていました。
 彼女のオーラにすっぽり包まれている自分を感じました。
 でも、普段はごく普通の方です。
 きらきらと輝いて見えましたけど……
 そうして、この光に包まれていたら、
 どんなにか幸せだろうかと思ってしまうほどでした。
 でも、それが永遠に続くわけでもないし……
 短い間だからこそ、幸せなのかもしれない。
 ほんとに、こんな心地よさをはこれまで誰にも感じたことはなかったですね。
 どこにそんな力をもっているのだろうと思いました。
 不思議ですね。

---------------------------------------(書簡より/ここまで)


 揺籃の中で揺蕩うような不思議な温かさは一体何故なんだろう? わたしにとっては、永遠の不思議……
 (でもこう書くと嘘になるかもしれません)
 ほんとはここで終わっておこうと思ったのですが、書いてしまいます。

 暫くして、彼女は結婚されました。
 今も、いい奥さんでいるんでしょうね、きっと。ええ、しっかりした女性ですから。
 結婚した後に、偶然お会いすることがあって、その昔に感じた、揺籃のなかで揺蕩うようなという感じはまるでなくて、当然と言えば当然なんですが、普通の感じでした。
 いろいろとお話しました。ええ、新婚生活にも少し触れられていました。お互いが、それぞれ異なる現実の中に生きていること、これも当然と言えば当然なんですが、実感しました。

 遠く、あの癒しの空間はなんだったんでしょう。
 心地良くて、温かくて、まるで天女の羽衣に包まれたようなやわらかさが、懐かしくもありました。

エピローグとして

 以前に何度となく登場されて、前回はこれが最後だということで記しました。そう、今ではメールのやりとりだけを細々と続けさせていただいている方です。
 十年一日の如しで、わたしは十年近く前の彼女の印象が彷彿とされます。流れる川を見て、同じだと思いこんでいるのかもしれません。わたしも変わってしまっているのに……
 今となっては、メールのやりとりも風前の灯火かもしれませんが、当時、この方ほど、人の心を気遣って、先回りされる方はいなくて、こちらの考えていることが分かっているのではないかと思われるほどでした。
 老婆心として、それが実に自然とできてしまっていたので、却ってその自然さが、彼女にとっては足枷手枷になっていたのかもしれないと思っていました。
 そう、彼女にとっては、そうすることが自身に課せられた運命のように、身体が、気持ちが勝手に動いてしまっているのだと思っていました。

-------------------------------------------------------------

 前を歩いているのが彼女だと分かった。
 日本風な歩き方と言えばいいのだろうか。今日は、結構急いている風で、歩幅は小さいながらも、突っかけたように、小走りに近かった。
 このままでは追いつかなかったので、わたしも急いだ。漸く彼女に追いついた。その瞬間、振り向くようにして彼女は言った。
 「わたし、おかしいでしょう? ちょこまか走るように歩いていたでしょう?」
 「えっ、そうなんですか」と、吐いた言葉には少し嘘がある。
 「ミュールだと、歩きにくくて。でも、もうこれに慣れてしまったから、いけないかしらと思いながらも、これで通してしまって」
 わたしが後ろから来ていることに気づいていて、しかもわたしがどう思っているかも先回りしている。
 そう言えば、彼女はいつもミュールだった。ヒール部は結構高くて、踵部が跳ね上がるので、如何にも歩きにくそうだった。以前、後ろから追いついた際に、そのヒールを蹴ったこともある。今も、傷が残っていそうだった。
 彼女は、そのときも「大丈夫。通勤で使っているでしょう。電車が混んでいるから、わたしも踏むことも、踏まれることもあるし、ヒールなんてしょっちゅう蹴られるから、もう傷だらけ。ちょっと格好悪いかしら。でも、愛着があるから、いつまでも使っているの」と間髪容れず返してきた。
 「ええ、もうゆっくり行きましょう。少し急いだから、もう十分だわ」

 彼女を見ていると、育った家庭環境の良さが如実に伝わってくる。立ち居振る舞いは実にお淑やかで慎ましくて、その所作にはまるで嫌味がなかった。
 何かこう、遠く失ってしまった奥ゆかしさが感じられ、外連味なくとは、彼女のために用意された言葉だと思った。彼女と一緒に歩いているだけで、心が癒されていく。

 いつもの彼女がそこにいた。横顔を見た。きっと、彼女はそれにも気づいているんだろうなと思った。そうして、ふと思い出すことがあった。わたしのことをそんな風に紹介しなくてもと思ったが、事実、そうなんだろうとつくづく思った。
 「朝、いつも、あの凄い美人と一緒にいる人」
 この言葉を思い出して、彼女を見ると、ついそんな意識で見てしまう。柄にもなく(柄に相応してか?)緊張した。いつもは、彼女を人として見ていたが、一人の女性として見ている自分に気づいた。途端、歩き方が不自然に、ぎこちなくなって、自分ではどうしようもなくなった。

(以下続く)

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