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初詣の心得

初詣の心得

「初詣の心得」というタイトルにしましたが、「神仏へのお参りの心得」という方が適当かも知れません。初詣は、その年の最初の「神仏へのお参り」に過ぎないからです。
 
神仏にお参りする目的は何か。一つに、神や仏の清らかな「いのち」と一体になることです。
 
今、若い人たちの間で「パワースポット」巡りのようなことが流行っていると聞きます。「神や仏の清らかな『いのち』と一体になる」とは、天地自然と一体となることであり、言い換えれば、神や仏のパワーをいただくことになるのです。
 
ところで、「神や仏と一体となる」とは、個人のレベルを超えているということです。
 
私は、以前、空海の『秘蔵記』の中の「加持」を紹介しました。簡単に、振り返れば、次の記事です。
 
加とは、たとへば父の精をもって母の陰に入るる時、母の胎蔵よく受持して種子を生長するがごとし。
 
「父の精が母の陰に入」ること、それが「加」であり、「母の胎蔵よく受持」することが「持」であるというのです。そしてその結果として、「種子を生長する」(子供が生まれる)と捉えていました。
 
すなわち、「加」と「持」の両方向からのベクトルの結果として、仏(天地自然、宇宙)と個(衆生)の融合・一体となるのですが、その結果として、「種子の生長」という新しい価値に着目しているのです。
 
空海が敢えてセックスを前提としたような例を挙げたことに注目しなければならないと思います。
 
それは、「今ある人生」―この世に生まれてから死ぬまでの人生―という視点ではなく、過去から現在へと受け継いできた「いのち」を未来に引き継ぐという天地自然(宇宙)的視野で捉えているのです。
 
言うまでもなく、今生きている自分の「いのち」は、代々の祖先から引き継いできた「いのち」です。
 
そしてこの「いのち」は子々孫々、未来へ伝えていかなければなりません。とすれば、今、自分が生きている人生は、悠久の過去から永遠の未来へと継承していく「いのち」の過程の一コマであるということにもなります。
 
初詣で神仏を参詣するとき、「個」としての願い事で終わるのではなく、広く大きな心で神仏に接することが大切だと思います。
 
そして蛇足を加えれば、「願い事」だけでなく、その前に「感謝」を忘れないように!

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