|
今年の5月、草津温泉を拠点に、真田氏関係の資料を見て歩く旅に出かけました。
早朝の湯畑は、観光客の姿もなく、とても清々しい空気に包まれていました。
湯畑には、草津温泉を訪ねた著名人100人の名が記されています。
ん? ルシウス・モデストゥス???
古代ローマから現代日本にタイムスリップし、「平たい顔族」の入浴文化をローマのテルマエに応用した、あのお方ですよね!(笑)
たとえば、こちらのお方(→)が草津を訪ねことを示す、次のような史料があります。
(文禄三年)10月1日直江兼続宛て
大谷吉継書状
草津より令帰着付、早々御飛札、忝存候、湯治弥致相應候間、乍恐御心安可被思召候、近日御成之旨、尤目出度存候、永々御普請、御太儀奉謝候、拙者事、於爰元、今少加養性、軈而可罷上候條、其節相積儀、旁可得其意候、此等之趣、御心得所仰候、恐々謹言
大谷刑部少輔 十月朔日(文禄三年) 吉継(黒印) 直江山城守殿
(後略)
追書の中で吉継は、「眼相煩い候間、慮外ながら印判にて申し上げ候」と記し、目の病気が進行していて、祐筆に任せて黒印状で済ませたことを兼続に詫びています。
兼続は、吉継が草津湯治から戻ったことを聞き、秀吉の御成(上杉邸への訪問)が決定したことを報告したのでしょう。吉継は、長らく在京して伏見城の普請に従事している兼続の労に謝しています。
吉継は、「湯治いよいよ相応いたし候あいだ、恐れながら御心安く思し召されべく候」と記しています。花押を据えられないほど目の病気が進行していたことがわかる書状なので、本当に湯治が効いていたのかどうか、真相は定かでありません。
でも、湯畑の近くにある「地蔵の湯」には、幕末の頃にこの湯で目を洗った人がたちまちにして眼病が治ったとの言い伝えがあります。それ以来、「地蔵の湯」で洗眼する人が増え、眼病を治した人が後を絶たなかったといわれています。
共同浴場「地蔵の湯」 眼洗地蔵
最近、メガネをはずさないと新聞の文字が読めなくなった私・・・その効能が本当かどうか、ここで目を洗ってみました。
ひえ〜〜〜っ
ここのpHは2.0!
玉川・川原毛大湯滝・蔵王ほどではないけれど、かなりの刺激でした(笑)。
|
群馬紀行







こんにちは、
昔は感染症が命取りですので、今以上に温泉療養が重要だったのですね。
酸性のお湯は効きますね🎵
[ 黒ダイヤ ]
2016/10/6(木) 午前 8:28
痛いよ〜・・・目が(爆)。
ルシウスは阿部ちゃんのことですよね♪
漫画も映画も大好き♪
2016/10/6(木) 午前 10:40
>黒ダイヤさん
はい、酸性のお湯に入ると全身が殺菌される感じがします。
大谷刑部さんもきっと癒されたのでしょうね〜
2016/10/7(金) 午後 10:19
>ぽんこさん
あの映画の撮影が行われたんですね〜♪
コミカルな中にも、日本の伝統的な文化がきちんと描かれていて、私も大好きでした。
2016/10/7(金) 午後 10:22
大谷吉継は、草津湯治中に直江兼続に書状を書いていますよね。(T.I)
[ T.I ]
2016/10/13(木) 午後 10:16
>T.Iさん
ありがとうございます。
T.Iさんがお書きになられていた通信経路と速度の問題について、今もあれこれと思案しております(笑)。
特に、慶長五年の那須衆と浅野氏との通信速度があまりにも速すぎるのが気になっています。
今日はこれから弘前で学会に出席してきます。
2016/10/15(土) 午前 6:21