京都には、東映映画村があり、映画と言えば、こちらを真っ先に思い浮かべてしまいますが、京都映画の所縁の地として、真如堂を挙げられる方もおられることでしょう。
真如堂は、日本映画の父と言われた故・牧野省三さんが1908年に「本能寺合戦」を撮影した場所として有名だそうです。
今でもというと、関係者からお叱りを受けそうですが、時代劇のロケなどが行われているのを見かけることがあります。わたしのお昼の散策コースからは少し離れていますので、たまにしか足を伸ばしませんが、それでも、季節の良いときには、ロケが行われていることに遭遇したことが幾度とあります。
境内の参道の傍らに「京都・映画誕生の碑」があります。が、不思議と気づかないのは、わたしだけなのでしょうか。参道からは少し離れますので、本堂が目に入れば、そちらは視野の外にということなのでしょう。わたしもなかなか気づかなくて、昨年は10末頃になって、その碑の存在に漸く気づいたものです。
目にとまれば、意匠はかなり凝っていますので、ついつい違和感を覚えながらも眺めてしまいます。
ところで、昨年(2008年)10月1日に、「京都・映画誕生の碑」の除幕式が盛大に行われたそうです。ほんと知る人ぞ知るという感がありますが、この除幕式には、京都市長や、牧野さんの孫にあたる、俳優の長門裕之さんら映画関係者が出席されました。
以下は、碑文に書かれていることを参考にしながら書いています。
映画はシネマトグラフといい、1895年にフランスはリュミエール兄弟によって発明されたそうです。その2年後にはもう日本に持ち込まれ上映されたということですから、西欧の科学技術を導入することに意欲的だったことがこのことからも分かります。
1908年には、牧野氏が、シネマトグラフを用いて、歌舞伎の劇映画化に挑戦したことは先にも記しましたが、歌舞伎の原点も京都の地にあり、所縁のある地、京都で、多様にして大量の映画が創られていくことになると記されています。
そうして、京都で劇映画が創られて100年目という記念すべき節目の年に、牧野氏の「本能寺合戦」を撮影した「真如堂」の境内に、「京都・映画誕生の碑」が建立されたということです。なぜ、真如堂にこのような碑があるのか、不思議に思いますが、所以を言われてみると、深い歴史を感じさせます。
そうして、古都は、いまだ町の一角には、時代劇の一シーンをそこに見るような、古きものがそのまま現代へと、生活の一部として引き継がれています。
真如堂も、京都にあっては、自然にそこにあって、何時までもその姿を変えないのでしょう。時代の変遷を見続けながら、時代劇の舞台ともなりながら、なにを思うのかと、ふと、そんなことを感じました。
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