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手毬唄童女
天井桟敷新聞第2号に芸名決定として9名の芸名が掲載されていますが、
その中に手毬唄童女の名前があります。
しかし、その芸名が実際に使われることはなかったようです。
天井桟敷新聞・ネット検索で彼女の情報を見つけることは
できませんでした。
天井桟敷俳優陣の芸名のほとんどは寺山が命名したのでしょうか?
特に初期の頃に活躍した俳優の芸名は
寺山の感覚で一貫しているように思われます。
一方で状況劇場俳優陣では、根津甚八が唐十郎の命名であることは
知られていますが、多くは役者自身が考案した芸名のように思われます。
両劇団は対比されることの多かったようですが、劇風はともかくとして
遊び心は寺山のほうが豊かだったのではないかと個人的には感じています。
それは芸名の多様さからも伝わってきます。
当たり外れがないとは言えません。
また、同じパターンもあります。手毬唄童女と子守唄新八のように。
寺山作品は「青森県のせむし男」から「レミング」まで
大きくコンセプトが変化してますので、
「奴婢訓」や「レミング」など後期の作品に子守唄童女の名前が
クレジットされていたら違和感を覚えたかもしれません。
公演チラシを兼ねた天井桟敷新聞を見ますと、
総じてメインキャストにそうそうたる芸名が並び、
その他のキャストに本名が並んでいます。
あたかも四股名を持つ上位力士と苗字だけの下位力士の関係のようです。
寺山に認められないと芸名が与えられないのでしょうか。
手毬唄童女の情報をお待ちいたします。
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