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みちのく湯めぐり紀行
旧タイトル「歴史と旅のダイアリー」

書庫歴史学・考古学

歴史講演会

イメージ 1 21日に行われた講演会は、旧来の歴史の理解を払拭する提言が随所に盛り込まれていました。
 あっと驚くような城郭調査所見も披露されました。城郭については、もはや旧来の縄張論では論じられない研究次元に入ってきた感があります。

 定員300名の会場が溢れてしまうほどの超満員で、配布された32ページの冊子は、即日残部ゼロとなりました。 → 参考
 22ページ上段の【史料二】に出てくる「掛田」は、『上杉家御年譜』では「刈田」、『覚上公御書集』では『櫻田』と記されていますが、東大影写本の信憑性が最も高いと思われるので、それを採用しています。ただ、この釈文の上段左から3行目に脱字があります。東大の資料には花押影があるので、「七月六日 兼続」ではなく、「七月六日 兼続(花押)」とご訂正ください。

 今回の講演会の開催地では、中世の遺跡の発掘調査が継続的に実施されているので、今後の調査の進展が楽しみです。

イメージ 2
梁川城跡の枡形遺構


イメージ 3
伊達市内に残る万年塔    (場所

  • 顔アイコン

    梁川城の遺構は素晴らしかったですね。ちょうど草を刈り終えた直後だったようで、観察もしやすかったです。

    [ T.I ]

    2015/6/23(火) 午前 7:31

  • 笑いをとるなど名コーディネーターでした。
    お疲れ様でした。
    貴重な資料だったので、帰り際、ちょっとだけあった残部から1部いただいて帰りました。
    松川合戦については、今度、仙台市史をじっくり読んでみます。

    2枚目の写真の万年塔はどこにあるか教えていただければ幸いです。

    [ MASA ]

    2015/6/23(火) 午後 9:29

  • 顔アイコン

    T.Iさん、梁川城の北三の丸は唖然としますよね。
    これからの調査で、遺構・遺物の時期区分と変遷がわかるといいなあ、と期待しています。

    hiro

    2015/6/24(水) 午前 6:18

  • 顔アイコン

    MASAさん、お疲れ様でした。万年塔の場所は、本文中に地図のリンクを入れておきました。布四集会所の脇にあるのですぐわかります。
    「松川合戦」については、もはやその名称自体を使用すべきではないと考えています。

    hiro

    2015/6/24(水) 午前 6:21

  • おはようございます。
    南沢又に万年塔があるようです。
    山口屋的文化MEN類学というブログで紹介されていました。
    http://yamagutiya.seesaa.net/article/423928540.html#comment
    今日、見に行ってきます。

    [ MASA ]

    2015/8/15(土) 午前 4:56

  • 顔アイコン

    MASAさん、ご教示いただきありがとうございます。
    ご紹介いただいたブログを拝見し、こんな近所にも万年塔があったのかと驚きました。
    レポートを楽しみにしております。

    hiro

    2015/8/16(日) 午前 5:52

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