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中山和記です。
旅から戻りました。フィリピンのマニラから北西200キロ辺りのジャングルに行ってきました。
今年は終戦記念60周年にあたり、ドラマで特別企画をやろうってことで、ある人物にスポットを当ててみることにしたのです。
皆さんはご存知かなー?小野田寛郎(おのだひろお)という人物を。
実は、彼は日本が戦争を終えたことを知らず、その後も30年間も独りでジャングルに立て篭もって戦争をしていた人なのです。
彼は陸軍少尉でした。彼は日本の戦況が悪化した中で、アメリカ軍のマニラ湾進攻を阻止するために、遊撃(ゲリラ)部隊を組織してルパング島に上陸したのです。
しかし、殆んどの兵隊は敵の艦砲射撃と戦車砲撃に倒れ、残った数名で密林の奥まで後退を余儀なくされたのです。
そこで小野田少尉は決意しました。いずれかに日本軍が反撃して救出に来るまでは、ここを拠点にゲリラ戦を続けようと。
彼は転戦前に、上官から特殊命令を受けていたのです。
死して戻るなかれ、何としても生き残り、例え一人になろうとも残置諜報者として頑張り、何時か救いが来る日まで戦いを続ける様、命令されたのです。
そうして、最後は一人になり、終戦が過ぎても迎えはなく、来る日も来る日も戦闘モードで戦い30年の歳月を迎えたのでした。
その間日本では東京オリンピックが開催され、大阪万博が開かれ、経済はバブル時代を迎えていたというのに。
忘れ去られたのです。命令の解除を伝えられることがなかったのです。
朝鮮戦争で米軍機が北上を続けるのを見て、日本が攻撃を受けていると判断。そしてベトナム戦争では逆に敵機が南下するのを見て、日本が反撃している。まもなく、救出部隊がやってくるに違いないと確信。
ジャングルの奥から出ては、少しでも味方に有利なればと、飛行場に爆弾を投げて逃げ帰ったり、ゲリラの存在を知れば敵もうかつなことが出来ないだろうと、牽制の意味で狼煙(のろし)を上げたり、討伐の兵と撃ち合ったり、可能な限り戦いを継続させたのでした。
意外なことから、その「戦争」は終わりを告げることになります。
ひとりの冒険青年がジャングルの中まで、小野田さんを探しにやって来て運良く出くわしたことによるのです。
小野田少尉が生きている。
ニュースは全世界を駆け巡りました。
その時撮った一枚の写真が衝撃を与えました。軍服に身を包み三八銃を構えたその写真は、間違いなく戦死したはずの小野田少尉。30年のタイムスリップです。
オイルショックでトイレットペーパーが奪い合いになるような、幸せなご時世にジャングルで「太平洋戦争」をしている人が生き残っている。
いやあ、当時は驚きもいいとこでした。
昭和50年になろうという時でした。当時の首相は「田中角栄」。特別機で帰還してきた軍服姿の小野田少尉を羽田まで迎えに出ました。
当時の上官谷口大佐がルパングまで飛んで、命令の解除を伝達してようやく彼は納得したわけです。
生きていた息子を迎えて両親は涙ぐみました。
そうです。戦争の犠牲は死だけではありません。
全ての人生を「無」にさせる悲劇もあるのです。
終戦記念が既に60周年に・・・。
でも少しでも、戦争という愚かな行為の中にくみ取るべき「何か」を、時代を超えて伝えていく必要があるような気がします。
そこで、この出来事を通して若い世代が何を感じ取るか。
様々なことをそれぞれが感じてくれればそれでいい・・。
そういう想いでこのドラマを作り上げたい。
それで、最初のジャングルへの「旅」となった訳です。
密林の奥地にある秘境、コッポラ監督の大作映画「地獄の黙示録」の舞台となった無気味なジャングルの中を流れる大河をのぼりながら、「自分は今更何をやろうとしているんだろう・・」
と悔恨と闘いながらロケハンを終えて帰りました。
ご期待ください・・!
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