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前回ブログの林田先生のご意見で「国学」をこれから折を見て学んでいこうと思う。

国学と言えばすぐ浮かぶのは「本居宣長」であるが、彼の弟子(生前には会っていない)の平田篤胤は日本の「霊学」の礎を作った人である。

特に陽明学が「江戸しぐさ」を形成するバックボーンになったように、国学は日本の「武士道」形成のバックボーンになっている。近県の佐賀は「葉隠」発祥の地であるが、これもまた陽明学&国学がバックボーンになっていると思われる。

前回のブログでも書いたが日本の素地を作ったもの、特に聖徳太子の表したとされる書物を拾い読みしても、驚くべきことに陽明学との一致点を多く見出すことができる。

日本は歴史的に様々な外来文化の受け入れに懐が広く、外から多様なものを吸収し、さらにそれをろ過して自分のものに同一化することを繰り返している。

言い換えれば、どのようなものが来ても自分の内部が崩れることはない、といった精神的なベースがしっかりしている。すなわち古来より「良知・良心」をベースに生きてきた民族なのである。

故に多くの外来のものを吸収し、自分のものにすることが出来たのであろう。その土台となるべき「精神性」がどのように育み育てられてきたかということを検証するときに、それは短期間に出来たものではなく、それなりの長い期間を費やしてきたものであろう。

日本の歴史は、縄文・弥生を含めた一万年以上前にさかのぼるはずである。最近の研究では一万六千五百年前の縄文時代の土器の破片が見つかったとされているが、これを通しても世界で一番古く、高度な石器であることを思うとかなりの高度な精神性を持っていたことが裏付けられる。

特に学校で習う歴史は渡来人(中国人、朝鮮人)の影響によって日本は未分化の国から文化的な国になったと説く内容が多いが、例えば朝鮮半島からの渡来人といえば、論語を伝えた王仁(わに)、聖徳太子の恩師であった慧慈などが挙げられるが、彼らの働きといっても明治時代の札幌農学校のクラーク博士のようなもので、日本全体に大きな影響を及ぼすような民族の大移動は行われていないと推測されるのである。
「言霊の幸わう国」である日本。私は日本人に生まれてきたことに感謝している。

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