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道元のアニミズム―日本人の宗教心意⑤
 
道元(一二〇〇〜一二五三)禅宗の一派の曹洞宗を日本に伝え、日本の曹洞宗の開祖とされている。禅宗は、釈迦と同じように修行をして覚りを得ようとする宗派であるといわれている。その意味で、禅宗は釈迦仏教にもっとも近づこうとして宗派であるといえよう。
 
道元の主著は、晩年の十三年間に仮名まじりの和文で書かれた『正法眼蔵』である。その中に、『涅槃経』の有名な「一切衆生、悉有仏性」を取り上げ、道元の解釈が記されている。
 
 釈迦牟尼仏言、「一切衆生、悉有仏性。如来常住、無有変易」。
 
この「釈迦牟尼仏、言はく」の部分をふつうの読み方をすれば、「一切の衆生は、悉く仏性あり。如来は常住にして変易あることなし」となるであろう。

そしてその意味は、「すべての生きものは、皆、仏となる素質をもっている」というように解釈できる。
 
しかし、道元はここで「一切衆生、悉有仏性」を、「一切は衆生なり。悉有は仏性なり」と読んでいるのである。もちろん、従来の読みを知らなかった訳ではない。敢えて、こう読んだのである。
 
この読み方によれば、①世界に存在するすべては衆生である。②世界に存在するすべては仏性である。このように解することが出来るであろう。
 
とすれば、さらに③衆生はすべて仏性である、ともいえるであろう。このことは、すなわち、存在世界そのものがすべて仏性という聖なる存在であると捉えているということになろう。
 
道元は、多くの天地自然を詠んだ歌がある。彼は天地自然に対して鋭敏な感性をもっていたようである。『傘松道詠』に次の歌がある。
 
  峰の色渓の響きもみなながらわが釈迦牟尼仏の声と姿と
 
 「峰の色渓の響きもみなながら」とは、天地自然を総称した言葉であろう。あるいは存在世界の総称ともいえるであろう。それらがすべて釈迦牟尼仏であるというのである。
 
すなわち、「悉有は仏性」であり、「聖的な存在」であるということなのであろう。
自然に対する鋭敏な感覚をもっていた道元は、天地自然に神霊が宿るとする縄文時代以来のアニミズムの伝統的心意の上にみずからの禅による仏教を形成したといえるのではないか。

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