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扶余から市外バスで約1時間…
公州にやってきました。
公州は、百済時代(475年〜538年)に都が置かれたところで、
当時は熊津(ウンジン)と呼ばれていたそうです。
川の向こうに見えるのが、公山城(コンサンソン)です。
市外バスターミナルで降りたら、
公山城まで、かなり逆戻りするはめになってしまいました。
もう一つ手前のバス停で降りればよかったようです。(>_<)
これは、バスが通ってきた橋ではありません。
バスは、もう少し上流にある立派な橋を通ります。
1本の道を2つに分けて使っているんですねぇ。
向かって右側半分が歩行者専用で、
左側半分が車輌用です。
大阪より交通マナーが悪いとされる韓国で、
このような橋を渡るのは命がけです。
先日も、横断歩道上で通行人が乗用車に
次々と はね飛ばされる事故があったばかりですよね。
車が来ないうちに早く渡ってしまったほうがよさそうです。
公山城へ登る前に、宗山里古墳群を見物することにしました。
入り口の案内所の垂れ幕を見て驚きました↓
「日本国 智辯学園 修学旅行団
公州市訪問を歓迎します」
と書かれています。
「智辯学園」って、あの高校野球で有名な
学校じゃなかったですか?
近頃は、こんなところにまで、
日本の修学旅行生たちが
やって来るようになったんですねぇ…(@_@)
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