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空海のアニミズム―日本人の宗教心意③
 
ところで、先に日本古来のアニミズムの上に仏教が受容されたということを述べた。このことは、日本仏教の祖師たちの思想にもあらわれている。ここでは平安仏教の空海、日本化した奈良仏教の明恵、禅宗の道元、浄土信仰の一遍をとりあげたい。
 
空海は「渡唐して真言密教を学んで日本に伝えた」といわれている。しかし、空海の渡唐は「箔付け」のためであり、空海の宗教は渡唐以前の山岳難所での修行のなかで確立していたものと思われる。
 
それゆえに、空海が開いた日本の真言宗は、唐で恵果から学んだ真言宗というよりは、空海の独創である。その一例をとりあげたい。
 
空海が四十六歳のときに著した『即身成仏義』という著書があるが、その「偈」の冒頭に次の句がある。
 
六大は無碍(むげ)にして常に瑜伽(ゆか)なり。
 
「六大」というのは、「地・水・火・風・空」という天地自然(宇宙・世界)を構成している物質的要素である「五大」に、心的作用である「識(心)」を加えたものをいう。
 
「無碍にして」というのは、互いに遮るものはないという意味である。そして「瑜伽なり」とは、溶け合っている、というような意味である。すなわち、天地自然のあらゆるものは、物質的要素である「五大」と「識(心)」とが完全に溶け合って成り立っているというのである。
 
ところで、立川武蔵氏によると、六大という概念は、インド仏教にも中国仏教にもなかった。「空海自身が『開発した』概念であったと.思われる」と述べておられる(『最澄と空海』二一四ページ、講談社選書メチエ)。
 
インドや中国では、「天地自然は物質的要素である『五大』で構成されている」と考えられていたのであるが、空海はそこに「識(心)」を加えて「六大」にしたのである。したがつて、「六大」という概念は、立川氏の指摘されるように、空海の独創ということになるのである。
 
ここで注目しなければならないのは、宇宙を構成する要素は物質的要素だけでなく、の「識(心)」が含まれているということである。
 
すなわち、天地自然のすべてのもの―例えば、草や木、さらには岩石に至るまで、すべてに「識(心)」が宿っているということである。
 
このことは天地自然のすべてに「こころ」があり、「いのち」ある存在であるということである。これまさに、アニミズム(自然崇拝)ではないか(熊谷保孝「空海の思想とアニミズム」『政治経済史学』五二〇号)。

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