この写真帖が発刊されたというか、校正時点での在籍者をこれまで
寺山以下創立メンバーや幹部クラスを中心に紹介してきました。
今回からはそれ以外の在籍メンバーを紹介します。
解散まで在籍し活躍した人、
すぐにやめた人
いろいろいると思いますが、
情報提供をお願いいたします。
青山 均
この人はレミングに出演しているので解散まで
在籍していたのでしょう。
映画「草迷宮」に出演しています。
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加藤 義親
「阿呆船」「奴婢訓」までの出演以外は確認できませんでした。
「疫病流行記」に演出助手でクレジットされています。
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横田 修一
「阿呆船」に舞監助手として記載あり。
1977年10月1日樋口隆之、宗方駿、水瀬杏、横田修一、岸田理生らと哥以劇場を創立したとの情報があります。
後述する樋口隆之の名もあることから、
形としては寺山の側近である岸田が横田と樋口を
引き抜いていったことになります。
実際はどうだったのでしょう?
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市川 正
現在は舞踏家として活躍し「天舞鑑」を主宰しています。
とてもわかりやすいのでホームページから略歴をコピーしました。
身体芸術のあらたな可能性を追求している市川正の略歴
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市川正…天舞鑑主宰
「演劇実験室天井桟敷」を経て(1975-82)1993年「天舞鑑」設立
主な作品…悠久、埋宮、埋宮2、草迷宮、草迷宮2、草迷宮3、高野聖、汀、汀Ⅱ、汀Ⅲ
出演作品
75年 疫病流行記(エピキュラス)
釘 (東京展参加)
76年 疫病流行記(エピキュラス)
阿呆船 (大映調布第四スタジオ)
引力の法則、公開ワークショップ(天井桟敷アトリエ)
77年 バルトークの中国の不思議な役人(西武劇場)
映画ボクサー(東映)
バルトークの中国の不思議な役人再演(西武劇場)
78年 奴婢訓公開ワークショップ(晴海国際貿易センター)
オランダ、ベルギー、西ドイツ各都市で巡演
ロンドン、リバーサイドスタジオで奴婢訓上演
身毒丸(紀伊国屋ホール)
観客席(紀伊国屋ホール)
奴婢訓東京公演(晴海国際貿易センター)
79年 犬の政治学(東京都美術館)
レミング(東京国際貿易センター)
奴婢訓イタリア公演ローマ、スポレート国際演劇祭参加
青ひげ公の城(西武劇場)
映画 草迷宮
80年 アメリカ、Sキャロライナ、スポレート国際演劇祭参加
奴婢訓ニューヨーク公演
映画チャイナドール
83年 寺山修司の死により演劇実験室天井桟敷解散
身体表現を一時中断
93年 天舞鑑を設立し活動開始。身体表現者としてさまざまな角度から「存在とは、表現とは何か」
を模索し続ける。
水戸芸術館現代美術センター伝達実験ワークショップに参加「悠久」独舞。
94年 「埋宮」を東京芸大と宇都宮市大谷資料館で公演。
97年 PerFecTV.ch277出演
98年 泉鏡花原作のシリーズを手がけはじめる。
草迷宮を新宿シアターPOOで、「草迷宮2ドッペルゲンガー篇」を神楽坂diepratzeで上演。
99年 「草迷宮3地獄篇」をアゴラ劇場で。
2000年 「高野聖」を中目黒ウッディーシアターで上演。
2001年 「汀」を中野planBで上演。
2002年 遊行舎公演「一遍聖絵」に出演。
「汀Ⅱ」を中野planBで上演。
2003年 「汀Ⅲ」を中野planBで上演。
2005年 「庸」を中野planBで上演。
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天舞鑑について
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天舞鑑は1993年に、身体芸術のあらたな可能性を追求している市川正によって設立された。
言葉を肉体を用いて視覚化する表現を求め、演劇と舞踏それぞれの要素をあわせもった、精神性の高いタイプの芝居を上演している。
主宰・市川正はいう。
「演じる者と観る者が共有し、記憶されるのは、身体表現の『一瞬』だけだろう。しかしその一瞬こそが、消滅する身体とともに在る人間にとって、永遠という言葉と唯一対峙できるのではないだろうか」
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貴重な情報、ありがとうございます。
人脈からみて間違いないようです。
2013/8/16(金) 午後 1:48 [ 夜空 ]