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バンクーバー五輪で銀メダル、世界選手権で金メダルを獲得した浅田選手は、成人を迎えた翌シーズン、ジャンプをゼロから見直す特訓に明け暮れました。
5歳から始めたスケーティングで長年身についたクセを矯正する取り組みは、右利きを左利きに変えるような、ゼロからの挑戦でした。
ゴルフスイングがみっともないと言われても直せないオジサンたち、その困難さがわかりますか?(笑)
そんなことをしたら、次のコンペのスコアがボロボロになりますよね。
あまりにレベルが違う例え話をしてしまいましたが(笑)、世界女王の浅田選手は、20歳にしてゼロからの再出発という道を選択したのでした。
予想していたことかもしれませんが、競技では低迷が続き、このシーズンの個人競技では無冠に終わりました。
しかし・・・しかしですよ。
技術面では矯正途上なのかもしれませんが、これほどすべてが柔らかで、優雅かつ可憐で、観る人の心をつかむスケーターって、過去にいましたか?
全日本選手権 SP (2010年12月)
四大陸選手権 FS (2011年2月)
スピンのスピードの持続力は、飛躍的に進化していますよね。
この四大陸選手権は、安藤美姫選手が優勝し、浅田選手は2位でした。
このあと、東日本大震災が発生し、世界選手権の開催は1ヶ月延期されました。
被災地の惨状を目にした浅田選手は、スケートをすることへの疑問を抱き、練習への意欲も失いかけました。
あのときの日本には、通常通りのことを自粛しないと、白い目で見られるような雰囲気がありました。
浅田選手の世界選手権は、6位という成績に終わりました。優勝は安藤美姫選手、2位はキム・ヨナ選手でした。
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