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も せい
竹永 茂生
竹永は早大在学中に寺山と知り合い1968年1月に入団。
「書を捨てよ 町へ出よう」で演出の東由多加の助手を務め、
ロングラン公演となった「さらば映画よ」の途中から演出を東から
引継ぎ演出家デビュー。(美術も辰巳四郎から青山耕三に交代)
おそらくはそれまでの演出の継承ではなく
新演出となったものと思われます。
第11回公演・天井桟敷館公演第三弾として上演された
「イエス」(1970年5月)
この作品で竹永は初めて作・演出を担当します。
天井桟敷新聞に記載されたキャッチコピー
観客をのせて暗黒の夜の東京を走るバス!
そのゆく先は都内の某マンションか虚構の幻想館か?
集金人は総統に謎をかける
そしてまたエロスと幻想の迷路からきこえてくるは
小年強姦魔のテニス遊び
「家畜人ヤプー」の義眼をみがく四十童貞の口にくわえた花
ヒトラーの演説と乱交パーティと小鳥たちのさざめく
暴力としての言語の狩猟!
新聞の劇評
「観客ごとバスで引っ越す変なお芝居」(中日新聞)
「何事かと途中でバスを止めた。役者、観客五十人が
パトカーと時ならぬ街頭演劇」(朝日新聞)
「夜の神宮外苑で芝居がエスカレート、大暴れ、
殺到するアベックの苦情に警察カンカン」(内外タイムス)
「ハイジャックならぬリビングジャック!」(東京中日新聞)
以上から「イエス」がどのような劇だったのか、
またどれだけ衝撃を与えたかが伝わってきます。
この劇は市外劇の可能性を切り開き、やがて「人力飛行機ソロモン」
「ノック」といった天井桟敷の市外劇の起点となりました。
寺山作「ブラブラ男爵」を寺山と共同で演出します。
この作品は劇団の資金稼ぎとしておこなわれた営業公演だと思われます。
客足の落ちる夏季の遊園地の集客イベントとして
両者の利害が一致し、上演にいたったのでしょう。
夏休みの家族連れを観客とした
見世物としての「アングラ」・・・複雑な思いです。
人力飛行機ソロモン
同年11月第12回公演 作・寺山 演出・竹永
新宿一帯と早大構内で繰り広げられた。
観客は入場券の代わりに地図を購入、劇を探して
市街を歩き回る。
「1メートル四方1時間国家」
「紙飛行機少女」「紙芝居・便所のマリア」
「青空を私有することの犯罪性」
などなど
「人力飛行機ソロモン」は翌年(1970)にフランスのナンシー市、オランダのアーヘム市で上演され高い評価を得ています。
帰国後、竹永は突然退団届けを出し、官費を得てフランスに留学。
帰国してからは広告業界に身を投じます。
書物も多数ありますので検索してください。
近況は彼のブログ「ジギタリス商會ブログ」で。
最後に一言、あの「東京巡礼歌」の作詞も竹永です。
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竹永茂生(たけながしげお)だと思います。
2018/12/12(水) 午前 2:29 [ yuk*5_k*rg ]