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浅田選手の衝撃的デビュー以降、テレビ放映でのフィギュアスケートの視聴率は、飛躍的な伸びを見せていました。
しかし、五輪を目前にした2009年のグランプリシリーズでは、浅田選手の調子が上がらず、思うような成績を上げられない日々が続いていました。
その一方で、韓国のキム・ヨナ選手は、公式戦における世界歴代最高得点を次々と塗り替えていました。
ジュニア時代から浅田選手とトップの座を競い合ってきたキム選手は、韓国では「国民の妹」と呼ばれるほどの絶大な人気を有していました。おのずと韓国国内では、バンクーバー五輪の金メダル獲得に期待が高まっていました。
また、12月の全日本選手権で復活を遂げた浅田選手に対しても、日本国内からの熱い期待が寄せられていました。
マスコミは、2月に開催されるバンクーバー五輪での二人の競技を「ライバル対決」という構図にして注目度を高めさせました。
しかし、こうした動向は、それぞれの国の愛国的感情とオーバーラップし、選手の思いとは別のところで、その対抗意識がヒートアップして行きました。
このヒートアップの一因となった騒動があります。
それは、キム・ヨナ選手が「日本選手に練習を邪魔された」と発言したとする、韓国SBSによる2009年3月のニュース報道でした。この報道には、日本スケート連盟が猛反発し、国際スケート連盟をも巻き込む騒動に発展しました。
韓国のネット上では、キム選手の「邪魔」をしたのが浅田選手だと思い込む発言も相次ぎ、「浅田バッシング」の空気が醸成されました。
その後の調査により、キム・ヨナ選手自身の発言には国名が登場しておらず、しかも、発言の趣旨自体を、放送局が歪曲して報道していたことが明らかになりました。
そして、五輪開催の前月となった2010年1月、キム・ヨナ選手の母国である韓国で、四大陸選手権が開催されました。
この大会にキム選手は出場していませんでしたが、韓国のネット上には心ない書き込みが多数認められるようになりました。
それは、この大会に出場する浅田選手に対して「演技直前に奇声を発して集中力を途切れさせよう」とか、「外でサイン攻めにしてコンディションを崩そう」などという、妨害を呼び掛ける書き込みでした。
前年の歪曲報道や、この妨害扇動は、反日・嫌日を国是とするような慣習に起因していたものと思われます。歴史的怨嗟は、本来フェアであるべきスポーツのモラルをも蝕んでいたのです。
韓国の大会主催者側は、この事態を重く見て、浅田選手にボディガードを付けるという異例の措置を下しました。
厳戒態勢の中でしたが、韓国メディアの要望を受け、国際スケート連盟は浅田選手の記者会見を設定しました。翌月にひかえたキム・ヨナ選手との「ライバル対決」に関する取材に、浅田選手は警護に感謝する大人のコメントで対応したうえで、「ビビンバ発祥の地で(ビビンバを)食べて帰りたい」と答え、取材陣を和ませたのだそうです。
四大陸選選手権 FS (2010年1月)
このときのフリーは、気魄みなぎる情念の演技でした。
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