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今日は 6月 25日ですね。
朝鮮戦争が1950年この日に本格的に始まったんです。
↓朝鮮戦争が分からない方々のためにWikipediaから。
朝鮮戦争(1950年6月25日 - 1953年7月27日停戦、事実上終結)は、
成立したばかりの大韓民国(韓国)と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の間で
朝鮮半島の主権を巡って勃発した紛争から発展した国際戦争である。
この戦争によって朝鮮全土が戦場となり荒廃し、
朝鮮半島は南北二国による分断が確定されることになった。
今ちょっと探してみたらインターネットにも資料がたくさんありました。
その中でも特にこの手紙を見てからは非常に悲しくなりました。
お母さん、
私は人を殺しました。
それも石垣一つを間に置いて 10人ぐらいはなるでしょう。
私は 4人の特攻隊員とともに手榴弾という恐ろしい爆発武器を投げて
一瞬に殺してしまいました。
手榴弾の暴音は私の鼓膜を裂いてしまいました。
今この文を書いている瞬間にも耳の中には恐ろしい轟音でいっぱいです。
お母さん、
彼らは足が離れて腕が離れました。
あまりにも苛酷な死でした。
例え敵だとしても彼らも人だと思ったら
しかも同じ言語と血を分けた同族だと思ったら
胸が息苦しくて重いです。
お母さん、戦争はどうしてしなければならないんですか?
この複雑でつらい心情をお母さんにお知らせいたすと
私の心が落ち着くようです。
私は恐ろしい気がします。
今私のそばには多くの学友たちが
死を待つように敵方が飛びかかることを待って
熱い日ざしの下にうつ伏せています。
敵方は沈黙を守っています。
いつまた飛びかかるか知れないです。
敵兵はあまりにも多いです。
私たちはやっと 71人です。
もうどうなるのかな、と思えば恐ろしいです。
お母さん、
早くこの戦争が終わってお母さんに抱かれたいです。
お母さん、
もしかしたら私、今日死ぬかも知れないです。
あの多い敵方がそのまま退くようではないからね。
お母さん、
死が恐ろしいのではなくて
お母さんも兄弟たちも会えなくなると思ったら
恐ろしくなるのです。
しかし私は生きて帰ります。
必ず生きて帰ります。
お母さん、
もうやっと心が落ち着きましたね。
お母さん、
私は必ず生きてお母さんのそばに帰ります。
サンチュサムが食べたいです。
冷たい泉水が飲みたいです。
あ! やつらが近付いています。
また書きます。
お母さん‥さようなら‥さようなら‥
あ‥さようならじゃないですね。
また書くから‥‥
これは学徒兵(たぶん高校生)が書いた手紙です。
必ず生きて帰ると言いましたが‥
この学徒兵は二度とお母さんに会うことができなかったです。
手紙を書いた直後の戦闘で戦死しました‥。
朝鮮戦争は韓国の悲しい歴史ですね‥。
死亡者の確実な集計は分からないですが、約200万名が死亡したと推定されています。
まだ死亡者の発掘作業は続いています。
ブログに重い話はこれ以上はしない方が良いですよね‥
でも今日だけは音楽を聞きながら勉強したくないと文句することができる自分の状況に
感謝する心を持たなければならないと思って書いて見ました‥。
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