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3.11の災害発生から、まもなく4年9か月が経とうとしています。
あの非常時に「文化財保護」などという話をまともに聞いてくれる人は、本当に限られた方々だけでした。福島県では、本来ならそのために尽力する立場にある人たちが放射線量の測定などに従事し、本来業務に関わることができないという異常事態が招かれていました。
あれから4年9か月。文化財レスキューは、とっくに一段落したと思われているかもしれませんが、実際には今が本番なのです。
レスキューされた資料の保全・記録作業と、資料が安住できる場所の確保は、まだまだこれからです。。。
また、避難指示区域内で4年以上放置された民間所在の歴史資料が、家屋の解体除染とともに、知らぬ間に失われる危険に瀕しています。このため、資料の消滅・散逸を防ぐための取り組みが、熱意ある人々の懸命の努力により、今まさに進められています。
地域における人と人の結びつきを作ってきた祭礼や行事も、人々が四散していることにより消滅の危機に瀕しています。時間が経てば、人々の記憶と生命が失われ、やがてはこの世から消え去る運命にあります。
これを防ぐための懸命な取り組みも続けられていますが、「ふるさと」を知らない次の世代が、伝統を存続させる意味を見失ってしまった場合が懸念されます。
生業と結びついて維持されてきた職人の「技」も危機に瀕しています。もともと後継者が見つからなかったところに大災害がやってきたため、消滅のスピードが一気に加速した感があります。
こうしたさまざまな歴史文化遺産(文化財等)を守り、後世に伝えるには、「なぜそれを守る必要があるのか」という根本的な部分を、多くの方々とともに共有しておかねばなりません。私の考えは、以前の記事に書いたとおりです。
それでも失われざるを得ないものは、せめて記録だけでも残して後世に伝えたいものです。そのための研修会「無形の文化財研修 映像記録作成の方法と課題」が、今週末に白河で開催されます。→ こちら
同じ会場で開催されている企画展も、今週末で会期終了を迎えます。災害から文化財を守ってきたさまざまな人々の「思い」を感じ取ることができます。
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震災と文化遺産






津波で破壊、流失した家屋や家財は、やがて再建することが可能ですが
一度失われた文化財は、元には戻せませんね。
福島県は津波の被害の他に、長期間続く放射線の問題があり
津波の被害を受けた三陸とは同等に語れないほどの苦悩があると思います。
言葉では、なかなか表現できない私ですが、郷土の文化財の保存に
奔走される関係者の方々の努力には、頭が下がる思いです<(_ _)>
2015/12/1(火) 午後 5:45
>パサさん
人命と生活再建が最優先なのはもちろんですが、その時にやっておかなければ間に合わない事がたくさんあって、文化財保護もその一つだと思います。
被災で傷ついた方々が生きがいを取り戻し、ふるさとの自然と歴史と文化を未来に繋いでいけるよう、そのお手伝いができたらいいなあ、と思っています。
2015/12/1(火) 午後 7:16
おばんです♪そうか、そうですよね〜・・・人がその土地に根付く理由はなにかしらの“根拠やこだわり”がないと、今住んでいるところがベスト・・・て思いがちですよね〜^^;
マズイな〜・・・^_^;
2015/12/1(火) 午後 9:19
>ままぞうさん
「住めば都」になるのはマズくはないと思うんですけど、住めなくなった場所の歴史も伝えられるようにしたいと思うんですね。
明治21年の磐梯山の噴火で、檜原村は湖の底に沈みました。村に伝えられていた石田三成・直江兼続連署条書も失われましたが、写本が作られていたおかげで、今でもその内容を知ることができます。
無形文化財を「記録保存」する意味も、それと同様だろうと思うんですね。
2015/12/1(火) 午後 9:42
こんばんわー
頑張ってください。
文化財とはちょっと異なりますが昔の人が何を想い悩んで考えたかの痕跡、墓誌とかは特に大事にしたいです。
「此処より下に家を建てるべからず」の碑には泣けました。
[ 黒ダイヤ ]
2015/12/1(火) 午後 10:22
>黒ダイヤさん
おっしゃるように、先人が残してくれた教訓をきちんと伝えたいものだと思います。
私は仕事が手一杯で、全く頑張れていないのですが・・・
2015/12/2(水) 午後 9:31