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2011年、浅田選手にとってのシーズン初戦は、11月に札幌で開催されたグランプリシリーズNHK杯でした。この大会で2位となり、2週間後にモスクワで行われたロステレコム杯では優勝。
このモスクワ大会では、のちに五輪女王となるロシアのソトニコワ選手が、タラソワコーチの指導の下、意図的に浅田選手と同じフリー曲で演技して3位に入りました。浅田選手に憧れ、浅田選手を目標とする次の世代が抬頭し始めていました(そのときの動画)。
12月、グランプリファイナル出場のためカナダに渡った浅田選手でしたが、母親の病状が悪化したという日本からの連絡を受け、競技を棄権して急きょ帰国。
しかし、間に合いませんでした。お母様は48歳という若さでのご逝去でした。
日本中のファンが心配する中、浅田選手は告別式の翌日から練習を再開し、全日本選手権に臨みました。
全日本選手権 SP(2011年12月)
全日本選手権 FS(2011年12月)
全日本選手権では5度目の優勝となりました。
4大陸選手権 FS(2012年2月)コロラドスプリングス
その後、4大陸選手権に臨み、3Aジャンプに挑戦して2位。
世界選手権はジャンプのミスが響いて6位に終わりました。
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