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伊達のナンバー2と上杉のナンバー2を比較することにより、上杉がいかに特殊だったかというのが、因縁の地である白石で再認識される形になりました。
今日は話題に上りませんでしたが、抜擢したい家臣を名家に養子縁組させ、家格の上においても他の家臣に文句を言わせないやりかたを採ったのが景勝です。
ナンバー2の性格の違いも、主君のそういった考え方に左右されるわけですね。
「兼続」と書かず、「直江」とだけ署名されている書状がいくつか認められます。兼続に威厳があったかどうかはわかりませんが、「直江」の名には威厳があったのですね。
兼続は生涯側室を持たなかったので、これを賞賛している本がありますが、「直江」の名が大事なわけですから、婿養子としては当たり前です(笑)。 おせんの方には死ぬまで頭が上がらなかったんじゃないでしょうか。
兼続による下の情熱的な漢詩は、おせんの方とのことを歌ったものではないと、私は勝手に推測しています。 内政・外交・軍事・文化の全般に通じたスーパーマンの兼続に、こんなにも弱くて人間味ある一面があったのかと思えば、少し親近感が湧いてくるじゃないですか。
今日のシンポジウムとは全く関係ない話になってしまいました!(笑)
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歴史学・考古学







兼続さんはけっこうロマンチストの感じがしますね〜♪・・・ヒョットして”おせんさん”に対しての感情表現ではないのかも♪(笑)・・・それが男のロマンかも知れませんが♪(^_^;)
2013/12/14(土) 午後 10:32
ままぞうさん、兼続をロマンチストと呼ぶと、村山と庄内の方々が怒ると思いますよ(^-^)
ただ、階級社会に君臨する戦国武将がここまで情熱的な詩を詠むのは珍しいんじゃないでしょうか。
2013/12/14(土) 午後 10:47
ひょっとしたらお会いできるかも?とは思っていましたが、すぐ斜め後方にいらっしゃって(笑)
[ 三楽堂 ]
2013/12/16(月) 午後 8:50
三楽堂さん、お会いできてうれしかったです。
ご指摘の場所、雪をかき分けて検分してまいりました(^-^)
2013/12/16(月) 午後 10:03
いいなァ・・・
仕事と距離の問題さえなければ行きたかった・・・
[ トラマ ]
2013/12/21(土) 午後 6:01
トラマさん、ご無沙汰しておりますm(_ _)m
この時期、シンポジウムのためだけに東北に行くというのはキビシイものがありますよね。
年明けに資料集が出るそうですので、必要な場合は事務局にお問い合わせください。
2013/12/21(土) 午後 9:08